変動周期「23時間56分」で宇宙から届く謎の電波の正体はなんだったのか?偶然が生み出した天文学「電波天文学」
時空の歪みとして捉えられた謎の重力波の存在。世界に衝撃を与えたこの観測事実から宇宙誕生に迫る最新の宇宙論を紹介する話題の書籍『宇宙はいかに始まったのか ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学』。この記事では観測された謎の重力波「ナノヘルツ重力波」の正体に迫るため、その観測手法のもととなった電波天文学について紹介します。実は、電波天文学はまったくの偶然によって始まったものなのです!
*本記事は、『宇宙はいかに始まったのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
電波天文学の前夜。ジャンスキーの偶然の発見
実は、電波天文学の始まりは天文学者による研究ではありませんでした。これは、米国の電波技術者のカール・ジャンスキーの偶然の発見によるものです。
当時、ジャンスキーが勤務していたのは米国のベル研究所でした。ベル研究所は、発明家グラハム・ベルが創設したボルタ研究所に起源をもつ電気技術、とくに電話に関わる技術開発で優れた実績をあげた研究所です。
カール・ジャンスキー
大学卒業後の1928年にベル研究所に入所したジャンスキーは、電波の研究に取り組み、屋外に受信機を設置し、あらゆる方向からの電波信号を片っ端から記録しました。彼は、検出した電波雑音を3種類に分類しました。
それが、近隣の雷、遠方の雷、そして未知の信号です。
未知の電波信号と「太陽起源説」
彼はそのうちの未知の信号を分析しました。そして、未知の信号が1日周期で変動していることに気づきます。
彼は当初この信号の正体を、太陽が出している電波を地球の自転によって1日周期で受信しているものだと解釈しました。これは「太陽起源説」とよばれました。
その後、より精密に測定したところ、その未知の電波信号の変動周期は、正確には23時間56分であることが判明しました。
太陽起源説が正しければ、ピッタリ24時間でなければなりません。したがって、太陽起源説は棄却されました。
ここで、この1日が24時間というのは、太陽日(たいようじつ)とよばれるものです。
時間の定義には、太陽の動きに基づく太陽時(たいようじ)があり、ある地上の場所で太陽高度が最も高くなった瞬間から、翌日に再び最も高い位置にくる瞬間までの時間間隔を太陽日とよび、これが24時間の由来です。
しかし、夜空に輝く恒星のみかけの運動は、太陽のものとは少し異なっています。これは、地球が太陽の周りを公転運動するためです。地球が公転運動するため、太陽がふたたび最も高い位置に見えるためには、地球の自転1回分より少しばかり余分に回転する必要があるのです。
つまり、24時間の間に地球は1回転より少し多く回転しているのです。
一方、多くの恒星は非常に遠くにあるため、地球の公転による見かけの位置のずれも非常に小さいものです。
恒星日(図版作成:酒井春)
よって、地球の公転は、恒星の見かけの高度が最高点に到達してから再び最高点に戻るまでの時間間隔にほとんど影響しません。この時間間隔は「恒星日(こうせいび)」とよばれ、これこそが約23時間56分なのです。
未知の電波は太陽系外から来ている!
こうして、ジャンスキーが発見した23時間56分周期で変動する電波信号は、太陽からのものではなく、遠方、つまり太陽系外の天体からの電波信号を地球の自転によって観測しているものだと判明したのです。
最終的に、その未知の電波信号は飛来する方向が特定され、銀河系中心(いて座)から発信されていることがわかりました。
1933年、ジャンスキーはその成果を論文として発表しましたが、当時は、多くの天文学者の関心を集めることはありませんでした。その後、彼はベル研究所で別の研究プロジェクトに移り、電波天文学(当時、この学術用語すら存在しなかった)に関わることは遂にありませんでした。
しかし、彼の業績を讃えて、電波天文学における電波強度の単位はジャンスキー(Jy)が用いられます。この単位は、電波で観測できる主要天体の電波強度を表現するのに便利なため、電波天文学ではワット(W)の代わりに好まれています。
電波天文学が天文観測の方法として重要であることが認識されるまでには、ジャンスキーの発見から25年ほどの時間がかかりました。
米国ニューメキシコ州に設置されている「超大型干渉電波望遠鏡(VLA)」
従来の天文学では、光を発する恒星、そしてその集団としての銀河が主な観測対象でした。可視光での観測なので、いわゆる光学望遠鏡が用いられます。恒星はその中心が高密度なため、核融合を起こし、その熱エネルギーで光り輝くのです。このことは、20世紀半ば、原子核物理学の研究によって明らかとなりました。熱エネルギーなので、恒星の表面の原子・分子はランダムに動き回ります。
一方、強い電波を発生させるためには、多くの電子を揃って運動させる必要があります。実際、電波を発するアンテナは、そうした目的の電気回路です。そんなアンテナが、自然界に存在するとは思えません。
したがって、ジャンスキーが未知の信号が宇宙から来ていることを発表した当時、すぐ近くにある太陽を除いて、星からの電波を観測しようとは考えられていなかったのです。
偶然の発見ふたたび!「パルサーの発見」
1967年8月6日、ケンブリッジ大学の博士課程大学院生だったジョスリン・ベルは、偶然、不思議なシグナルに気づきました。
当時、始まったばかりの電波天文学での観測中の出来事です。
ジョスリン・ベル。1968年、マラード電波天文台にて(Daily Herald Archive/SSPL/Getty Images)
宇宙のある方向からの周期1.337秒の電波シグナルを発見したのです。ベルは、電波望遠鏡(大型の電波受信機です)を用いて地球の上空かなたの電離層を研究しているなかで、この未知の電波を発見しました。
前述のように、この当時も、周期的な電波を出す天体現象など想像さえされていない時代でした。そのため、この電波は太陽系外の知的文明が発しているものではないかという説さえ登場し、リトル・グリーン・マン(欧米における宇宙人のステレオタイプである「小さな緑色の人間」)というニックネームでよばれたほどです。
しかし、その後の観測で、これがパルサーとよばれる天体からの電波によるものだと判明しました。
このパルサーについては、次の記事で詳しく見ていくことにしましょう。
このように偶然の積み重ねから電波天文学が誕生し、いまでは天文観測に欠かせない観測手段となっています。そして現在、「パルサータイミング法」によって発見された「ナノヘルツ重力波」の存在という、新しい宇宙観測への扉を開くきっかけへとつながっていったのです。