「光る君へ」を「中高生ラブコメ」にしたら「スクールカースト」の世界に! 500万部「黒魔女さんが通る!!」作者が紫式部をタイムスリップさせた理由
大河ドラマ「光る君へ」で、注目を集める平安時代。「もし、紫式部、清少納言、藤原道長たちが平安京ごとタイプスリップしてきて現代の中高生になったら?」。こんな設定の作品『JC紫式部』を立ち上げたのは、累計500万部の大人気シリーズ「黒魔女さんが通る!!」の作者石崎洋司氏。石崎氏が平安時代に魅了された理由とは?
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大河ドラマ「光る君へ」で、注目を集める平安時代。
「もし、紫式部、清少納言、藤原道長たちが平安京ごとタイプスリップしてきて現代の中高生になったら?」
こんな設定の学園ラブコメ『JC紫式部』を執筆しているのは、児童書作家の石崎洋司氏。
累計500万部を突破した児童文庫の大人気シリーズ「黒魔女さんが通る!!」の作者です。
石崎氏が平安時代に魅了された理由とは?
構想30年! 紫式部を現代にタイムスリップさせたかった
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『JC紫式部①』(作:石崎洋司 絵:阿倍野ちゃこ)より
「紫式部が現代に中学生としてタイムスリップ? なにそれ?」
「大河ドラマに便乗した、子ども向けエンタメでしょ。黒魔女さんの作者らしいね」
そう(冷たく?)お笑いになる方もいらっしゃるかもしれません。
たしかに『光る君へ』の放送決定のニュースはきっかけになりました。が、源氏物語の世界をベースに、子ども向けの物語を書くというのは、いまをさかのぼること32年前、児童書作家としてデビューした直後からあたためていたテーマでした。ただ、いかんせん、それを形にするには、作家としての技量がたりませんでした。
社会の仕組みから風俗習慣まで、なにもかもが現代とは異なる平安時代を、子どもたちにわかりやすく説明しながら、飽きさせずにおもしろい話を書くには、当時のわたしは「下手くそ」すぎたのです。
それでも“いつかはきっと”と、あきらめずにきたのは、やはり源氏物語や紫式部に強い魅力があったからでしょう。そんなわけで、まずは、わたしと古典とのかかわりから、お話させてください。
きっかけは高校の古典の授業
古典に興味をもったきっかけは高校の授業です。
通っていたのが大学付属高だったせいか、授業の多くが受験を前提としていませんでした。古典の授業もその例にもれず、1年間「伊勢物語」を読むなどユニークなもの。おかげで、文法や知識を押しつけられることもなく、古典は楽しい読み物だと素直に思えるようになったのです。
最近、古典の授業は不要だという議論があるようですが、とんでもないことです。
不要に思えるのは授業のしかたが下手、大学受験での使用のしかたが下手なだけで、ほんとうに必要なのは、古典を楽しむ授業に変える工夫でしょう。
もうひとつ、社会人1年生のころ、『おもしろく源氏を読む―源氏物語講義』(角川書店)に出会ったことも、古典への傾倒を深めてくれました。歴史学者の角田文衛氏と作家の中村真一郎氏の対談で進むこの本は、わたしのような古典初心者にはとにかくわかりやすく、さらにおもしろ豆知識も満載で、まさにタイトルに偽りなしの名著でした(現在、絶版なのですが、復刊してもらえないでしょうか)。
この本からは、『JC紫式部』につながる発想もたくさんもらいました。
「源氏物語」はゴシップ雑誌⁉
そのひとつが、当時の源氏物語は一種のゴシップ雑誌のように読まれていた、という部分です。
源氏物語は、『いづれの御時にか』と冒頭でフィクションであることを宣言しながらも、現実に宮中で起きたことをネタに書かれた部分も多いのだそうですね。
みなさんもご存じかもしれませんが、特にすごいのが源典侍のくだりです。源典侍(げん の ないしのすけ)というややお年を召した高級女官が、光源氏や頭中将を誘う姿が何度となく描かれ、笑い物にされていますが、これ、当時の読者は「あの典侍のことね!」とわかっていたのだとか。
いわば「A子(仮名)」で出すべきスキャンダラスな記事を、実名で出しちゃったようなものです。
おかげで、その典侍はいたたまれなくなって、宮廷から退出するはめになったというのですから、紫式部もそうとう意地が悪い……。
と、そのとき、思ったのです。
平安時代の宮廷って、中学・高校の世界とそっくりだな、と。
すると、源氏物語や紫式部日記、枕草子で描かれるできごとや人間模様は、現代の中高生の学園生活と重なって見えてきたのです。
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「JC紫式部」のおもな登場人物。実在の人物をモデルにしたキャラも多数登場
有名エピソードを学園舞台に置き換えてみたら……
天皇の夫人である中宮や女御のいる後宮に、女房と呼ばれる人たちはどれほどいたのか。はっきりしたことはわからないそうですが、清少納言や紫式部のような「中﨟(ちゅう ろう)」以上の女房にかぎれば、100人もいなかったのではないでしょうか(藤原道長が、娘の彰子を入内させるときにつけた女房が40人ぐらいだったともいわれています)。
そして、そこに出入りする男性貴族たちと合わせても、せいぜい百数十人がいいところでしょう。
この数が、わたしに都市部の中学校の1学年の生徒数を思わせました。
あくまで東京や大阪での話ですが、学校によってかなり差があるものの、平均するとひとつの中学校には300〜500人ぐらいの生徒がいるようです。すると、一学年100人から150人。
後宮の人数に近い……。
一度そう思いはじめたら、古典の世界のエピソードが、わたしの心の中で、次々と中学生女子たちの面白エピソードや、うわさ話のシーンへと変わりはじめました。
『枕草子』の「五月の御精進(みそうじ)」で、牛車(ぎっしゃ)に乗った清少納言らが若い公家・藤原公信をからかう話→
自転車で下校する女子中学生数人が、ひとりでぽつんと下校する同級生男子を追い抜きざま、
「きみのぶ〜、顔が暗いぞ〜!」
「キャハハハ!」
『紫式部日記』で、紫式部が藤原公任から「若紫はいるかな」と、からかい気味に声をかけられた話→
「××先輩って、自分がイケてるってうぬぼれすぎじゃない? きのう、○○ちゃんが歩いてたら、××先輩が声をかけてきたらしいんだけどぉ……」
『源氏物語』の六条御息所(ろくじょう の みやすどころ)→
「△△先輩、美人だけど、こわくない?」
「たしかに! 笑ったとこ見たことないし。冷たそう」
「でも、生徒会長の□□先輩とつきあってるらしいよ」
「うっそ〜!」
女房たちの力関係は「スクールカースト」そっくり
みなさんのあきれ顔が目に見えるような気がしますが、児童書作家の発想とはこういうものだと、お許しください。ただ、それだからこそ、おふざけのシーンだけでなく、逆に深刻な問題を、物語の中に織りこめることもあるのです。
たとえば「スクールカースト」。いやな言葉ですが、残念ながら厳然として存在するものです。そして、それとよく似たものが後宮にもありました。階級をこえた、女房たちの力関係です。
ごぞんじのように、清少納言は中宮・定子のお気に入りの女房でした。ふつう二人以上で同居する部屋をまるまるひとつ与えられていた時期もあったと聞きます。階級的には中﨟でも、後宮カースト的にはかなりの上位ということになるでしょう。
そこで、あの有名な「香炉峰(こうろほう)の雪」のエピソードを中学校の教室に持ちこんでみます。すると、こんなシーンがわたしには見えてきます。
定子先生にほめられてどや顔の中学生、清少納言。お追従をいう仲間。冷ややかな目をむける生徒たち。わけがわからずぽかんとする男子たち……。
清少納言のファンからはにらまれそうですが(「光る君へ」で、枕草子を書きはじめる清少納言の感動シーンを思えばなおさら!)、こうすることで、学校がいかに閉鎖的で逃げ場のない社会であるかをドラマのワンシーンのように描けます。
そもそも源氏物語の桐壺更衣のいじめのシーンが、学校でのいじめとまったく同じ構造です。桐壺更衣にとっては後宮が世界のすべて。中学生にとっては学校が世界のすべて。そんな環境でいじめを受けたら、本人にとって、それはもはやいじめではありません。この世に存在することの否定です。
そんな問題も、平安時代のエピソードを現代の中学校にもってくると、物語という暗喩を通して訴えることもできるわけです。
児童書だからこそ意識した「教養」
最後にもうひとつ。児童書で、平安女子のタイムスリップものを書くことの利点(?)を書かせてください。
それはズバリ「教養」です。どんなにおふざけに見えても、児童書には「教育的観点」というものは必要だと、わたしは信じています。
『JC紫式部』シリーズでは、古典の有名エピソードを、ストーリーの中にいろいろと練りこんでいます。
源氏物語、紫式部日記、枕草子はもちろん、大鏡、和泉式部日記、今昔物語、宇治拾遺物語、更級日記、小右記などをとりあげました。
古典だけでなく、方違(かたたが)え、庚申待ち、御霊会(ごりょうえ)、三勅祭、宴の松原なども、説明つきで物語に登場させ、重要な役割を与えています。それもこれも、小中学生の読者が、高校生や大学生、社会人になったとき、「それ、知ってる」と思えるようになってほしいからです。
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物語の舞台となる学園の地図。平安京をモデルにしています。
そうそう、貴族の寝殿造りも、具体的にイメージできるようにしました。
大人のみなさんは、平安貴族の邸宅の広さを実感できますか? わたしは、学生のとき歴史の教科書に載っていた図では、まったくピンときませんでした。
でも、メートルで表したり現代の建造物と比較すると、とんでもない広さだとわかりますよ。
ちなみに光源氏が太政大臣になったときの邸宅、六条院の敷地は横浜球場とほぼ同じ、それもスタジアム部分だけではなく、それをふくめた敷地全体と同じなんです!
物語にすると、こんなことを目に見えるように学ぶこともできます。そんな意味でも、ひとりでも多くの子どもたちに手にとってほしいと願っています。
次回は、物語を書いていて感じた、「作家としての紫式部」について、記させていただきたいと思います。
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『JC紫式部(1)』作:石崎洋司、絵:阿倍野ちゃこ(講談社青い鳥文庫)
紫式部たちがタイムスリップしてきた、セレブで平安時代?な学園が舞台の、ちょっぴりホラーなラブコメ! 巻頭には描きおろし漫画14Pを収録!
アメリカで生まれ育った中1の一ノ瀬彩羽は、父親の仕事の都合で日本へ。同じクラスのお世話係・藤原紫さんは、強気でマイペースだけど面倒見がよくて。ただ、クラスの中心人物で女王様気質の清原清菜さんとは性格が合わないらしい……。「方違え」「庚申待ち」「百鬼夜行」と、ふしぎなルールや行事がいっぱいの、へんてこな学園で前途多難な生活が始まった……!! <すべての漢字にふりがなつき。小学校高学年以上向き>