シャープ片山元社長の「新サプライチェーン論」。負け組日本にこそ「勝機」あり
シャープ片山元社長の「新サプライチェーン論」。負け組日本にこそ「勝機」あり
創刊10周年を迎えた『Forbes JAPAN 2024年8月号』では、次の10年を見据え、「The Next Impact Thing」をテーマに、経済界を牽引してきたビジネスリーダーたちが日本の未来に向けた提言を行う。
製造業界からは元シャープ社長の片山幹雄が登場。総合電気メーカーの栄光と挫折を知る男が語る、日本の製造業が再び世界で勝つためのヒントとは。
「罠」にはまった日本の製造業
「製造業再起のプロセスはその『弱点』と表裏一体でもあります」
そう語るのは、シャープ社長(2007年〜12年)、日本電産の副会長最高技術責任者を歴任し、現在は自身が立ち上げた企業、Kconceptで製造業などの経営コンサルティングを行う片山幹雄だ。失敗を後世に伝えるべく、初めて語ったForbesJAPAN 2022年12月号の記事、「日本電産を退社した片山幹雄の初告白。日本が勝つためのヒト・モノ・カネ」は大きな反響を呼んだ。
あれから2年足らず。韓国サムスンとの壮絶な戦い、その敗北の原因、AI登場後のグローバル製造業のあり方から導き出した「多品種少量生産時代の製造業の勝ち方」。それが「新サプライチェーン・マネジメント論」ともいうべき、処方箋だ。
片山のサプライチェーン・マネジメント論の根拠となっているのは、「日本企業が陥った6つの罠」という彼の分析である。成長した日本企業が陥りやすい6つのポイントを指摘しており、そのうちのひとつが「QCD競争の罠」というものだ。
Qは品質、Cはコスト、Dはデリバリーを意味し、製造業の重要な指標である。片山はその「QCD競争の罠」が日本の勝敗に最も大きな影響を与えたと言う。
「日本企業はCで韓国や中国の競合企業に負けたと語られがちですが、私はDこそが勝敗を決したと思っています。QとCは基本的に技術で決まります。この点、日本企業は劣っていなかった。しかし競合企業に投資余力で劣り、十分な供給能力と販売拠点数を保有できませんでした」
片山は理由として、日本では総合電気メーカーの数が多すぎて、重点領域への集中投資が韓国に比べて負けていたことをあげる。1997年のアジア通貨危機で倒産の危機に瀕していたサムスン電子は、韓国政府からの補助金や税制優遇、同国政府からの要請を受けたIMF(国際通貨基金)による緊急融資など、数々の後押しを受けて大胆な「選択と集中」を敢行。大幅な事業整理を行い、液晶テレビに集中投資した。これが、日本企業との明暗を分ける一因になったとした。
(「6つの罠」の詳細は、 『Forbes JAPAN 2024年8月号』 本誌で)
あなたの会社はどのタイプか? サプライチェーン3大タイプ
なかでも「QCD競争の罠」におけるDの重要性と日本の製造業が抱える課題は、サプライチェーンに落とし込むことであらわになるという。サプライチェーンとは、マーケティング、企画に始まり、設計、調達、生産からサービスまで、製品が消費者の手元に届くまでの一連の流れを示す。
「下の図で表しているのは然るべきサプライチェーンマネジメントを行うことで、それぞれのユニット、チェーンが適切な長さと太さのパイプでつながり、蛇口をひねるとアウトプットとして売り上げ、利益がきちんと出てくる水道管のイメージです」
出典:Kconcept(以下同)
事業が行き詰まるときには、サプライチェーン上にも「詰まり」が生じている。片山はそう説明しながら、昨今のメーカーのサプライチェーンを大きく3つのタイプに分類した。読者諸氏は、自分の会社がどのタイプに当てはまるのか、ぜひ考えてみてほしい。
1. 売り上げも利益も小さい、典型的な日本のメーカー型
まずは営業と生産力の大きさに対して、市場ニーズを察知するマーケティングや商品設計、販売網、アフターケアなどのサービスが弱いタイプ。
「日本企業の特徴として、生産部門と営業部門がかなり頑張るんです。しかし、属人的なひと昔前のマーケティングや企画をしているため、時間がかかるし、プロダクトアウトになりがちで、しばしば市場のニーズに合わない商品を送り出してしまう。
そして、生産力を十分に有していてもグローバルな販売網が脆弱なため、商品の売り先を確保できません。その結果、工場の稼働率が下がるか、出荷を待つ在庫の山が積み上がるかで、売り上げも利益も増えずに小さいのです」
2. 生産販売のリードタイムが長く、利幅が小さい
次に営業力に加え、生産力と販売力、サービス部門も強いが、利益が非常に小さいタイプ。原因としてはタイプ1.と同じく、マーケティング力や企画力が弱いことに加え、海外工場を持ちすぎている問題があるという。その海外工場の位置も、日本企業の敗因になったと片山は分析する。
「多くの総合電機メーカーは生産と販売のギャップを埋めるため、グローバルに支社を設置しました。大消費地である北米や欧州に細かく拠点を設け、生産力に見合った販売体制を整えたのです。ところが、海外工場の多くを製造コストの低さから中国や東南アジアに設けたため、消費地である北米や欧州までの輸送時間が長くなってしまい、上手くいきませんでした」
例えば、東南アジアの工場から欧州の販売拠点まで白物家電を運ぼうとすると、船便で南アフリカの喜望峰を経由し、4週間近くかかる。その分、リードタイムが伸びて販売機会を損失し、値下げのリスクが高まる。結果、一定の売り上げは立つものの、利幅が小さくなってしまうのだ。
「売上高営業利益率が低い製造業の企業は、このパターンに陥っているケースが大半です」と片山は言い、このタイプはキャッシュコンバージョンサイクル(CCC:原材料を仕入れてから現金収入を得るまでの日数)も長くなるため、資金繰りも悪化しやすいビジネスモデルだと指摘した。
3. SCMを経営の中心に。高利益率のバランス型
続けて片山があげたのが、マーケティング力と企画力が強く、営業、設計、生産、販売は同じパイプの幅で、詰まりがない3つ目のタイプだ。売り上げは小さいが、ロスが少ないために利益率が高い。米国に本社を置くスマートフォンやタブレット端末を手がける多国籍企業などが該当するという。
「ある多国籍メーカーではソーシング(調達活動)出身の人材を経営のトップに据え、サプライチェーンマネジメントのチームに、通信やディスプレイなどといった技術の専門家をはじめ、財務や法務などさまざまな領域の専門家を取引先などから引き抜いてきて入れています。サプライチェーンマネジメントを経営の本筋におき、リソースを最適配置しています」
例えば、生産を世界中にあるEMS(製造受託企業)に外注することで、マーケティングや企画といった自社の得意分野にリソースを集中投下し、経営の効率化につなげたほか、サプライチェーンマネジメントのチームが、生産以降の工程を中心に委託先を徹底管理している。
「日本の総合電気メーカーで経営の中心にいる人物は、営業出身者など事業側の人間がほとんどでしょう。そこが大きな違いです」
日本の「弱点」は最大の「武器」になる
こうして弱点を並べると、日本の製造業復活を疑う人も少なくないだろう。しかし片山は「弱体化した結果、守るものが少ない日本企業には変化を先取りするチャンスがある」と前を向く。
「消費者ニーズが多様化するなか、少品種大量生産から多品種少量生産へのシフトは不可避です。世界で労働人口が減少し、地政学的リスクも顕在化している。そうした変化に対して製造業が取りうる解決策は、高性能ロボットの活用による省人化と、生産能力を分散化、高速化する消費地生産です。変化に対して、日本企業はいかにライバルに先んじて策を講じるか。ポイントは、弱点をうまく活用することです」
片山は背景として、日本企業は韓国や中国と比べて投資できなかった分、生産能力は限定的ではあるものの、減価償却の終わった古い工場が多く、刷新しやすい状況にあること。そして、日本には自律的に動く知能ロボットの共通OSを開発し、工場の1つのラインで多品種少量生産を可能にするスタートアップが出現していることなどに触れ、世界有数の労働人口減少国として、IoTやAI技術が生産現場にようやく実装され始めている現状について述べた。
「古い生産設備を刷新して、最新のテクノロジーが実装された工場を、消費地に近いところに建設してリードタイムを短くする。日本の製造業が抱える従来のネガティブ要素は、経営者の意思決定次第でポジティブに転換することが可能な状態にあります」
もちろん、インダストリー4.0を早くから打ち出しているドイツをはじめ、今は巨大な生産設備を抱える韓国や中国も傍観しているわけではない。
「決断のタイミングは今なのです」
日本の製造業の栄枯盛衰を身をもって経験してきた彼は、そう言うのだ。
『Forbes JAPAN 8月号』本誌では、残り5つの「日本の製造業がはまった罠」とは何かをはじめ、サプライチェーンマネジメントの具体的な解決策として、水道パイプを分断・分散化して同時並行で進めるという案や、製造工程を俯瞰して労働力、生産設備・拠点、資金を分散させてパイプの凹凸をならすことなどを示している。
片山幹雄◎東大卒業後、シャープ入社。液晶事業本部長、同事業部取締役等を歴任、太陽電池や液晶の研究開発に尽力。2007年、同社最年少49歳で代表取締役社長に。14年にシャープ退社、日本電産 副会長最高技術責任者(CTO)就任。22年同社を退社し、Kconcept立ち上げた。