「これ以上散歩はできません」多頭飼育現場から救出された秋田犬が譲渡先から戻った理由
虐待 動物愛護法違反容疑の58歳逮捕
秋田犬のハクは、多頭飼育現場からレスキューされた16頭のうちの1頭、推定1歳の男の仔だ。
現場となった飼い主の50代の会社員宅には、地元の動物愛護センターが何度も訪れて注意したが、水さえ与えられず、5頭は餓死している。
救出された犬たちは、センターに一時保護され、飼い主は動物愛護管理法違反で逮捕された。
“保護活動”という呼び方も知らない小学生の頃から、捨て犬や猫を拾って、体をきれいに洗ってやり、里親探しを続けてきた坂上知枝さん。
2020年に設立した動物支援団体「ワタシニデキルコト」での活動や、これまで出会った保護犬猫とのエピソードを語っていただく連載の後編は、救出されたハクのその後である。
前編「水さえ与えられず5頭が餓死…21頭の多頭飼育現場から救われた秋田犬が怯えたもの」では、ハクを含む16頭が凄惨な現場から救出され、坂上さんが代表を務める「ワタシニデキルコト」の手で、預かりさん宅で過ごすところまでをお伝えした。
後編では、無事里親が見つかったにもかかわらず、「ワタデキでは初めてのケース」となる思わぬ事態の顛末をお聞きした。
以下、ライターの長谷川あやさんの取材でお届けする。
14キロしかなかった体重が21キロに
「ネグレクトの飼い主から、16頭すべての所有権を放棄させることができたのは、地元の福島県センターや警察の方、現地の保護活動家さんたちの『動物を助ける! 守る!』という気持ちが一致団結した結果だと思っています」(坂上知枝さん、以下同)
その中から、坂上さんが立ち上げた、動物支援団体ワタシニデキルコト(以下、ワタデキ)が引き受けたのが、「いちばん若いと思われる、オスのハク」だ。
坂上さんがセンターで初めて会った日のハク。写真提供:ワタシニデキルコト
「どの仔も細くて小ぶり、ハクもセンターに預けられた当初は14キロしかありませんでした。ハクを預かりボランティアさん宅に託した時には17キロになっていましたが、散歩の経験がなかったハクは、ちょっとした生活音にひどくおびえる状況で、首輪をつけるところからのスタートでした。
センターから引き出された当初のハク。まだ表情が硬い。写真提供:ワタシニデキルコト
そんななか、預かりさんは、初めて耳にする音を怖がるハクのために、朝4時起きで、まだ誰もいない静かな海岸に連れていき、少しずつ道を歩く練習をさせてくれました。
踏み切りやバイクの音や、ドッグランでお友達と遊ぶことの楽しさなど、たくさんのことを教えてもらったハクは、ついに21キロの、ちょっと小ぶりだけれど、立派な秋田犬に成長。里親さんのところにトライアルに行くことになったのです。それが去年の12月のことでした」
「これ以上の散歩は無理です」
譲渡当日、預かりさんは、手作りのおやつを大量に持参し、ハクを里親さん宅に連れていき、その後、みんなで一緒にお散歩し、「預かりさんと私は、ハクに気づかれないようにそーっと帰りました」。
無事、譲渡が終わり、ひと安心したが、思わぬ事態が起こる。
ハクの里親となったのは、「預かりさんの知り合いの、40代の女性とその弟さん、もうすぐ80歳になる、彼らのご両親の4人家族」だった。
「ご両親、特にお母さまがハクを気に入り、引き取りを希望されたのですが、80歳を迎えるご両親が中心に散歩をすると聞き、少し不安を感じました。
『これからまだまだ成長する大型犬ですし、都会の音に完全には慣れていません。びっくりすると強く引くこともあるので、ハクのような若い大型犬ではなく、シニアに近い落ち着いた中型犬のほうがいいのでは?』とお話しすると、『いえ。お散歩は私と弟で行くようにするので大丈夫です』と。
預かりさん宅に来た当初は、他の音にびくびくしていたというハク。散歩にも慣れていなかったため、預かりさんは早朝の誰もいない時間帯に、先住犬と一緒に散歩に連れ出し、少しずつ慣らしていったという。写真提供:ワタシニデキルコト
預かりさんの先住犬たちと海岸を散歩するハク。写真提供:ワタシニデキルコト
ハクはまだ育ち盛り。里親さんは、海岸まで行ってたくさん走らせ、社会性を身に付けるために、ドッグランにも積極的に連れて行ってくれていたので、自由運動を含む充分な散歩量を望んでいる旨をお話すると、『はい。全て問題ないです!』とのことで引き受けていただくことにしました」
しかし4カ月後、散歩は足の悪いお母さまがメインに行っており、1日40分程度しか行っていなかったことが発覚する。坂上さんと預かりさんが里親に状況を尋ねると、「これ以上の散歩は無理です」とのことで、坂上さんは返還してもらうことを決意する。
「譲渡した時に21キロだったハクの体重は、返還時には25キロになっていました。このサイズで朝15分、夕方25分のお散歩時間は、決して充分とはいえません。それ以上に心配だったのは、はたして数年後、80代のお母さまが散歩に行けるのかということでした」
預かりさん宅で散歩の楽しさを知ったハク。譲渡先では犬の数少ない楽しみが満たされないことに、坂上さんは心が痛んだと言う。写真提供:ワタシニデキルコト
返還してもらう時、里親さんから、「本当にかわいがっていたのに」「動物支援団体のイメージが変わった」などと言われたという。
つなぐだけじゃない、里親マッチングの難しさ
「もちろん気持ちはわかります。でも、せっかくつながった命、最後まで責任を持ちたいと思っています」
こうして、ハクは預かりさん──Nさんの元に戻ることになり、その後すぐNさんから、「私が散歩着に着替えたら大はしゃぎ! ハクは家の中もお散歩コースもちゃんと覚えていました。ぜひうちの仔にしたいです」と申し出があった。
Nさんは、ハクの里親になる決意をした理由について、こう振り返る。
「里親宅では、すごくおとなしいと言われていて、落ち着いたのかなと思っていましたが、戻って来た時、うちのことをよく覚えていてすごく喜んでくれたのが印象的でした。
それと、あちこち住処が変わるのは臆病なハクにとって負担になるのではないかと考えました。
ハクにとって何がいちばんいいのかはわかりません。ただ、人が少し苦手で、海や山へのお散歩をすごく楽しみにしている仔なので、うちのような田舎で暮らすのもいいのかなって」(Nさん)
坂上さんを通して、里親となったNさんから、現在のハクの様子も教えてもらった。
「やんちゃだけど、素直でとてもお利口です。今は、海岸を走り回り、先住犬たちのそばにくっついて昼寝し、時々は私と一緒に会社に出かけて──という日々を送っています。
満面の笑顔が本当に幸せそうです!」(Nさん)
Nさんの家でくつろぐハクは、本当に「笑顔」のように見える。写真提供:ワタシニデキルコト
「一度、里親に出した動物を、返還してもらったのはワタデキでは初めてのケースです。何がハクにとって、また、里親さんにとってのベストなのか悩みに悩みましたが、やはりこの結論で良かったと、今のハクの様子を見て確信しました。
同時に、譲渡の難しさをあらためて感じています。今回については、社交的で遊び好きな若い先住犬のいるおうちが向いていたのかなあとも思います」
ハクの里親となったNさんは、2022年9月にワタデキが引き出した猫「やー」についても、ハク同様に預かりボランティアを担当し、1年後に里親になっている。
Nさんの家でリラックスできるようになったハクに、やーがちょっかいを出す姿がたまらなくかわいいのだという。
最後に坂上さんはこう、言い添えた。「次回は、やーのこと、そして、ミルクボランティアについてお話させてください」。
次回に続く。