国内リテールメディアの問題とは? ただのトレンドで終わらせないために
リテールメディアの「本懐」とはなにか(写真はイメージ、以下同)
マーケティング業界ではリテールメディア(小売業者が展開する広告媒体)に対する注目が集まっています。
北米市場ではWalmart(Walmart Connect)がいち早くリテールメディアを実践、2019年にリテールメディアを開始してから堅調に拡大し、直近の決算(2023年)でメディア広告の受注額が34億ドル(約5300億円)に達しました。そうした動きを受け、北米市場では2021年ごろからリテールメディアの活用方法を巡る議論が過熱しています。
国内の小売業各社からは新たな収益の柱として見られているリテールメディアですが、国内の実情を見るにつけ「果たしてそれはリテールメディアでやりたかったことなのだろうか?」と思えてなりません。
リテールメディアのあるべき姿を捉えないまま取り組みを進めては、その価値を毀損してしまいかねません。そればかりか近年よく見る、形だけのDXのように単なるトレンドとして消費されてしまい、期待した利得は永遠に得られず、業界も発展していかないでしょう。
勃興期の今こそ、その価値について考えてみたいと思います。
●リテールメディアは救世主か?
冒頭に記した通り、北米における小売業の雄Walmartは自社のリテールメディアによって数千億円規模の売り上げを作り出すことに成功しています。この数字は大きなインパクトをもたらしました。従ってリテールメディアは、小売業者に新たな収益を生むものとして期待されているはずです。
こうした“新たな収益の柱”としての姿が強調され、経営陣の目にとまっています。その結果、急に部署が立ち上がり、メディアの運用経験がない責任者が社内から抜擢(ばってき)され、数千万円の必達予算がつけられてしまう――といった例を複数社から聞きます。
このような背景で立ち上げられた「リテールメディア事業部」が簡単に収益を作り出す方法があります。それは、リテールのバイイングパワーを活用して、メディア出稿費をメーカーから引き出すという方法です。このやり方であれば確かに、リテールメディアを立ち上げたばかりの組織でも、短期的に売り上げを作り出せるでしょう。
●“お付き合い”の金が使われている
私はこれを憂慮すべき事態だと感じています。まず、この方法で増やせる収益には限界があります。バイイングパワーで引き出せるメーカーの予算の多くはいわゆる「流通対策費用」であり、マーケティング全体における広告費ではないケースがほとんどだからです。
流通対策費とは、値引きや協賛金、リベートなど、流通構造の商流の中で発生する費用の総称です。この流通対策費は小売業者のために確保されているものですから、もともと小売業者に充てる予算が置き換わっただけで、リテールメディアへの投資として新たな予算が確保されているケースは少ないといえるでしょう。
新たな投資を呼び込むためには、メーカーが大きく確保しているマーケティング予算やメディア費を投資させる必要があります。しかし、前述のバイイングパワーでリテールメディアの出稿をさせるという活動は、メーカー側のマーケティング部の各種KPIを達成させることと、直接的なつながりはありません。
メーカー側がマーケティング面において何を達成したいのか、それを理解できなければ的を射た提案ができないため、マーケティング予算を投資させるのは難しいと言わざるを得ません。
●メーカーが期待するのは購買データドリブンの深いインサイト
広告主であるメーカーがリテールメディアに求めているものは、TVCMや大規模なSNSキャンペーンでの成果とは大きく異なります。
リテールメディアは他のメディアに比べて購買に近いタッチポイントでのメッセージングが可能です。それはすなわち、
・購買データ活用だからこそ発見できる顧客動向の分析/検証、深いインサイトの提供
・継続的な効果の可視化
・広告としての勝ち筋の再現性
などが期待されているということです。実際、Walmartが広告主に提供するこれらの要素は目を見張るものがあるといわれます。日本のリテールメディアはどこまで追い付けているでしょうか。
●消費者にとっての価値も落とし、低単価メディアに身を落とす
絶対に忘れてはならない視点がもう1つあります。
リテールメディアは、購買データを活用したターゲティングやその後の検証が可能なメディアです。他のメディア・広告が「興味関心」「意向・好意度」といった消費者の移り気な気持ちをデータとして収集しているのに対して、購買データは「消費者が実際にこんな行動をした」という意思決定そのもののデータです。
うまく活用できれば、メーカーのマーケティング部は予測や仮説といった不確実性の高い判断材料に頼らず、実際に起きた事実に基づいたマーケティングが可能になります。かなり高い精度でメーカーが重要だと考えるメッセージを消費者に届けられるでしょう。
一方で小売業者の立場には、顧客(消費者)の購買データをリテールメディアを通じてメーカーに提供する以上、消費者にとって快適な購買体験を保証する責任があります。
しかし、実際にはそうなっていないリテールメディアが多くあるように感じます。筆者自身、とある小売業者のメディアでずっと女性向け商品の広告に追いかけられています。そのメディアは筆者を男性ではなく女性と認識しているのか、属性をどのように分析しているのか分かりません。いずれにしても、本当の意味でリテールメディアとして機能しているとは言い難いでしょう。
もし、この程度の活用であれば、そこにはリテールメディアならではのベネフィットは存在せず、他の凡百のネットワーク広告に巻き込まれ、低単価勝負を強いられます。
Walmartに出稿する広告がCPM20ドルという驚きの値段をつけられている理由は、彼らがリテールメディア固有のベネフィットを広告主に提供しているからに他なりません。
●リテールメディアの未来は「エコシステム構築」にある
リテールメディアが実現できること、また期待されていることを整理すると、
・ファーストパーティーデータを使うのだから、まず購買者にとって有益な買い物や使用体験を実現する
・実際のリテール店頭体験をリッチなものに変え、リテール自体の価値を上昇させていく
・広告主(メーカー)へ、あえてリテールメディアに出稿することのベネフィットを提供する
ということにまとめられるでしょう。その結果「広告主と購買者双方が素晴らしい経験をできる場所」を提供する小売業者は双方から喜ばれ、自社のロイヤリティーも上がる。こんなエコシステムを作ることこそが、誰よりも消費者に近い領域にいるリテールメディアに期待されていることではないでしょうか。
現在、国内において主流と考えられているデジタル中心のリテールメディアでは、店頭における1on1の体験創造という点ではまだまだこれからです。一方、既に北米では2023年末に全米小売業協会(NRF)が主催したNRF 2023 Retail’s Big Showにおいて、魅力的な店頭体験の創出こそが次代のリテールメディアが目指すところ、リテールメディア3.0として語られています。
まずは手前にある「リテールメディアの本懐とは?」という視点に加えて、その先にある理想のエコシステムの構築を目指してアセットの充実を図っていく必要があるでしょう。
次回以降、この領域で25年の経験を持つカタリナマーケティングジャパンの視点において、「理想の体験を作り出す条件」を“資源”という面に着目して皆さまにお届けできたらと思います。
●筆者プロフィール:松田伊三雄
カタリナマーケティングジャパン 取締役副社長 Chief Operating Officer
国内大手アルコール飲料メーカー及びグローバル消費財メーカーにて流通企画、ブランディング、営業・戦略部門を統括。国内大手GMS及びCVSのマネジメントも経験、ウォルトディズニージャパンでブランドライセンスによるマーケティングサポートのマネジメントを経て2019年カタリナマーケティングにVPとして入社。CMO、取締役CCOを経て2024年6月より取締役副社長COOとしてリテールメディアエリアを統括。