田中希実「圧勝劇」の裏側で…次世代エース候補たちの明暗 ドルーリー朱瑛里(16歳)と澤田結弥(18歳)2人の“10代ランナー”が向かう先
まさに圧巻の走りだった。
新潟で行われている陸上競技の日本選手権。女子1500mで、パリ五輪の標準記録を上回る4分1秒44の大会新記録で優勝したのは、田中希実(New Balance)だった。この結果によって、田中はすでに内定している5000mと合わせて2大会連続で2種目での代表内定を決めた。
「(※自己ベストを出した東京五輪は無観客だったため)観客がいるレースでは一番、いいタイムだった。日本選手権という舞台で、皆さんに見てもらっているなかで記録が出せたことはうれしいし、自信になる」
田中本人もレース後は安堵の表情でそう語った。
一方でこの日本選手権1500mには、ともに田中への憧れを公言し、その背中を追う2人の「次世代エース候補」の姿もあった。いずれも高校歴代ランキングに名を連ねる有望株だが、今大会は明暗がハッキリわかれる結果となった。
初の日本選手権で入賞したドルーリー
まず「明」となったのは、自身初となる日本選手権の舞台で決勝に進出し、4分18秒16のタイムで7位入賞を果たしたドルーリー朱瑛里(津山高)だ。
「序盤は自分の走りができていたんですが、課題としていたラストの切り替えができなかった。タイムも自己ベスト(4分15秒50)を狙っていたんですが、予選よりも記録を落としてしまって、思うようなレースができなかったです」
レース後にはそう反省が口を衝いたドルーリーだったが、予選から実業団選手を相手に前方で積極的なレースを展開。決勝でもラストこそ言葉のように引き離されたものの、中盤では集団の前方で前を窺う瞬間もあるなどアグレッシブさを見せ、記録以上に気持ちの強さを感じさせる走りだった。
1年前の全国都道府県対抗女子駅伝での「17人抜き」で注目を集めたドルーリー。
高校進学後も昨年のインターハイ女子1500mで1年生ながら3位に入り、田中の持っていた歴代高1最高記録も更新。今年に入ってからも4月にドバイで開催されたU20アジア選手権の日本代表に選出され、女子1500mで金メダルを獲得するなど、着実に成長を遂げている。
「インターハイだったり、ほかの大きな大会に向けて、今日の反省点を修正して自分の強みを生かせるような走りをしたい」
今季の目標は、20年近く前から残る4分7秒86という小林祐梨子(須磨学園高)の高校記録の更新だという。
大舞台で実力を発揮したドルーリーの一方で、不完全燃焼に終わったのが澤田結弥(浜松市立高→静岡陸協)だった。
澤田は女子1500mで高校歴代2位の記録を持ち、2022年のU-20世界選手権でも1500mで6位入賞という結果を残している。日本選手権にも昨年、一昨年と高校生ながら2度出場し、いずれも決勝まで進出していた(両大会とも10位)。
2年連続決勝進出も…まさかの予選落ちに
そんな経験値もあっただけに、今大会でまさかの予選落ちに終わると、ミックスゾーンでは大粒の涙を流した。
「自信を持ってスタートはできたんですけど、ラストがキツくて粘り切れませんでした。抜かれていくうちに、自分の気持ち的にも弱くなってしまって。2週間前くらいに一度、貧血になったんですが、ここ最近は調子も上がって来ていたし、予選は通過できるかなと思っていたんですけど……」
集団の後方でレースを進めていたが、レース終盤に先頭まで上がってきた同組の田中が一気にペースを上げると、そのスピードに振り切られる格好になった。
「(予選通過ラインの)6着に入ればいいので、ラスト2週あたりから切り替えて、前の方に上がっていって勝負しようと思っていました。でも、1週目から『ちょっとキツイな』と思ってしまって、そこから自分の弱さがどんどんでてしまいました。国内最後の大きな試合だったので、先生や家族や支えてくれた人に恩返しになるようないい結果を出して、みんなを喜ばせたかったんですけど何もできなくて……本当に悔しいです」
澤田は今年9月から、MLBやNBA、NFLでもドラフト上位選手を毎年、多数輩出する米国スポーツ界の超名門大であるルイジアナ州立大へ進学予定だ。日米の大学のスタート時期の違いから、高校卒業から半年の「空白期間」がある。そのため、春は陸協登録でGPシリーズを転戦するなど異例の環境の中で今季、ここまで戦ってきた。
「春の大会では記録を出しておきたかったんですが、思ったほどタイムがでなくて。大きな故障などはなく、調子も徐々に上がってはいたんですけど」
それでもGPシリーズでは前半から仕掛けてみたり、集団後方でレースを進めてみたり、様々に試行錯誤をする様子も見て取れていた。それだけに、最大の目標に置いていた日本選手権での予想外の結果を、なかなか受け止めきれていないようだった。
澤田を指導する浜松市立高校の杉井将彦監督は、以前話を聞いた際、彼女の強みのひとつを「いい意味で陸上素人なこと」と分析していた。
高校から本格的に陸上競技をはじめた澤田は、経験が浅い分、良くも悪くも怖さなく攻めのレースを展開できることが多かった。飛躍のきっかけとなったU-20世界選手権での入賞も、とにかく先頭のランナーに食らいつき、粘り切ってゴールしたレースだった。
翻って、今大会の澤田は急成長の中で積み重ねた経験値がマイナスに発露したようにも見えた。
「今回は人の動きばっかり気にしてしまって…『田中さんはどこにいるのかな』とか余計なことを考えて、自分の走りに集中できていなかった気がします。もっと“自分のレース”ができるようにしたいです」
本人も自身の走りをそう振り返る。高いレベルで多くのレースを経験することで、展開をある程度想定できるようになった。マークすべき選手も明確だった。様々なことを考えられる余地が増えたからこそ、かえって悩んでしまう要素が増えたのかもしれない。
ただ、もちろんそれ自体は決して悪いことではない。
今回は良い方に転ばなかったものの、積み重ねた経験を噛み砕き、レースに活かすことができれば、きっとこれまで以上の結果にもつながることだろう。不甲斐ない結果に対して涙を流せる心の強さも、きっとプラスに働くはずだ。
澤田は8月に渡米し、異国の新天地でトレーニングに励むことになる。慣れない環境、語学面のハードルなど、大変なことも多いはず。それでも、世界トップの大学で学ぶ稀有な体験は、今後の陸上生活に間違いなく活きてくる。
「独走・田中希実」の背中をどこまで追えるのか
現在、日本の女子中距離界は田中希実がひとり大きく前を走っている状況でもある。そんな中、今後はドルーリーや澤田といった才能のある若手選手たちが、その背中をどこまで追えるかが中距離界全体のレベルアップにも繋がって来る。
2人はともに高校で公立の進学校を進路に選び、スポーツの面ではある意味、制限された環境下でも着実に力を伸ばしている。そんな独自の道を選び、確固たる決意を持った若手ランナーたちが今後どんな成長曲線を見せてくれるのか。
パリ五輪の選手選考が話題の日本選手権ではあったが、来年の東京世界陸上や2028年のロス五輪まで含めて、未来も楽しみにしたい大会だった。