「痛いよ、助けてお母さん」可愛いと思えなかった娘から夜のSOS。母が思わずとった行動とは?
平穏な日常に潜んでいる、ちょっとだけ「怖い話」。
そっと耳を傾けてみましょう……。
前回のはなし 春奈(53)は娘の英玲奈(24)と性格がまったく合わないことに密かに悩んできた。そんなある日、就職後ひとり暮らしをしている英玲奈から結婚すると告げられる。聞けば相手はだいぶ年上の36歳、現在関西との遠距離恋愛で、さらに結婚後は仕事を辞めてあちらに引っ越すという。寝耳に水の知らせに動揺する春奈。一方英玲奈は、頑張り屋で明るい母に引け目を感じてきたことを自覚して……?
第74話 気が合わない母娘【後編】
「痛いよ、助けてお母さん」可愛いと思えなかった娘から夜のSOS。母が思わずとった行動とは?
「浩二君はいい男じゃないか。仕事も頑張ってるようだし、英玲奈を安心して任せられるな。急に36の男と結婚するなんて言うから驚いて身構えだけど……先入観を持って悪かったよ、うん、彼はいい男だ。英玲奈、見る目があるぞ」
「英玲奈はリアリストでしっかりしてるからな~。身近に俺らみたいなかっこいい兄貴がいて、男のハードルが上がっちまうんじゃないかと思ったけど、いい人連れてきたじゃん」
「子どもも授かってるしさ、めでたしめでたし。よッ、母さん、いよいよ初孫だな!」
長男と次男が満面の笑みでこちらをのぞきこんできたけれど、私の笑顔は100%じゃなかったかもしれない。
ホテルの個室中華で、英玲奈の夫となる浩二さんと初めての「ご挨拶」が済んだあと、夫を含む我が家の男子3人は彼を褒めだした。初めての「結婚報告」というものに全員緊張していたけれどそれも無事に終わり、相手がしっかりした方だとわかって一気に安堵が広がっていた。
無理もない。先月の英玲奈の唐突な妊娠&結婚メールで、一時期我が家は大騒ぎになったから。……まあおそらく私が一番、内心では穏やかじゃなかったけれど、母として身重の娘の気持ちを尊重しなくてはと決心。
必死に英玲奈からの報告をつなぎ合わせ、家族に共有した。
これまで家では男性の話をしたこともなかった英玲奈の結婚話に、一家全員が驚愕したものの、夫になる浩二さんがすぐにしっかりした電話をくれたことで風向きが変化。今日の会合がとんとん拍子に設定された。
私も浩二さんが英玲奈を大事にしてくれていることを感じ、ホッとしていたけれど、同時に予想もしなかった気持ちが湧き上がっていた。
淋しい本心
英玲奈は今日、とっても可愛かった。私の前ではいつもかたくなな何かを感じさせる子だったのに、浩二さんの前ではリラックスしているように見えた。にっこり笑うとほほに浮かび上がるえくぼを、今日は何度見ることができただろう。それは素晴らしいことではあるけれど。
浩二さんに対する嫉妬みたいなものに、私自身が一番、当惑していた。
娘を可愛いと思えない、なんてうそぶいていたけれど、どうやら私は長い間娘に「片思い」をしているような気がしてもやもやしていただけなのかも。
どこか冷めてこちらを見る彼女の目を、居心地が悪く感じていた。私が1番仲良くしたいと、生まれる前から願っていた待望の娘。私が小さかった頃、早逝したお母さんとしたかったことを、彼女とできたら。
そんなイメージを勝手に押し付けて、それが叶わないから、拗ねていたのかもしれない。母親なのに、なんて子どもっぽいんだろう。
恋人に心を許す英玲奈の笑顔を見て、私の存在が英玲奈のなかでいかにちっぽけだったかを突き付けられる。母として自信があったなら、こんなふうに思うはずがない。
その日は夜まで、私はふがいなさに、私はうまく笑うことができなかった。
小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙