「患者が廊下で死んでいく」 英医療崩壊の恐るべき実態
「国家的な危機」
英国の看護師でつくる労働組合「王立看護協会(RCN)」の調査によると、調査した看護師の3人に1人以上(37%)が、最近の勤務中に患者が不適切な場所でケアを受けるところを見たと回答した。
英国の病院では少なくとも過去2年間、緊急救命室(ER)の過密状態が大きな問題になっていて、待ち時間は大幅に延びている。
このため、廊下に置かれたストレッチャーなど、病院内の必ずしも機器が整っていない不適切な場所で治療を受ける患者が続出している。
調査した看護師およそ1万1000人のうち半数超(53%)は、こうした「廊下治療(corridor care)」では酸素供給装置や吸引器のような救命機器が使用できないと答えている。
また約67%は、適切な治療環境で期待できるようなプライバシーや尊厳が廊下治療では損なわれるとしている。
RCNのニコラ・レンジャー書記長代行兼会長は声明で「これはわたしたちの職業にとって悲劇です」述べ、こう続けている。
「わたしたちのサービスはかつて世界をリードしていたのに、いまでは駐車場や備品置き場で患者を治療するありさまです。高齢者がイスの上で衰弱したり、患者が廊下で亡くなったりしています。こうした状況の恐ろしさを軽んじてはなりません。患者の安全にとって国家的な緊急事態であり、わたしたちはきょう警鐘を鳴らします」
さらに「廊下で患者を治療するというのは以前は例外的な状況でした。それがいまでは日常的なものになってしまっています。システムが危機に陥っている徴候です」とも言及した。
この危機は主に、病院と地域医療の両方でリソースが限界を超えてしまっているために引き起こされている。どちらのサービスも、人口の高齢化にともなって増える患者の需要に追いつけていない。廊下治療はこの問題による危険な現象のひとつだ。
たとえばソーシャルケア施設のベッド数や在宅ケアワーカーの数が足りていないと、病院から高齢者や高リスク患者が退院するのが遅くなる。
すると、病院で利用できるベッド数が減り、ER部門からほかの部門に患者を移すのにも時間がかかるようになる。こうして病院は過密状態に陥る。
その結果、病院は救急車で搬送される患者の受け入れも難しくなる。救急車もたらい回しにされるため、新たな救急要請に対応できる台数が制限されてしまう。
救急医療の遅れで年1万数千人死亡
救急医療の長い待ち時間は患者のアウトカム(臨床成果)の悪化と関連づけられている。
筆者がこのほど英国の医療専門誌「ヘルス・サービス・ジャーナル(HSJ)」向けに行った調査では、救急医療の遅れについて記述した検視報告書が昨年、2018年比で4倍に増えていることがわかった。
これらの報告書は、検視官が将来の死を防ぐためになんらかの対策が必要と判断した場合に公表される。救急医療危機が引き起こしている害を示すものとしては氷山の一角にすぎない。
英国の救急医でつくる職能団体「王立救急医師会(RCEM)」は、救急医療の遅れに関連した死は2023年におよそ1万4000件にのぼると推定している。
政府に投資要望
英国では来月に総選挙が実施され、新たな政権を選ぶことになっている。いくつかの医療団体は、次の政権幹部たちは救急医療危機を優先課題のひとつにすべきだと訴えている。
RCNは担当相らに対して、廊下治療問題を追跡調査し、この問題について理解を深め、説明責任をもっとしっかり果たすよう要望している。
RCN会長のレンジャーはこう述べている。「患者がGP(一般開業医)の予約をとれず、地区看護師の訪問もソーシャルケア(社会福祉)のサービスも受けられないために、(病院の)救急外来部の扉をたたくということは、本来あってはならないことです。しかし、現実にはそうなっています」
そのうえで「廊下治療はわたしたちの病院の災難ですが、解決策はわかっています。わたしたちの保健医療システム全体と、そこで働く看護師たちに投資することです」と政府に行動を促している。
イングランドの国民保健サービス(NHS)加盟病院でつくる団体「NHSプロバイダーズ」のサフロン・コーデリー副会長も声明で、「第一線の看護師らが共有しているたいへん憂慮される経験は、より戦略的な投資と計画が緊急に求められていることをはっきり示しています」と述べ、次期政権にこう注文している。
「次の政権は、病院の過密状態をもたらしている根本原因に適切に対処することが不可欠です。また、病院から患者を安全かつ迅速に退院させ、最も必要な人たちのためにベッドを空けるには、ソーシャルケアと地域医療サービスを改善することも重要です」
(forbes.com 原文)