いったいなぜ…!習近平が「人民元安」に誘導か…日本経済にも影響が及ぶ、中国の「隠された思惑」
人民元安に誘導する中国の思惑
人民元安が止まらない。
中国の人民銀行(中央銀行)は6月20日、人民元の対米ドル中間値を33ベーシスポイント引き下げ7.1192元にしたと発表した。これは昨年11月以来最低値。ユーロやポンド、香港ドルに対しても急落を続けている。
前編「中国の「人民元安」が止まらない!「この通貨安リスクはホンモノ」との指摘も…一人負け「習近平」が陥っている「窮地」」でも指摘したように、人民元下落は今年以来急激に進んできたが、中間値を一気に引き下げる人民銀行のアクションは、国際社会も予想していなかった。
人民元の下落が止まらない…Photo/gettyimages
中国はなぜいま、人民元を下げる調整をおこない、人民元下落誘導のシグナルを発したのか?
単純に中国の輸出産業を促進し経済の下支えをする、という経済的な理由だろうか。
人民元安は「習近平のポーズ」
一つの意見としては、為替市場の管理を中国がしっかりしている、という姿勢を見せているという見方だ。
習近平政権はこれまでも、為替や株価に対して党中央のコントロール強化を目指してきた。
だがら、「コントロールできずに元安が進行している」と見られたくない。つまり今の人民元安が党の意志に沿ったもので、中国政府がしっかり主導したことによるものなのだ、というポーズを国内外に見せるためだ、という。
今の中国にとっては、本音で言えば人民元高を望んでいるはずだ。
本音は「人民元高」なのだが…Photo/gettyimages
習近平政権は食糧、エネルギーなど輸入強化を指示している。
今後、中国が国際社会で孤立化し、ひょっとすると戦時体制に入るかもしれないと考えて、備蓄を強化しているのだ、といわれている。こうした物資を購入するには元高の方が有利だ。また、欧州から目の敵にされているEVの過剰生産、過剰輸出の問題も元高になれば是正しやすい。
だが、そうした経済的理由よりも、人民元レートは習近平政権としてしっかりコントロールできている、という政治的ポーズをとることを優先したというわけだ。
よみがえる「2015年の人民元ショック」の記憶
もう一つの考え方は、中国がデノミ級の大幅切り下げを考えており、その動きに向けたものだという見方だ。
5月にニューズウィークが報じていたのだが、中国がゴールド、石油など戦略物資を買い増しする動機の背後に、いわゆる「核爆弾級オプション」、つまり人民元大幅切り下げによる経済救済を排除しない可能性がある、という噂があった。
いろんなシナリオがあるが、ブルームバーグが紹介していたアンリミテッド・ファンドのボブ・エリオットCEOは、「一回限りの意義ある切り下げで、割安感のある水準に切り下げてその水準を維持する」というもので、10~20%の切り下げを想定していた。
だが、大幅に切り下げれば、世界の為替市場は不安定化し、人民元の魅力も信用も失われ、ドルに取って代わる国際通貨になるなどという夢は完全に潰える。
2015年8月11日、習近平政権は人民元を1.9%引き下げる大胆な切り下げを行った。
人民元改革がはじまって20年ぶりの大幅切り下げだが、これは中国にとって手痛い失敗となる。この切り下げで市場は混乱し、元安はさらに進行、これを防ぐために外貨準備1兆ドルを取り崩した。7000億ドルにまで減った外貨準備のために、いろんな資本規制導入を余儀なくされ、人民元国際化の夢どころではなくなった。
いわゆる2015年人民元ショックである。
もし今、それよりも大胆な切り下げを行うのであれば、その選択肢はロシアのプーチンにとってトドメを指すことになる、という見方もある。
プーチンは昨年8月のBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)首脳会議で、ドルの重要性低下は不可逆的だと語り、「脱ドル決済」を宣言しているのだ。
人民元の切り下げは、プーチンの面子も潰してしまう…Photo/gettyimages
そのタイミングで人民元が切り下げられたら、プーチンの面子もつぶれる。急に切り下げられた通貨など国際市場では敬遠される。ドル支配をきらう新興国、途上国も人民元を手放し、人民元経済圏の設立など夢のまた夢だ。
習近平政権が2015年人民元ショックを再び繰り返すとしたら、学習能力がなさすぎだろう。
「市場の不安」を打ち消せるのか…?
別の考えかたは、今回の調整はむしろ大幅切り下げ予測を打ち消すためのアクションだったというものだ。
ロイターが華創証券のマクロ経済研究責任者である鍾正生氏のコメントを引用してこう報じていた。「(人民銀行は)人民元を長期にわたって少しずつ切り下げていくよりも、比較的急速に一段階下げる方が良いと考えた。後者よりも前者の方が一方的な切り下げ期待を生み出さないし、資本国外流出のパニックを激化させることもない」。
国際社会は中国が人民元下落に抵抗を続けながらこのままじりじり5%くらい下がると予測していたが、あえて市場の予測を裏切って中間値を一段大きく下げることで、それ以上の下げ期待が緩和し、これで大幅切り下げはないだろう、という空気感がつくれる、と踏んだということだ。
今回、中国の中央銀行の動きが国際社会の予想外であったのは確かだ。豪ドル、韓国ウォン、ニュージーランドドルなどが急落したり、ニューヨーク原油先物やロンドン市場の銅、アルミニウム先物が6年ぶりの安値となったり、米国や欧州株式市場も下落するなど、トレーダーの動きにも変化がでた。
今回の人民銀行のアクションは、大幅な切り下げ予測を否定し、緩やかで安定的な元安誘導をしていくというシグナルであり、人民元の一層の市場化にあたるという見方もある。
人民元下落で高まる「アジア危機」の懸念
多くのアナリストたちはこれで、人民元安圧力が落ち着くとは考えていない。スタンダードチャータード銀行のリポートでは、今回の調整により人民元の対米ドルレートはより市場主導になることを容認することを迫られ、次に変動幅を2%から3%に拡大していくのではないか、としている。
人民元安をコントロールしていけるというサインなのか、人民元の市場化を進めていくということなのか、大幅切り下げの前触れなのか、人民元大幅切り下げ予測を打ち消すためなのか。
いずれにしても、人民元がこれからどこまで下落するかを予測するのは難しく、ちょっとやそっとの切り下げ調整では、中国経済の根本的な回復につながりそうにない。
それどころか、日本円も人民元と連動して下がり続けており、アジア経済全体のリスクに波及していく予測もある。
そのほか、連載記事「それは、習近平の号令で始まった…、中国「金融大粛清」で給料50%カットの銀行員たちがたどる悲惨すぎる末路」では、現状の中国経済の窮地につながる習近平政権の政策についても解説しているので、ぜひ参考にしてほしい。