プリゴジン死亡で「ワグネル利権」の乗っ取りを狙う民間軍事会社の名前
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ロシアの民間軍事会社のワグネルは、武装蜂起の失敗、そして創設者であるプリゴジン氏の死去で、一時代が終わった。しかし、ロシア国内ではワグネルの利権を得ようと新たなプレイヤーたちがうごめいているという。ワグネルのビジネスモデルの終焉とその後とは。※本稿は、菅原出著『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地』(平凡社新書)を一部抜粋・編集したものです。
新たな政府系露民間軍事会社と
「ワグネル・ビジネスモデル」の終焉
8月26日、プーチン大統領は、ワグネルの戦闘員たちにロシア国家への忠誠を誓う署名を命じた。プーチンがワグネルや他の民間軍事会社の従業員に宣誓を要求したのは、こうした組織をより厳しい国家の管理下に置こうとする明確な動きだと言えるだろう。
クレムリンのウェブサイトに掲載されたこの政令は、軍のために仕事をしたり、モスクワがウクライナでの「特別軍事作戦」と呼ぶものを支援したりする者は誰でも、ロシアへの忠誠を正式に誓うことを義務づけている。またこの法令には、宣誓する者は指揮官や上級指導者の命令に厳格に従うことを約束するという一行が含まれている。
今後ロシア政府は、民間軍事会社を国家の管理統制下に置き、活用していくことになるのであろう。当然、ワグネルの利権は、ロシア軍及び軍傘下の別の民間軍事会社が乗っ取ることになるのだろう。
実際、プリゴジンの死亡が発表されると、ロシアの治安部隊やクレムリンに近いオリガルヒとつながりのある民間軍事会社が、数千人規模のワグネルの戦闘員を吸収しようと画策した。その中には、ロシア軍情報将校によって設立され、プーチンに近いオリガルヒが資金を提供し、国営企業によって管理されている会社もある。
その一つ、レドゥート(Redut)社は、中東で活動するロシア企業に警備を提供している。同社は2008年に元ロシア空挺部隊員や軍事情報部の将校たちによって設立された会社とされる。米政府は23年2月にこの会社を、「ロシア軍情報機関とつながりがある」として制裁対象にした。
ワグネルの元社員が23年7月に英国議会で行った証言によれば、レドゥートはプーチンと密接な関係を持つオリガルヒ、ゲンナジー・ティムチェンコが資金提供している会社だという。この人物は英国の議員たちに、シリアで展開するレドゥートの戦闘員は中東のロシア軍から弾薬の支援を受けていると証言した。
またレドゥートは、ワグネルと国防省が過去に敵対関係にあったことを理由に、国防省との契約を拒む元ワグネル戦闘員の受け皿になっていたという。
6月末にワグネルが反乱を起こした後、何人かのワグネルの上級指揮官は同社を見捨ててレドゥートに参加した。
プリゴジン個人のネットワークで回す
ワグネルのビジネスモデル
もう一つの有力な会社がコンボイ社である。同社は、プリゴジンと決別する前にワグネルのアフリカ作戦を指揮していたコンスタンチン・ピカロフが率いる会社である。EUは2月にピカロフを制裁対象に指定し、彼が2018年7月に中央アフリカ共和国で3人のロシア人ジャーナリストの殺害を計画したと記している。
プリゴジンが亡くなる直前、ピカロフはコンボイ社がアフリカの8カ国で活動していることを明らかにしていた。「我々はアフリカの軍人に新しい武器を与え、その使い方を教える」と彼はロシアの調査サイト「iStories」に語っていた。
また23年8月21日に「テレグラム」に掲載された広告でコンボイ社は、アフリカでロシアの偵察・攻撃ドローンを指揮するボランティアを募集していると宣伝していた。
クレムリンを批判するロシアの富豪ミハイル・ホドルコフスキー氏が設立したロシアの調査機関「ドシエ・センター」によると、コンボイ社はオリガルヒでプーチンの側近であるアルカディ・ローテンベルクや国営VTB銀行から22年に数億ルーブルを受け取っていたという。
プリゴジンが亡くなる前日、ロシアのユヌス=ベク・イェフクロフ国防副大臣はリビアを訪問し、ワグネルがアフリカに進出した最初の国であるリビアの軍閥ハリファ・ハフタル将軍に会ったことが報じられた。米メディアによると、この時同国防副大臣は「ワグネルの部隊を別の民間軍事会社が引き継ぐ」と説明したという。民間軍事会社が戦闘員たちに給料を支払うが、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の将校たちが厳しく管理することも同時に伝えられたという。
同紙によれば、この会談にはピカロフ氏も同席しており、彼のコンボイ社が北アフリカのワグネルの利権を引き継ぐ最有力候補になっていると伝えられた。
プリゴジンは様々な分野のビジネスを手掛けてきたが、ロシアの二つのスパイ機関、すなわち対外情報機関である対外情報庁(SVR)とGRUが、プリゴジン利権をめぐって争っているとの情報も飛び交った。
またSVRがワグネルのプロパガンダや外国をターゲットにしたネット上の偽情報発信を行ってきた情報関連のアセットを吸収し、国防省とGRUが民間軍事系のビジネス部門を取り込むことで「棲み分け」が出来た可能性も指摘された。この場合、GRUの管理下でレドゥートやコンボイといったロシアの民間軍事会社が活動する形になるのだろう。
いずれにしても、プリゴジンが自由に動き回りワグネルの利権を拡大させてきた時代は終わったと言える。プリゴジンの個人的なネットワークを通じて、違法な鉱山開発や資源取引でプロジェクトをファイナンスし、民間軍事会社のオペレーションを回すという“ワグネルのビジネスモデル”は、終焉を迎えたのである。
警備、軍事訓練から政府の代理人まで
ワグネルという規格外の民間軍事会社
ここまでワグネルの物語を主に述べてきたが、この「規格外」の会社を民間軍事会社の歴史にどう位置づけるか、その総括は容易ではない。ワグネルは、民間軍事会社の標準サービスである警備、警護や軍事訓練等を提供する場合もあれば、ヴィネル社のように「政府の代理人」としての役割も果たしていた。
またエグゼクティブ・アウトカムズのように戦闘サービスを請け負うだけでなく、途上国で資源開発にも携わり、密輸やマネーロンダリング等の国際犯罪にも手を染めた。ロシアという国家の裏仕事を手掛ける何でも屋として、一時期はその存在や活動を否定していたが、プリゴジンがワグネル設立を公に認めただけでなく、自らSNSで自分たちの活動を公表し、軍や政府を公然と非難し、最後は武装蜂起までしてしまったのである。
この背景にはプリゴジンという個性豊かな人物の存在があり、彼とプーチン大統領の個人的な関係が彼を大胆にさせた可能性を指摘出来るだろう。またそれに加え、プリゴジンがSNSを使って自らの情報を発信し、世界中にフォロワーを拡大させ、行き詰まりをみせるウクライナ戦争に対する人々の不満を背景に、ロシア軍上層部への批判を自らのパワーに変えていったという情報社会の時代的な側面があったことも見逃せない。
『民間軍事会社 「戦争サービス業」の変遷と現在地』 (平凡社新書) 菅原出 著
SNSがなければ、プリゴジンがこれほど効果的にロシア軍上層部を攻撃し、ロシア社会での影響力を強め、自身の力を過信することはなかったのではないか、と思われるからである。
そう考えてみると、今後の世界においては、生成AI、ディープフェイク、自律型ドローンのような、軍隊以外のアクターが容易に入手可能で兵器転用も可能な技術が、ワグネル以上に危険な民間軍事会社を生むおそれがあるのではないか、と思わざるを得ない。
いずれにしても、ワグネルは、プーチン・ロシアの対外戦略の暗部や、政治や軍事エリートたちの利権争い、そして、ロシア社会の閉塞感を反映する鏡のような存在だったと言えるのではないだろうか。