〈警察の上から下まで…〉警視庁捜査一課“伝説の取調官”が指摘する「木原事件」と「鹿児島県警の不祥事」に共通するもの
〈 「はっきり言う、これは殺人だ」木原誠二氏妻の元夫“怪死事件”に驚きの新事実が…“捜査一課・伝説の取調官”が週刊文春に実名告発した経緯 〉から続く
「全国に約26万人の警察官がいる中で、『事件性がない』なんて言ってるのは、警察庁長官と前捜査一課長の2人だけだよ。こんなの『弱い者いじめ』だよな。だから俺は徹底的にやってやろうと思った」
こう語るのは“伝説の取調官”佐藤誠氏(65)だ。
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2006年4月9日に発生した、木原誠二前官房副長官(54)の妻X子さんの元夫・安田種雄さんの不審死事件、通称「木原事件」。「週刊文春」2023年7月13日号の報道で実態が明るみに出てからまもなく1年が経過するが、新たな展開を迎えた。
木原誠二前官房副長官 ©時事通信社
「事件性は認められない」に真っ向から反論
事件を巡っては警察庁の露木康浩長官が昨年7月13日の記者会見で「事件性は認められない」と発言。これに真っ向から反論したのが、元警視庁捜査一課サツイチ(殺人犯捜査第一係)警部補の佐藤氏だった。佐藤氏は2018年の再捜査時にX子さんの聴取を担当した元取調官。一連の捜査に深く関わってきた。
2023年8月3日号の「週刊文春」に佐藤氏は実名で登場。前出の露木発言に対し、「これは事件だ」と反論すると同時に、雑誌発売日の翌日には記者会見も開いている。
その佐藤氏が6月25日、初の著書『 ホンボシ 木原事件と俺の捜査秘録 』(小社刊)を上梓した。
2018年の再捜査の詳細な過程と突然の中止の裏側、事件の重要参考人の中から消去法で“最後まで残る人物”の存在……。同書では佐藤氏の視点で事件が克明に綴られている。また、警察官を志した経緯や過去に手がけた事件など、佐藤氏自身のこれまでの歩みについても明かされる。
同書を著した理由は「3つある」と佐藤氏は言う。
「詐欺師みたいなこと言って恥ずかしくないのか」
「第1の理由は、露木長官が『事件性は認められない』と大嘘を吐いたことと、警視庁の国府田剛前一課長が『自殺で矛盾しない』と発言したこと。これにはカチンときました」
第2の理由として挙げるのが「昨年の報道後の警察の遺族対応」だ。種雄さんの遺族は昨年10月、警視庁に刑事告訴状を提出。受理されたが、同年12月には「事件性なし」として検察に送付された。ところが、警視庁の担当者はこの際、「事件性なし」で送付したことを遺族に伝えていなかった。佐藤氏は憤る。
「警察は、再度説明を求めた種雄さんの遺族に『聞かれなかったから事件性がないと言わなかった』と言っている。そんなことはありえません。こんな詐欺師みたいなこと言って恥ずかしくないのか、と思った」
同年12月、遺族が担当検事と面会した際、安田さんの母は検事に土下座し、「大事な大事な私の息子だった」と捜査を懇願している。これが第3の理由だ。
「遺族が土下座したなんて話、聞いたことがありません。警察がやるべきことをやっていないだけなのに、なぜ遺族が土下座するのか。させたのは露木長官と国府田前捜査一課長です。こんなことは絶対に許されない」(佐藤氏)
今注目される「事件指揮簿」と木原事件の関係性
さらに、佐藤氏が「この件を事件性がないなんて言える警察官はあの2人(露木氏、国府田氏)以外、誰もいない」と断言する、もう1つの根拠があるという。
それは、現在、鹿児島県警の情報漏洩事件で注目されている「事件指揮簿」の存在だ。鹿児島県警の事案では、現役警察官が盗撮で逮捕された事件で、前生活安全部長が県警本部長に、捜査を進めるための「事件指揮簿」に押印を求めたところ、身内の不祥事を隠ぺいするため、本部長がこれを拒否した疑いが持たれている。本部長はこれに対し、「本部長指揮簿が作られた事実は確認されていない」と主張している。
この「事件指揮簿」が木原事件とどう関係するのか。佐藤氏が解説する。
「事件指揮簿とは、下の者が『これはこういう事件だから着手してよろしいですか』と伺いを立て、上の者が『よろしいですよ』と印鑑を押すというもの。鹿児島県警の盗撮の件でも、生活安全部長が押す前に、現場の捜査主任官、管理官、理事官、参事官と、順々にみんなが、これは事件であるという認識を持って印鑑を押している。だから本部長がいくら『知らない』といっても、それを見ればすぐに、いつ誰が判を押したのか、捜査の流れが判るんです。
殺人事件でも同じ。聴取でも家宅捜索でも、一課長、刑事部長までが、『これは事件性がありますよ。捜査を行っていいですよ』と判をついていきます。つまり印鑑を押した全員が、『これは殺人事件だ』と思ってやっていることになる。警察の上から下まで事件性があると思って印鑑をついているんですよ。それを長官があんなこと言ってるから、俺は頭に来たんです。昨年の会見ではそこまで言及しませんでしたが、裏にはそういうことがある。勝手な主観で『事件性がある』といっているわけではないんです。厳密なプロセスを無視して『事件性はない』なんていうのは非常に矛盾するし、あり得ない話なんです」
こうしたことに対する憤りから、佐藤氏は、「全てを明らかにすべきだと思い、本に事実を記すことにした」という。
そんな衝撃の書を巡っては、発売前からある動きが。現在、事件の捜査は検察の手中にあるが、同書が“提出”されたというのだ。種雄さんの次姉が明かす。
「持参した『ホンボシ』を渡すと…」
「異動で新たな担当検事さんが着任し、その方と6月17日に面会しました。新しい検事さんからは冒頭、『じっくり、しっかり捜査していきたい』とお話がありました。『遺族からの要望があれば、公正公平な判断をするためにも遠慮なく言ってほしい』と。持参した『ホンボシ』を渡すと、『自分で買いますから』と最初は固辞されたのですが、最終的には『任意提出』ということで受け取ってくれました」
面会の間、検事の手元に視線を送ると、事前に提出した上申書や陳述書の資料に、何カ所も黄色の蛍光ペンで線を引いているのが見えたという。
今後の捜査の展望を佐藤氏はこう読み解く。
「検事さんは事件性があるかどうかを自分で確認したいと思う。そうなると、事件が発生した2006年当時の解剖医や、なぜ自殺に傾いていったかを知る当時の捜査員に話を聞く必要があるでしょう。その上で、2018年の捜査関係者を最低4人は呼ばないといけない。1人はX子さんの取調官をやった俺、捜査を指揮していた係長と管理官。そして、捜査を止めろと言った刑事部長。この4人に聞けば、大体の流れはわかります」
種雄さんの母は今も捜査がいつまでかかるのかを考えると「体が震えて夜眠れない」という。遺族の思いに捜査が報いる日は来るか。
(佐藤 誠/週刊文春出版部)