中国の鉄道車両メーカー、スパイ懸念や納入遅れで破談相次ぐ 日本に競り勝ったインドネシア高速鉄道は〝金食い虫〟に『鉄道なにコレ!?』【第64回】

 中国の広域経済圏構想「一帯一路」の中核を担う国有企業で、鉄道車両メーカー世界最大手の中国中車(CRRC)のグループがヨーロッパやアメリカで納入を目指した案件が相次いで破談に追い込まれた。「ダンピング(不当廉売)」とされる安値で受注を上積みしてきたが、中国のスパイ活動に利用されることへの懸念や、納期の大幅な遅れへの不満などが敬遠された。一方、建設支援で中国が日本に競り勝ち、中国中車製の列車を導入したインドネシアの高速鉄道は〝金食い虫〟となっており、インドネシアの財政を圧迫するとの懸念が強まっている。(共同通信=大塚圭一郎) 

 ※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

中国の鉄道車両メーカー、スパイ懸念や納入遅れで破談相次ぐ 日本に競り勝ったインドネシア高速鉄道は〝金食い虫〟に『鉄道なにコレ!?』【第64回】

 SEPTAが中国中車から受領予定だった近郊鉄道用の2階建て客車のイメージ(中国中車のホームページから)

 【一帯一路】世界で2番目の経済大国である中国の習近平国家主席が2013年に提唱した広域経済圏構想。高速鉄道の建設を含めたインフラ整備などを通じて中国とヨーロッパ、アジアにかけての域内を発展させるとともに、「親中国圏」を広げて世界最大の経済大国のアメリカなどに対抗する狙いがあると指摘されている。一帯一路の推進に向けた新興国への融資は、中国の政府系金融機関の国家開発銀行や、アジア向け国際開発金融機関のアジアインフラ投資銀行(AIIB)などが担っている。

中国の鉄道車両メーカー、スパイ懸念や納入遅れで破談相次ぐ 日本に競り勝ったインドネシア高速鉄道は〝金食い虫〟に『鉄道なにコレ!?』【第64回】

 SEPTAが中国中車から受領予定だった近郊鉄道用の2階建て客車の車内イメージ(中国中車のホームページから)

 ▽4年を過ぎても未受領

 アメリカ東部フィラデルフィアを中心に公共交通機関を運行する南東ペンシルベニア交通局(SEPTA)は4月、中国中車から近郊鉄道用の2階建て客車45両を受領する契約を破棄したと発表した。

 SEPTAは契約破棄の理由を明らかにしていない。だが、受領開始予定が2019年終盤だったにもかかわらず、4年を過ぎても1両も受け取れないままだったため「納入遅れにしびれを切らしたのだろう」(アメリカの交通当局職員)との見方が濃厚だ。

 SEPTAは入札で中国中車に決めたのは「技術評価と価格に基づいた」と説明していたが、決め手は圧倒的な安値だった。提示額は1億3748万ドル(現在の為替レートの1ドル=157円で約216億円)と、カナダのボンバルディアが当時保有していた鉄道車両部門=現在のアルストム(フランス)=を約20%、韓国の現代ロテムを約26%それぞれ下回った。

 客車は多くの割合の部品をアメリカ製とし、アメリカの労働者が国内で組み立てるように定めたバイ・アメリカ条項を満たすことが要件となっていた。アメリカの鉄道当局職員は「中国中車はアメリカ向けの鉄道車両の製造ノウハウが乏しいため、要件を満たした仕様で完成させることができなかったのではないか」と推察する。

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 MBTAが地下鉄で走らせている中国中車製車両=2024年4月28日、アメリカ・マサチューセッツ州(筆者撮影)

 ▽トラブル相次いだ地下鉄用車両の工場

 SEPTA向け客車は、アメリカ東部マサチューセッツ州にある中国中車の工場で組み立てる予定だった。この工場で生産を進めているマサチューセッツ州ボストン都市圏の公共交通機関、マサチューセッツ湾交通局(MBTA)向け地下鉄車両は走行中に扉が突然開いたり、脱線したりといったトラブルが相次ぐなど品質問題に直面している(本連載第63回参照)。

 中国中車は、MBTAの地下鉄車両の組み立てでも手こずっている。受注した404両は2023年9月までに引き渡しを完了予定だった。しかし、24年初めの時点で導入されたボストン地下鉄用車両は120両にとどまり、受注車両数の3分の1未満にとどまる。

 中国中車からの受領が大幅に遅れていることに焦燥感を募らせたMBTAは2024年4月、このままでは納入完了は29年になると試算。27年末までに納入が完了させることを条件に中国中車に対して1億4800万ドル(1ドル=157円で約232億円)を追加支給する羽目になった。

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 欧州連合(EU)のティエリ・ブルトン欧州委員(EU欧州委員会提供、共同)

 ▽ブルガリアの入札も断念

 一方、欧州連合(EU)欧州委員会は2024年3月26日、ブルガリア政府による長距離列車用の車両45両と15年間に及ぶ保守管理に関する公共調達の入札から中国中車の子会社が撤退したと発表した。

 引き金となったのは、EUが2023年7月に施行した域外国の補助金に関する規制(FSR)だ。欧州委員会は24年2月、中国が国有企業である中国中車に支給している補助金が公正な公共調達を阻害する恐れがあるとして調査を始めていた。

 EU域外の少なくとも1カ国から過去3年間に400万ユーロ(1ユーロ=170円で6億8千万円)以上の補助金を受けた企業が、契約予定額が2億5千万ユーロ(同425億円)を超える大規模公共調達の入札に参加する場合には通知することを義務づけた。

 FSRを設けた狙いは、補助金を受けた域外企業が発注先を決める入札で不当に安い金額を提示し、域内企業が不利益を被るのを防ぐことだった。 ブルガリアの入札は6億1千万ユーロ(同約1040億円)程度相当だと見込まれていたが「欧州委員会は中国中車が極端な安値を提示し、(スペインの車両メーカーの)CAFなどの域内企業を打ち負かす事態を回避したかった」(事情通)とされる。

 FSRは補助金を受けた域外企業が公正な競争をゆがめると欧州委員会が判断した場合、契約の締結を禁止することができる。EUのティエリ・ブルトン欧州委員(域内市場担当)は「私たちの単一市場は真に競争力があり、公正な企業だけに開放されている」と訴えており、欧州委員会の調査を受けた中国中車は受注が難しいと判断して撤退したようだ。

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 ワシントン首都圏交通局地下鉄の8000系の実物大模型=2024年3月26日、アメリカ首都ワシントン(筆者撮影)

 ▽アメリカは〝スパイ電車〟懸念で事実上排除

 中国中車が「熱心に獲得を狙っていた」(関係筋)のが、ワシントン首都圏交通局地下鉄の次世代車両「8000系」だ。ワシントン地下鉄はアメリカ政府関係者らの利用が多い。このため中国中車が受注すれば「〝スパイ電車〟を通じて機密情報が中国に流出しかねない」(政府関係者)との懸念が強まり、法律改正によって事実上排除した。

 中国は2017年に制定した国家情報法の第7条で「いかなる組織および個人も法律に従って国家の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守らなければならない」と定めている。このため、中国中車が自社製車両でスパイ活動を繰り広げ、中国当局に密告して「国家の情報活動に協力」することは中国の法律で義務づけられているのだ。 危機感を強めた連邦議会の上下両院は国防予算を決めるための国防権限法の改正案を可決し、ワシントン交通局が中国中車製の車両を事実上購入できないようにした。当時大統領だったドナルド・トランプ氏が法案に署名し、2019年12月に成立した。

 マーク・ウォーナー上院議員(民主党)は声明で「連邦議会はこの問題を深刻に受け止め、行動を起こした」とし、「特にこれらの車両(8000系)がわが国の首都で使われることになるからだ」と訴えた。

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 ワシントン地下鉄8000系の実物大模型の前で話す山田重夫駐アメリカ大使=3月19日、アメリカ首都ワシントン(筆者撮影)

 ▽日立に白羽の矢

 8000系を256両製造するメーカーを決める入札で白羽の矢が立ったのは、アメリカの同盟国である日本に本拠を置く日立製作所グループだった。近郊のメリーランド州に設けた工場で量産し、2025~26年の冬に納入を始める見通しだ。追加のオプション契約が全て行使されれば計800両を納入することになり、その場合の受注額は22億ドル(1ドル=157円で約3450億円)に達する。

 ワシントン地下鉄では川崎重工業グループが製造した「7000系」が主力車両となっており、8000系の納入開始後は日系メーカーの存在感が一段と高まる。

 8000系の実物大模型が2024年3月20日~4月3日にワシントン中心部で無料公開された。日本の山田重夫駐アメリカ大使は3月19日、公開に先駆けて開かれた記念式典で8000系が「日米連携の一つの象徴になる」と期待を込めた。

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 インドネシアの高速鉄道「ウーシュ」の地図(共同)

 ▽「中国の〝債務のわな〟」も

 対照的に中国が日本を破ったのがインドネシアの高速鉄道「WHOOSH(ウーシュ)」だ。首都ジャカルタと西ジャワ州の州都バンドン郊外の間で2023年10月に開業し、中国中車が製造した最高時速350キロの列車が片道約40分で結ぶ。開業時の駐インドネシア中国大使だった陸慷氏は中国メディアに「『一帯一路』構想のもたらした現実的な成果によって、インドネシア国民の対中理解も深まった」と豪語した。

 満足げな中国の反応とは裏腹に、インドネシアにとっては誤算が相次いだ。開業は当初予定より4年遅れ、総事業費は約108兆ルピア(1ルピア=0・01円で約1兆800億円)と当初想定より約18億ドル(同約1800億円)も膨らむ〝金食い虫〟となった。中国の当初提案に反してインドネシアは国費投入も余儀なくされており、借金漬けに陥らせる「中国の〝債務のわな〟に陥る可能性がある」(地元英字新聞ジャカルタ・ポスト)と不安視されている。

 新幹線技術の導入を目指していた日本はインドネシア側の財政負担を軽減するため、総事業費の75%を金利0・1%の円借款で賄うことを提案していた。ただ、事情通によると「インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は政府の歳出を嫌気し、日本側が政府にも負担を求めたことに難色を示した」とされる。

 これに対し、中国はインドネシア政府による国家負担も、借金の政府保証も求めなかった。ジョコ政権は2015年に中国を選び、日本政府関係者は「青天のへきれきだ」と肩を落とした。

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 高速鉄道に乗るインドネシアのジョコ大統領=2023年10月2日(インドネシア大統領府提供・共同)

 ▽追加融資では金利4%を要求

 ところが、建設のために設立されたインドネシア企業と中国企業の合弁企業に対し、中国の国家開発銀行が2017年に融資した金利は2%に上った。

 ロイター通信によると、総事業費が膨らんだことに伴う23年の追加融資で国家開発銀行は当初4%もの金利を要求した。その後3・4%に下げたものの、インドネシア側が要求した2%を大きく上回った。

 ジャカルタ・ポストは「〝債務のわな〟の可能性を含めた問題のある契約に関し、マイナス影響を軽減するためにできることは限られている」とジョコ政権を批判した。

 当初の約束を反故にし、出費がかさんだことによる追加融資では金利を引き上げ、〝債務のわな〟に陥れかねない「『一帯一路』金融道」のリスクを他の新興国は他山の石にした方が良さそうだ。

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 インドネシアの高速鉄道の車両=2023年10月2日、ジャカルタ(共同)

 ※『鉄道なにコレ!?』とは:鉄道に乗ることや旅行が好きで「鉄旅オブザイヤー」の審査員も務める筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、月2回ほどお届けしています。鉄道以外の乗り物の話題を取り上げた「番外編」も。ぜひご愛読ください!

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