「トレンディエンジェル」が抱えてきた「M-1」の呪縛 「もういいじゃないか、と思う自分もいた」
「M-1グランプリ2015」で優勝したお笑いコンビ「トレンディエンジェル」。斎藤司さん(45)は歌唱力を生かしたミュージカル、たかしさん(38)は趣味のサブカル分野など、それぞれの特性を生かした活動も展開していますが、6年ぶりの単独ライブ「PE~POP!」(6月30日、東京・ルミネtheよしもと)を開催します。今年でコンビ結成20周年。節目の年にかみしめる「M-1」の呪縛とそこからの思いとは。
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斎藤:今年で20周年なんですけど、実感がないというか、もうそんなにたったんだというのがリアルな思いですね。
たかし:20年と聞くと「えっ?そんなに?」とはなりますね(笑)。早かったなという感覚があるというか。
斎藤:まだどこかに2~3年目の気持ちもあるくらいなんですけど、実際には後輩も増えているし、劇場ではトリを任されもするし、責任が伴っていることも同時に痛感しています。
20年の中にはいろいろなこともあり「M-1」優勝からも9年近くたちました。
優勝できたことはもちろん良いことなんですけど、その呪縛みたいなところも感じてきた9年でもありました。
なんというのか、僕も優等生タイプではないので、間違いがないことをやるというよりも、その都度チャレンジングなこと、スベるかもしれないこともやろうとしてきました。
いつでも100点を取れるタイプではないけど、ホームランバッターではありたい。そうやってバットを振ると、空振りとか凡打の時も出てきます。この凡打が重なった時に「『M-1』チャンピオンなのに…」みたいな見られ方もする。それが正直苦しかったというのはありましたね。
だから、細かいことかもしれませんけど、若手の劇場でネタ合わせをしたり、常に何かしら新しい空気を取り入れておきたい。安定に向かうのではなく、新しいものに向かっておきたい。その気持ちはあったのかもしれませんね。
■「M-1」チャンピオンとしての振る舞い
たかし:ネタを作るにしても、若手の空気を吸いながら作る。そこを考えてやっていた部分はあると思いますね。
斎藤:周りの空気の作用というのはあるだろうしね。
たかし:もはや後輩がネタ書いてるようなところもあるでしょうしね。
斎藤:そうなると、また話が変わるけどね(笑)。
でも、この“チャンピオンとしての振る舞い”については本当に考えました。歴代の優勝者の方々みたいに横綱相撲を取るタイプではないですからね。どっしりと受け止めるというよりは、舞の海さんみたいなスタイルだと思いますし(笑)。
「M-1」チャンピオンとして、呼んでいただくお仕事もたくさんありました。もちろん、それも本当にありがたいんです。ありがたいことなんですけど、僕の中で「もういいじゃないか」と思っている自分がいるのも事実なんです。あの日の自分と今の自分は違うんだからという。
斎藤:これもね、決して何かを否定するということではなく、自分の感覚として「M-1」で優勝したことは過ぎたこと。“応仁の乱”じゃないですけど、そういう過去にあったことっていうのが自分の思いでもあるんです。
優勝したことによって、もう食いっぱぐれはないという安心感はありました。
たかし:変に斜に構えて言うんじゃなく、あの日たまたま取れた。運が良かった。そう思ってもいます。
運は大事だと思いますし、それはそれでうれしいことなんですけど、あの日出場した10組で“ネタのじゃんけん”をやって勝ったのが僕たちだった。そういう感覚もあるんです。
■“ハゲネタ”をめぐる環境の変化
斎藤:それと同時に力が抜けてしまったというか。「もうこれで永久サラリーマン確定」みたいな感覚になって、次のモチベーションが出てこないのも事実でした。
そんな中で、これは本当にありがたいことなんですけど、ミュージカルのお話をいただいたり、お笑い以外のお仕事もさせてもらうようになっていきました。
お笑い以外のお仕事をさせてもらうようになって、改めてお笑いの味を再認識することにもなりました。ミュージカルは作品を見ていただく。お笑いは僕ら二人だけを見ていただく。これって、なかなかない場だなと。これも外に出て感じた思いでもありました。
それがあるからこそ、6年ぶりの単独をやろうという話にもなりました。これがここ何年かの正直な思いです。
たかし:コンビを組んだ時は、まさか斎藤さんがここまで歌がうまいとは思ってなかったですけど(笑)、いろいろな道に行かせてもらって分かったこともあったんだなと思います。
斎藤:もう一つ「M-1」で優勝した時にやっていた“ハゲネタ”をめぐる環境も変わってきました。
見た目をイジらないという風潮ができあがりましたけど、企業の営業とかに行ってもハゲをイジってほしい社長さんもいれば、そうでない方もいらっしゃる。サインを求めてくださる方の中にも、髪の毛が薄い方で自分の頭を指さしてイジってくれと言わんばかりに来てくださる方もいますし、本当に千差万別なんです。
たかし:結局、見極めというか、イジっていいのか、悪いのか。そこを“なんとなく”の感覚でやっていくしかないのかなとは思うんですけどね。
■何をもって「一旗あげる」なのか
斎藤:昨今のコンプライアンスというよりも、僕らは最初からハゲという要素をどう扱えば笑ってもらえる商品になるのか。そこをとことん考えてきました。ハゲというだけの要素だと安易で乱暴な味なので、そこをいかに商品にするのか。なので、あらゆる角度からハゲを乱暴に考えてきたことはないんですけどね。
以前「THE MANZAI」の時にビートたけしさんに言っていただいた「オレはハゲは隠すほうが好きなんだよなぁ」という言葉も強く意識はしています。
ハゲを大っぴらに見せて「どうだ!」と言うよりも、隠しているものをさらされる面白さ。そこがあるのも事実でしょうし、本当に繊細で難しいところですけど、一つのルールで縛るのではなく、その都度精査するしかないのかなと思っています。
たかし:やっぱり、そこを隠してる●●さんをイジるほうが面白いもんね。
斎藤:それをまた直接言っちゃうと話が違うんだよ(笑)。
20年、いろいろなことがありましたし、いろいろな思いとも向き合ってきましたけど、やっぱり今はお笑い最高だとつくづく思っています。
次の節目は30周年ということになるんですよね。ただ、そこをきちんと迎えるためには、ここからさらに「一旗揚げる」ことが必要だと思っています。幸い「M-1」は「一旗」になったのかもしれませんけど、いつまでもそれだけではダメですから。
何をもって一旗なのか。ここは本当に難しいんですけど、ここまでくると、さすがに自己分析というか、自分が何が得意で何が苦手なのかが見えてくるわけです。
ゴリゴリのトークとか、そういうところでトップに登り詰めるのは難しい。とはいえ、お笑いの能力を競う場から逃げたくはない。だからこそ、それ以外の要素も持っておかないと自分はダメなのかなとも思うんです。
そうなると、それこそミュージカルも自分の武器だと思いますし、例えば海外のミュージカルの世界で賞をもらって逆輸入的に日本にやってきて、劇場でとことんバカみたいなことをやるとか(笑)。そういうことも模索すべきなのかなとは思っています。
■「本格派」でなくてもいい
たかし:そこまでいくと“寒暖差”で風邪ひくんじゃないの?
斎藤:急な仕事内容の変化に慣れるまで、少し時間はかかるかもしれませんけど(笑)。
ま、どんな形になっても、本格派でなくても、周りのすてきな人たちが全力でどうにかしてくれるのも芸人の世界。それも20年の中で知りました。簡単なことではないですけど、自分たちの形を模索しながらしっかりと歩んでいきたいと考えています。
(中西正男)
■トレンディエンジェル
1979年2月15日生まれで神奈川県出身の斎藤司と、86年1月30日生まれで東京都出身のたかし(本名・須藤敬志)が2004年にコンビ結成。東京NSC10期生。同期は「オリエンタルラジオ」、「フルーツポンチ」、「はんにゃ」ら。斎藤は元楽天社員という異色の経歴を持つ。たかしは、麻雀、メイド喫茶などに造詣が深い。2人とも頭髪が寂しいという持ち味を生かしたネタで注目され「THE MANZAI2014」では準優勝、「M-1グランプリ2015」で優勝する。6年ぶりの単独ライブ「PE~POP!」を6月30日に東京・ルミネtheよしもとで開催する。