三菱重工に東芝、古河電工…実は核融合サプライチェーン大国の日本。数十兆円超の市場狙うプレイヤーは?
南フランスのサン・ポール・レ・デュランスにある国際プロジェクト「ITER」の建設現場。EU、アメリカ、ロシア、中国、インド、韓国、そして日本が分担してパーツの製造、建設を進めている。日本メーカーも多数かかわっている。
世界で核融合発電の実現に向けた取り組みが加速している。
核融合産業のサプライチェーンは、将来的には市場規模が数十兆円とも、1000兆円規模になるとも試算されている。日本は、そんな核融合発電に必要な技術を国内企業のみで網羅(完結)できる数少ない国だとされている。 2024年3月には、フュージョンエネルギー産業協議会(J-Fusion)を設立し、核融合産業の確立・育成に向けた取り組みが動き始めた。
同協議会の発起人の21社は、将来の核融合産業のサプライチェーンにおける中心的な存在になると期待される。その顔ぶれは、核融合スタートアップから関連装置の製造などを担うメーカーのほか、商社や通信会社など一見すると核融合に関係がなさそうな企業まで多種多様だ。
それぞれどういった立場で核融合発電実現へのロードマップに参画することになるのか。「炉製造プレイヤー」、「サプライヤー」、「出資者」の3つのグループに分けて、公開データをもとに核融合産業との関わりを解説する。
J-Fusionの役員。中央にいるのが、J-Fusion会長を務める京都フュージョニアリングの小西哲之代表(5月21日撮影)。
スタートアップがけん引する「炉製造」
まず、核融合発電の実現に向けて欠かせない「核融合炉」そのものを作るプレイヤーだ。
J-Fusionの中で炉を製造しようとしている企業は4社。Helical Fusion(創業2021年)、EX-Fusion(同2021年)、Blue Laser Fusion(同2022年)、LINEAイノベーション(同2023年)と、全て2021年以降に設立されたスタートアップ企業だ。
Helical Fusionは2021年に国立の研究所である核融合科学研究所出身の研究者を中心に設立された。複数ある核融合方式のうち「ヘリカル型」と呼ばれる方式(磁場閉じ込め方式)での核融合発電を目指している。同社の田口昂哉代表はJ-Fusionの副会長を務める。累積調達額は約30億円(補助金含む)で、2030年代前半にも発電できる核融合炉初号機の実現を目指している。
Helical Fusionの田口昂哉代表。J-Fusionの副会長を務める。(5月21日、撮影)
EX-Fusionは2021年に大阪大学レーザー科学研究所と静岡県にある光産業創成大学院大学の研究者が共同創業したレーザーを用いた核融合(慣性閉じ込め方式)による核融合発電を目指すスタートアップだ。これまでの累積調達額は19.3億円。2030年までに小規模な発電までの技術実証ができる核融合炉を実現。2035年までに、商用可能なレベルの核融合炉の実現を目指している。
同社では、研究開発するレーザー技術を活用した「宇宙デブリ除去」をはじめとした多様なサービス展開も検討している。レーザー核融合に必須のレーザー技術を起点に、「光産業」の裾野を広げる中でビジネスを構築していく狙いがある。
2022年にアメリカで創業したBlue Laser Fusionは、青色発光ダイオード(LED)の発明で2014年にノーベル物理学賞を受賞した中村修二博士が最高経営責任者(CEO)を務める。日本法人も2024年2月に設立された。EX-Fusionと同じレーザーを用いた核融合の実現に向けて、独自のハイパワーレーザーの開発を進めており、2030年までに商業対応したレーザー核融合炉の実証を目指している。
ソフトバンクや伊藤忠商事、さらにZOZOの創業者である前澤友作氏が立ち上げた前澤ファンドなどからも出資を受けており、既に56億円以上の資金調達をしている。
2022年12月13日、アメリカ、ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)の国立点火施設(NIF)から、レーザー核融合によって「燃料に投入したエネルギーよりも多くのエネルギーを生成する」というブレークスルーを達成したことが発表され大きな話題となった。
LINEAイノベーションは、日本大学と筑波大学の研究者によって2023年9月に設立された、国内では最も新しい核融合スタートアップだ。磁場閉じ込め方式ともレーザー方式とも異なる、「FRC」(Field-Reversed Configuration/磁場反転配位)と「タンデムミラー方式」と呼ばれる手法を組み合わせた世界的にもユニークな手法を採用する。
核融合反応に用いる原料も、多くの核融合スタートアップが採用している「重水素」と「三重水素」(トリチウム)ではなく、「ホウ素」と「水素」を使うことを想定。これにより放射性廃棄物をほぼ生じない核融合炉の実現を目指している。
2024年5月には同様の原料を用いて核融合発電を目指している米・TAE Technologies と協力覚書を締結した。2024年1月にプレシードラウンドで、VCのANRIから7000万円を調達している。
業界注目の京大ベンチャーに老舗メーカーがずらり
核融合炉を実現するには、さまざまな装置、設備が必要となる。世界的に見て、日本には核融合産業のサプライヤーとなる企業は多い。
J-Fusionの発起人の中では、日本初の核融合スタートアップとして世界的に注目される京都フュージョニアリングを筆頭に、国際プロジェクトのITER計画にも長らく参画してきた三菱重工業(以下、三菱重工)、東芝エネルギーシステムズ(以下、東芝)、古河電気工業(以下、古河電工)など老舗メーカーが並ぶ。
フランスで建設中のITERや、茨城県那珂市の量子科学技術研究開発機構(QST)にある核融合の実験装置「JT-60SA」のようなタイプの核融合炉で発電を目指す場合、必要な装置や設備は大きく3種類に分けられる。
一つ目が核融合炉のメインとなる、プラズマの生成や制御に関わる真空容器や超電導コイルなどの「核融合機器」だ。次に、核融合反応によって炉内に生じたトリチウムを回収し、燃料として再利用するための「燃料サイクルシステム」。加えて、発電に必要な蒸気タービンや発電機などの「炉周辺装置」も重要な要素となる。
装置の導入実績に基づいて核融合機器、燃料サイクルシステム、炉周辺装置の3つのカテゴリに分類した。核融合産業の発展に伴い、この枠の垣根を超えた活動も増えてくることが予想される。
国内初の核融合スタートアップである京都フュージョニアリングは、プラズマの加熱装置であるジャイロトロンや、炉内部の排気を促すダイバータといった主要装置を開発している。また、燃料サイクルシステムや発電実証に向けたシステムの設計も手掛けており、サプライチェーン全体を広くサポートする存在だ。同社の創業者でもある小西哲之代表はJ-Fusionの会長を務める。
2024年5月段階で累計調達金額は137.4億円。米国エネルギー省科学局が管轄する核融合施設を運営する米・ジェネラル・アトミクスや英国原子力公社(UKAEA)とジャイロトロンの受注契約を締結するなど、世界で進められている実証炉計画にも入り込んでいる。なお、J-Fusionの参画メンバーからも複数の出資を受けている。後述するフジクラとは高温超電導マグネットの共同研究などもしている。
京都フュージョニアリングでは、発電実証に向けたシステムの建設計画も進めている。
日本の基幹産業を支えてきた三菱重工は、ITER向けの装置製造においても存在感のある企業だ。
プラズマ制御に欠かせない「トロイダル磁場コイル」と呼ばれる巨大なコイルを、ITERで必要とされる19基中5基(予備も含め)。前述したダイバータも、全54基中18基製造を担当した。日本の実験装置JT-60SAの製造にも参画するなど、長期にわたって日本の核融合研究に携わってきた。
ITER向けに東芝から納品されたトロイダル磁場コイル。
東芝も、1970年代から核融合関連の装置開発に取り組んできた一社だ。JT-60SAの製造においては、真空容器などを製造したほか、全体の組み立ても担当した。ITERでも三菱重工と共にトロイダル磁場コイルの製造を担当。日本が担当した9基中、4基を製造した(残り5基は三菱重工が担当)。
核融合炉のプラズマを制御するには、上記のトロイダル磁場コイルなどに超電導状態になる導線「超電導線材」を活用することで巨大な磁力を生み出す必要がある。超電導線材では、古河電工やフジクラが世界的に知られている。
古河電工は1960年代から超電導線材を研究開発しており、ITER向けに超電導ケーブルを受注、納入した実績を持つ。2023年1月には英・Tokamak Energy(トカマクエナジー)に高温超電導線材(HTS)の供給契約を締結し、翌2024年1月には同社に1000万ポンドの出資も果たした。フジクラも、同じくHTSの製造で知られる。レアアースを素材としたHTSの研究を20年以上続けており、アメリカMIT発の核融合スタートアップであるCommonwealth Fusion Systems(コモンウェルス・フュージョン・システム)へHTS線材を納入している。京都フュージョニアリングへも出資しており、同社と共にUKAEA向けの共同研究を進めている。
あまりイメージが湧かないかもしれないが、実はNTT(日本電信電話)も核融合銘柄といえる。
NTTは現在、ITERや日本の核融合研究の拠点の一つであるQSTと協定を結び、高速通信技術や光関連技術とAI、機械学習を用いた核融合プラズマの安定化に関する研究開発を進めている。その他にも、炉周辺機器の早期異常予測の研究にも携わっている。
IHIと大和合金もそれぞれ核融合炉向けの冷却ポンプ、ダイバータの部品をITER向けに納入した実績を持つ。
なお、発起人に名を連ねている中で清水建設だけが核融合との直接的な関連が薄いようにみえる。ただ、原子力発電所の建屋やQSTの施設の建築に携わるなど、放射線遮蔽、放射能物質貯蔵についてはノウハウを持つ。
商社やプラント企業、核融合のこの先に必須のプレイヤー
J-Fusionに加盟している商社は、各社核融合スタートアップへ出資している。
核融合発電を実現する上では、今後ますます資金が必要になる。また発電所を建設できた後にメンテナンスなどの運用を支えるプレイヤーも重要だ。
J-Fusionには、将来的なビジネスを見越した出資者として参画している企業や、運用面でのサポートが期待できるメンバーが加わっている。住友商事、三井物産、三菱商事、三井住友海上火災保険、三井不動産、INPEX、アトックス、日揮だ。