死ぬまで焼き付いているのは、夫婦げんか後の母が山頂で歌った童謡…長渕剛「つらい時に心を癒やすのが歌」
シンガー・ソングライターの長渕剛が約7年ぶりとなるアルバム「BLOOD」(VIRGO & LEO RECORDS)を発表した。全身を巡る温かい血をイメージし、聴く人の心にぬくもりを届け、明日への希望を感じさせる曲を軸に10曲を収録。常に追い続けているのは、普遍性のある「どんな時代でもみんなの心に突き刺さる歌」だ。全国ツアーが始まる前に熱い思いを聞いた。(西部文化部 若林圭輔)
「いつでも時代を創るのは若者」。若手の育成支援に意欲を示す長渕剛(福岡市で)=浦上太介撮影
7年ぶりアルバム、言葉そぎ落とし「あなたの歌」に
内面から湧き起こる叫びや感情、それらを大学ノートに書きつづり、「ひとひらの歌詞」に1冊を費やすこともある。そこから 推敲(すいこう) を重ね、誰にでも通じる「歌」へと昇華させていく。「書くのは『チクショー、ふざけんじゃない、俺は傷ついた』とか。そこからが一手間なんです。余計な言葉をどんどんそぎ落とし、誰もが分かるように詞を書き換えていく。毎回毎回大変で苦しいけど、気付いたら45年。『BLOOD』に収めた歌もそういうことを意識しました」
長渕の楽曲を「自分の歌」として受け止め、リアリティーを感じるファンが多いのは、この普遍性を徹底的に追求する姿勢があってこそだろう。「僕の歌であって、あなたの歌になってほしい。もっと簡略化した歌を書きたいという欲望はあります」
「黒いマントと真っ赤なリンゴ」は、サビを何度も口ずさみたくなるような疾走感にあふれている。今の世の中に痛撃を与える本人主演のアウトロードラマがあれば、主題歌にぴったりだと思ったが、ミュージックビデオでは、演奏仲間とリンゴのかぶりものをつけて楽しそうに踊る意外な姿が見られる。
叫びながらも聴く者に優しく寄り添う
表題曲の「BLOOD」は、人の優しさやぬくもり、人生の軌跡を美しいピアノの旋律に乗せた。「路上の片隅で」は「返せよ 返せ! 俺が稼いだ 銭を」というストレートな歌詞で、政治に対する民衆の怒りを代弁する。孫に優しく語りかける「ZYZY」は、4世代にわたる命のつながりの尊さを感じさせる。「ひまわりの涙」には、幼い頃の心象風景が反映されているようだ。ロック、バラード、レゲエなどバラエティーに富んだ構成だが、共通するのは、時には叫びつつも、聴く者に優しく寄り添う姿勢だ。
長渕が求める普遍性の原点には、幼い頃、故郷の鹿児島で、母に手をつながれて聴いた歌や目にした美しい風景があるようだ。「裕福ではない時代。お金のいさかいで、父母が大げんかになった。幸せを求めて父母が一生懸命に頑張っている。それで爆発しちゃった。次の日に母がおにぎりを結んで、僕を連れて伊集院の山をてくてく登っていくの。頂上に着くと、夕焼けが沈む、天国みたいな光景なんだけど、母がずっと一点を見ているんですね。それで『昨日はごめんねー』って言って歌を歌うんですよ。童謡だったような記憶があります。そのメロディーは、おそらく死ぬまで焼き付いている」。淡々と語った後、こう付け加えた。「つまり歌というものは、つらくて悲しい時に自分の心を癒やしてくれ、前に進めるものなんだと、母が教えてくれたみたいなもんですよね」
「名をはせていくほど人間性みたいなものが欠落していく」
取材前、かつて立っていた福岡市・天神のライブ喫茶を訪れた。「しのぎを削った仲間と辛苦をともにして東京へと背中を押された。やっぱり感慨深いです」(福岡市で)=浦上太介撮影
そうした歌を意識するようになったのは、30歳を過ぎた1980年代末ごろという。「ろくなもんじゃねえ」「乾杯」「とんぼ」などでスターの地位を確立し、主演ドラマもヒットしたが、30代後半になると「名をはせていけばいくほど、通常の人間性みたいなものが欠落していくんじゃないか」という考えにさいなまれるようにもなった。
それが吹っ切れ、原点に立ち返れたのが、「命懸けで挑んだ」という2004年の鹿児島・桜島でのオールナイトライブだ。「そこからちょっと楽になった。自分の場合、(曲が)当たる当たらないじゃなかった。どこに向かって自分は歌を放っていたんだと言えば、(それは)道につまずいた人とか、ネガティブな思いの人とかに向かって、自分の歌がストンと落ちていってほしいという思いがあります」
「自分を奮い立たせるために書いてきた」と振り返る一方で、ファンへの感謝の気持ちも新たにしている。「僕の歌を『人生の糧です』とか『勇気もらいました』『立てたんです』とか言われると、やっぱりうれしいんですよね。敵ばかりだと思っていたのが、この年齢になってくると、ここに味方がいた、ここにもいた――。そんな感覚になる時があります」。それだけに「どんな歌も希望がなきゃいけない」と力を込める。
「60でリタイアしろって、そんなおかしい時代はない」
前作から約7年。社会も音楽を巡る環境も大きく変化したが、この間、やってきたことの正しさを心の中で確認できたことで、「闘える」との思いを強くしたという。「60歳を超えてそれぞれの道で頑張ってきた人たちは、ここから闘える年齢だと思うんです。スキルも、人の情感も含めて。だけど、社会は60でリタイアしろっていう。そんなおかしい時代はないじゃないですか。だから僕は闘いたい。大げさに言うと、時代、社会、権力とかと」
最近はユーチューブやSNSでの発信にも取り組み、若いミュージシャンやスタッフとの“共闘”も進む。「めちゃくちゃ熱かったんですよ、心が。20代、30代がもの創りの一点を目指して、 微塵(みじん) も狂いのない形で創ろうとしている。それを見た時、これは一緒だなと。僕の求めるものがここにあった。自分の経験値と未熟な若者たちの情熱を粘土のように強く、強く固めていきながら、社会に投石する。そういうイメージです」
全国ツアーは6月25日の大阪城ホールから始まり、福岡、鹿児島、愛知、広島、東京と回る。「爆発的な一体感をつくるっていうのが自分の役割です。他に類をみない一体感が 醍醐(だいご) 味。君に、お前に、あなたにという感じで歌を創っていますから。群衆とか大衆に向けてではなく、(会場の)一人にフォーカスを絞って歌っていくというメンタリティーであることは確かです」