「ヘアスタイルを変えろ」石川真佑を覚醒させた女子バレー眞鍋政義監督“驚きの提案”「髪型を変えれば活躍できる…ポニーテールにしろ!」
2022年世界選手権の大会中に眞鍋政義監督の提案で髪型を変えたという石川真佑。覚醒のきっかとなったのか?
バレーボール女子日本代表がパリ五輪出場を決めた。さらにはネーションズリーグファイナルで決勝に進出。イタリアに敗れたものの準優勝という素晴らしい結果を得た。パリ五輪メダル候補にも浮上した女子バレー代表チームを率いる眞鍋政義監督の著書『眞鍋の兵法 日本女子バレーは復活する』(文藝春秋刊)より、選手選考の舞台裏について触れた項を抜粋して紹介します。<全2回の後編/前編へ>
世界選手権では石川真佑を途中交代で起用
2022年ネーションズリーグ初戦。因縁の韓国を相手に、石川はいいプレーを見せてトラウマを断ち切ったかに見えた。しかし、その後の調子はいまひとつ。プレ大会では主にリリーフサーバーとして起用し、随所でいいプレーを見せた。ただ、本来の力はまだ発揮していない。やはり精神面の問題だろう。世界選手権ではとりあえずプレ大会同様、途中交代で起用することにした。
1次ラウンド、日本(当時の世界ランキング7位)はD組に入り、オランダのアーネムという都市で試合をすることになった。対戦相手はコロンビア(17位)、チェコ (23位)、中国(4位)、ブラジル(2位)、アルゼンチン(21位)。中国とブラジルがいる厳しい組だが、6カ国中4位までに入れば2次ラウンドに進むことができる。下位のチーム相手に取りこぼさないことが大事だ。
初戦はコロンビアを相手に3-0で快勝した。スターティングメンバーは井上愛里沙(OH)、横田真未(MB)、林琴奈(OH)、古賀紗理那(OH)、島村春世(MB)、 関菜々巳(S)、福留慧美(L)。井上が21得点、古賀が16得点で、1セット平均5得点を超えた。さらに、林も14得点。日本の勝ちパターンである。
2戦目の相手はチェコ。前日の試合からスタメンを入れ替え、横田のポジションに山田二千華、林のポジションに石川真佑を入れた。世界選手権は長丁場の戦い。選手の疲労や怪我、さまざまな可能性を考え、余裕のあるときにできるだけ多くの選手をコートに立たせておきたい。この試合も問題なくストレート勝ちを収めた。
そして、3戦目は中国。スタメンは現時点でのベストの布陣、1試合目と同じ形に戻した。
第1セットは一進一退。サイドアウトを繰り返しながらデュースにもつれ込んだが、 競り負けて26-28。第2セットは中国の勢いに圧倒され、17-25 。第3セットは粘り強く戦い、石川のサービスエースで25-24とセットポイントを握った。だが、そこで 決めきれず27-29。終わってみれば0-3のストレート負け。やはり世界選手権になると、トップチームはギアを上げてくる。ネーションズリーグとは選手たちの目の色が違う。
この試合、敗戦以上に痛かったのが、古賀のアクシデントだ。第3セットの途中、ブロックからの着地時に転倒。右足首を捻挫してしまったのである。東京オリンピックの悪夢の再来。思わず天を仰いだ。幸い重症ではなかったが、当面は戦列を離れざるをえない。
古賀の穴を埋めてもらうため、ひらめいたこと
大会はまだ序盤。ここでエースとキャプテンを同時に失ってしまったダメージはあまりにも大きい。しかし、次は中1日でブラジル戦が待っている。途方に暮れている暇はない。古賀の穴を埋められる力を持つのは石川だけだ。なんとかして彼女に巣食う負のイメージを取り払わなくてはいけない。何かいい方法はないものか......。
ホテルの部屋に戻り、考えあぐねていたとき、ふいにひらめいた。
「髪型だ!」。私は女性のヘアスタイルのことがさっぱり分からない......というのはすでに述べたとおり。そのことでたびたび女性からヒンシュクを買ってきた。逆に言えば、それだけ女性は髪型を大切にしているということだ。失恋したときは髪型を変えて心機一転するという話もよく聞く。
「ヘアスタイルを変えろ。ポニーテールにしろ」
イチかバチかだが、これしかない。私はすぐに石川を呼んだ。
「古賀が捻挫してブラジル戦に出られない。スタートは真佑、おまえでいく。でも、このままじゃ活躍できないと思う」
石川は神妙な顔で聞いていた。
「でも、ひとつだけ変われる方法がある。おまえも活躍したいやろ?」「はい」「俺を信用するか?」「はい」「じゃあ、髪型を変えろ」「は!?」「ヘアスタイルを変えろ」「え!?」「俺を信用しろ。髪型を変えれば必ず活躍できる。ポニーテールにしろ」「ポニーテール、ですか......」
石川は怪訝な顔をしていた。でも、真面目な彼女は「分かりました」と言って引き上げていった。ポニーテールと言ったのは、女性の髪型で私が唯一知っているのがポニーテールだったからだ(苦笑)。
髪型を変えれば活躍できるーー確信があったわけではない。ただ、何かを変えなければいけないことだけははっきりしていた。彼女の心のモヤモヤを取り払うには、ある種の暗示も必要。そこで、「絶対活躍できるから信用しろ」と断言したのだ。 練習のときはいままでと同じ髪型だったが、試合会場に入ると石川は変身していた。
ブラジル戦で井上をゲームキャプテンに指名
ポニーテールを三つ編みにしたような、見たことのない髪型になっていた。まわりの選手やスタッフはみんな「かわいい」と褒めている。私は心の中で「『キン肉マン』に出てくるラーメンマンみたいやなあ」と思っていたが、もちろん口には出さなかった。
ブラジル戦のスターティングメンバーは、石川真佑(OH)、横田真未(MB)、林琴奈(OH)、井上愛里沙(OH)、山田二千華(MB)、関菜々巳(S)、福留慧美(L)。古賀の代わりに、井上をゲームキャプテンに指名した。 全員で古賀の穴を埋め、この難局を乗り切ろうーーそんな気持ちがチームに横溢している。ロンドンオリンピックの前のような“見えない力”が発動しようとしていた。
試合はいきなり石川のサービスエースでスタートした。序盤はブラジルにリードされたが、中盤以降、落ち着いて得点を重ね、第1セットを25-22で取った。第2セットも25-19と連取。第3セットはブラジルの反撃を受け、17-25で落とした。それでもひるむことなく、石川のサーブ、井上のバックアタックを活かして攻める姿勢を貫いた。
そして迎えた第4セット。マッチポイントでトスはレフトの石川に上がった。ブラジルのブロックは2枚。壁のようにそそり立っている。しかし、石川は落ち着いて相手の動きを見ていた。東京オリンピックの影はもうない。相手の手にうまく当てて、ブロックアウトを取った。25-20。セットカウント3-1。
世界選手権で最強軍団を撃破した意味
サブの選手がコートに駆け込み、歓喜の輪が広がる。観客席では、松葉杖をついた古賀がスタッフとハイタッチを交わしている。ブラジルに勝ったのは、2017年のワールドグランドチャンピオンズカップ以来5年ぶり。世界選手権ではじつに40年ぶりの勝利だった。ずっと勝てなかった最強軍団をついに倒した。しかも、世界選手権という大舞台で。この意味はとてつもなく大きい。
選手個々の数字もよかった。井上はなんと27得点。石川はそれに次ぐ18得点をあげた。さらに、林が16得点、ミドルブロッカーの山田が8得点。アタッカー陣をうまく使い分けた関のトスワークも冴えていた。リベロの内瀬戸と福留も、それぞれサーブレシーブ、ディグで安定したプレーを見せた。チームが一丸となって掴んだ勝利である。
髪型を変えることについて、石川が心の中でどう思っていたのかは分からない。本当に暗示にかかったのかもしれないし、監督から突拍子もない指示を受けて、逆にプレッシャーが抜けたのかもしれない。いずれにせよ、石川はこの試合で覚醒した。東京オリンピックの足枷から解放され、自由に羽ばたき始めた。
<前編から続く>