稲盛和夫がブチギレた管理職の「逃げの言葉」仕事ができないのが即バレするNGワードとは?
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経営の神様・稲盛和夫氏は「逃げの精神」を忌み嫌った。稲盛氏が会議の席で管理職を厳しく叱責したNGワードとは?(イトモス研究所所長 小倉健一)
「逃げの精神」が成長を阻害する
小さな話なのかもしれないが、人と話していて、当たり障りのないことばかり言う人がいる。特に組織に属していると、そういう人は多い。
もちろん、組織論において、いつも暴言ばかり吐く人は論外なのだろうが、会議において、あまりにも自分を守るような言葉ばかり言っていては、逆に信頼を失うのではないかと心配になるときがある。
仕事をしていて、失敗を恐れることは自然な反応ではある。特に若い世代のビジネスパーソンは、失敗を避けようとする傾向が顕著にあるように感じる。それは現代に特有のものではなく、普遍的な傾向だ。何より、まじめな人ほど失敗を恐れてしまう。
私たちが理解しなければならないのは、「安全策」「逃げの精神」が自己の成長と組織の発展をいかに阻害するかという点だ。
仕事の現場では、日々新たな課題や問題が生じる。それに対して、逃げの言葉を持つことは一見安全策のように見えるかもしれない。
しかし、長期的に見れば、それは自己成長の機会を放棄することを意味しないだろうか。挑戦を避けることで、自分のスキルを高める機会を逃し、結果としてプロフェッショナルとしての評価を下げていることにならないだろうか。
経営者が絶対に信頼しない人物とは?
まじめな人ほど安全策を持つ傾向にあるようだが、私が社内会議などでずっと感じていたのは、そんなにまじめな性格だというなら、なぜ上司から信頼をなくすような「安全な言葉」を吐く前に、準備をしてこないのだろうかということだ。
なんでもかんでも「できます」とほざくのも信頼をなくすのだが、それ以上に、なんでもかんでも「できるかどうか、やってみないとわかりかねます」的な言葉を吐く人物に、経営者が信頼を寄せることはない。
はじめから成功が約束された事業やプロジェクトなどあまりなく、全体の30%は不透明な部分が残っているのは当たり前だ。であれば、言い方として70%の部分は「できます」と強く断言できるはずだ。
それが会議で断言できないのは、徹底的に考え抜いていないか、それとも心理的な部分が作用しているかのどちらかであろう。
まずはきちんと下調べなどの準備をし、できるとわかっているものについては「できる」とはっきり言い切ることが大切だ。仕事への前向きな姿勢とはこういうことをいうのではないだろうか。
逃げの精神が蔓延すると、組織全体の士気にも悪影響を及ぼす。挑戦を恐れない文化を育むことで、組織全体が前向きに成長し、より高い成果を達成できる。特に若い世代のビジネスパーソンには、失敗を恐れずに挑戦する姿勢を持つことが求められる。
稲盛和夫がカチンときた部長の言葉
京セラとKDDI(第二電電)の創業者で、日本航空を再建、経営の神様といわれた稲盛和夫。京セラの創業期をつづった青山政次著『心の京セラ 二十年』には、若き日の稲盛の会議における一幕が明かされている。
《(京セラの)製販会議では話しの中のいろいろな問題をそのつど取り上げて、(稲盛和夫から)厳しく教育される。営業課員の一人が製造部長に、「その品物はいつできますか」と尋ねたら、部長は、「何日の目標でやっています」と答えた》
《稲盛はこれを聞くやいなや、叱りつけた。「何故何日までにやりますと答えられないのか。せめて何日の予定ですと言わないのか。「何日の目標でやっています」との答えの中には、できなかった場合、目標だったがこんなことが起きたのでできなかったという、逃げの精神が潜んでいる。できなくっても、とっちめられないよう予防線を張っている。そんな精神では納期は守られっこない。何日までにやりますとはっきり答え、逃げられないよう自分を縛りつけ、どうしてもやり通す精神でなければ物はできない。そういう返答をする君自身の心構えから改めねば駄目だ」と戒めた》
一般的な回答にも見える「何日の目標でやっています」という言葉すら「逃げ」だと断じるのは、稲盛が京セラの製造部長の仕事に臨む姿勢に、良からぬものをかぎ取っているからだろう。
稲盛は京セラをただのビジネスの集団ではなく、ある種の運命共同体のような組織にしようと考え、実践していた。その最たる例が「京セラフィロソフィー」の会社全体での共有だ。
このフィロソフィーにおいて、私たち京セラ社員は運命共同体であり、みんなで戦っていこうという姿勢を示したものであり、社員が挑戦し、それが例え失敗しても大丈夫、安心して仕事に取り組めるようにしようとしていたわけだ。
最新の経営学の研究でも以下のようなことが示されている。
「心理的安全性」の本当の意味
《みんな、仕事場では安全だと感じて、ありのままの自分でいられることを望んでいます。私たちは、自分が正直で本物の自分を同僚たちに見せても大丈夫だと思いたいのです。つまり、一緒に多くの時間を過ごす人たちが私たちをサポートしてくれると信じたいし、挑戦して失敗しても受け入れられ、尊敬されると感じたいのです》
《もし、そういった安全感を失うと、仕事仲間から距離を置き始めます。そして、彼らが私たちを守ってくれないかもしれない、あるいは脅かすかもしれないという恐怖から、自分を守ろうとします。安全だと感じられないと、新しいことに挑戦したり、組織が必要とする改善を考えたりすることもやめてしまいます。簡単に言うと、感情的な痛みを避けるために周りの人を助けることをやめ、仕事での人間関係からも遠ざかってしまうのです》
《(経営学者の)エドモンドソンは「心理的安全性」という考え方を提唱しました。心理的安全性とは、従業員が職場で受け入れられ、自分を開示しやすく感じる程度のことです。彼女は最初、この心理的安全性がチームの成功に欠かせない要素であると考えました。チームがうまく協力して働くためには、メンバーがお互いに信頼し、オープンで、安心して本当の自分を出せることが必要だからです》
《この初期のモデル(エドモンドソン)から、研究者たちは心理的安全性の範囲を広げて、個人から組織全体に至るまで様々な状況に適用しました。さらに、心理的安全性がパフォーマンス、離職率、従業員の意見表明、欠勤率、忠誠心など、多くの組織成果に重要な役割を果たすことが示されています》
(Milton Mayfield著『健全で安全:心理的安全性におけるリーダーの動機づけ言語とフォロワーの自己リーダーシップ』2021年)
いかに、心理的安全が大事かということであろう。そこに稲盛は最大限の注意を払った。利益を最大化するための組織(アメーバ経営)であると同時に、同じ志を持つ運命共同体(フィロソフィー)の両輪を走らせた。
であるからこそ、この製造部長の「逃げの姿勢」に稲盛は大きく腹を立てたのであろう。こんなに安全に、安心して仕事に打ち込める環境にしているのに、お前はなぜ逃げの姿勢なのだと稲盛は会議で怒ったということである。