ウクライナ向け砲弾生産、主役はテキサスの工場
【テキサス州メスキート】クリスティン・ウォーマス米陸軍長官は、新しい油圧プレスやオレンジ色のロボットが完成に近づく砲弾を処理する様子を見学しながら、関係者に尋ねたいことがあった。
「この技術はロシアにあるのか?」。ウォーマス長官は工場内の主要な機械の設計・配置を手がけたトルコ企業のイブラヒム・クレクチ最高経営責任者(CEO)に質問した。
クレクチ氏はロシアが同社からこれを入手することはないと答えた。ウォーマス氏は「今後も引き続きそうしてもらいたい」と応じた。
ウクライナの紛争で米軍と米同盟国は砲弾をはじめとする弾薬が必要になり、生産量の急拡大を推進している。米国防総省は長らく第2次世界大戦時代の工場に頼ってきたが、今や60億ドル(約9580億円)を投じて、それらに最新設備を導入し、砲弾や迫撃砲など多種多様な弾薬を製造できる新たな施設で生産量を増やそうとしている。
米防衛関連大手ゼネラル・ダイナミクスは10億ドルの契約を受注し、その資金の一部を投入してより迅速かつ効率的に弾薬を作る複雑な機械の導入を進めている。
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻時、米国は一般に使用される155ミリ砲弾を毎月約1万4000発のペースで製造していた。この砲弾は長さが約2フィート(約61センチ)、重さが約100ポンド(約45キログラム)ある。ウクライナはこれまで、30キロ余り離れた標的を攻撃できるように設計された米国製の「M777」榴弾(りゅうだん)砲を使い、1日当たり数千発の砲弾を発射してきた。
米国防総省は155ミリ砲弾の国内生産量を、現在の月間約3万発から2025年末には10万発に増やすことを目指す。テキサスの工場はその目標の半分以上を引き受けることになる。三つの生産ラインの第1弾が今秋に稼働し始める予定だ。
この弾薬工場は、国家安全保障に不可欠とされる火薬やレアアース(希土類)、半導体などの材料の製造を国内回帰させる米国の取り組みの一環である。米防衛大手ロッキード・マーチンは、アーカンソー州カムデンの工場で対戦車ミサイル「ジャベリン」と高機動ロケット砲システム「HIMARS(ハイマース)」の生産量を倍増させている。同業L3ハリス・テクノロジーズの子会社は、近くの固体ロケットモーター工場を拡張している。 国内製造を急拡大させる動きは、諸外国に依存する部分が大きい。国内工場を稼働させるのに必要な工作機械やその他の重要な装置は日本やドイツ、トルコなどの工場が供給している。米国以外で数十年かけて構築された防衛産業のサプライチェーン(供給網)を米国で再現するには同程度の期間を要するかもしれない、と業界幹部は言う。
最新式の生産施設
ここの施設は、老朽化した機械が発するガチャガチャという金属音や、燃えたぎる溶鉱炉が特徴的な、米国に数十年前からある砲弾工場とはかけ離れている。
静かでコンパクトな新工場は、テキサス州ダラスの東に位置する近代的な工業団地にあり、スナック菓子メーカー、フリトレーの配送施設に隣接する。ゼネラル・ダイナミクスがメスキート地区に目を付けたのは、約20キロ北方のガーランドで軍需工場を操業しているため、訓練を受けた労働者を供給でき、近隣の納入業者がアクセスしやすいからだ。
「仕事をこなすのに必要な要素が全てここにそろっている」。ゼネラル・ダイナミクスのフィービー・ノバコビッチCEOはそう語る。
工場内では、高さ約9メートルの緑色に塗装されたプレス機が棒鋼を弾殻の形に加工する。小型の溶鉱炉は、部分的に完成した砲弾を華氏2000度まで加熱し、より正確に成型できるようにする。その後は冷却トンネルに運ばれ、品質チェックを受ける。
工程のほとんどは自動化されている。機械オペレーターが約27人必要となるが、予定される400人の従業員の大部分はコンピューター制御設備の保守管理に専念する。
ゼネラル・ダイナミクスがトルコ企業のレプコンをプレス機の納入業者に選んだのは、この工場を2年後に稼働させる期限に間に合わせられる米国メーカーが1社もなかったからだ。
トルコは、ウクライナで広く使用される無人機(ドローン)のような防衛装備品の製造大国として台頭している。トルコと米防衛企業との緊密な結びつきは、2019年に同国がロシア製ミサイル防衛システムを購入し、米最新鋭ステルス戦闘機F35の計画から排除されたことで中断された。外交関係はその後改善している。
「トルコからの支援がなければ、この工場は空のままだろう」。ノバコビッチ氏と工場内を見て回った後、ウォーマス長官はこう語った。
ロボットはドイツの産業用ロボット大手クーカが製造した。同社は2016年、中国家電大手の美的集団(ミデア・グループ)に買収されている。米陸軍の広報担当者は、この設備は中国製の機械や原材料の一部に科される制裁措置の対象外だと述べた。
「米企業はこうした機械の多くを複製できているが、十分なスピードではない」。韓国の防衛大手ハンファ・ディフェンスの米国部門CEO、ジョン・ケリー氏はこう述べた。同社はゼネラル・ダイナミクスと協力してきたが、メスキートの事業には参加していない。
テキサスの工場は砲弾のサプライチェーンを構成するリンクの一つだ。ここで生産された鋼鉄製の弾殻はトラックでアイオワ州の陸軍工場に運ばれる。そこで、ペンシルベニア州とテネシー州の工場で生産された火薬が弾殻に充てんされる。完成した155ミリ砲弾は陸軍の倉庫に運ばれるか、直接ウクライナに出荷される。
エコシステムの構築
かつて国防総省が予算削減を迫られたときには、軍需品の注文が真っ先に俎上(そじょう)に載せられた。
今は砲弾のような重要な弾薬を国内で自給自足するため、従来とは異なるアプローチが進行中だ。国防総省は1月、防衛産業のエコシステムを支える長期戦略の概要を示した。
同省は生産量を引き上げた水準を数年間維持することに注力するとし、新工場に導入された機械のおかげでさまざまな砲弾や迫撃砲が同じラインで生産できるようになると述べた。国内備蓄量を増やすことは将来の紛争に備える上で極めて重要だと、当局者は話している。
陸軍にとって新しい生産ラインで作られる砲弾は、古い工場で生産される既存の砲弾とコストは同じで、さらに精度が向上し、失敗率が低い、と陸軍の調達責任者であるダグ・ブッシュ氏は述べた。
ウクライナの紛争はゼネラル・ダイナミクスの戦闘システム部門の成長を加速させた。同部門は他に主力戦車「エイブラムス」や装甲車「ストライカー」も製造している。戦闘装備品の需要が同部門の売上高を押し上げ、昨年は13%増、今年1-3月期は20%増だった。
「われわれは目下、険悪な時代にいる。脅威を目の前にして同盟国や米国が武装する必要性は一段と高まっている」。ノバコビッチ氏は2月に開催されたゼネラル・ダイナミクスの投資家会議でこう述べた。