《西武池袋本店》ついにヨドバシカメラ出店の犠牲者が…「孤独のグルメ」聖地の閉店、ファンが語った哀しみと切なる願い
デパート屋上の“本格うどん”
「かるかや」が閉店する――。
まさか、そんなことがあり得るのか? そのニュースが飛び込んできた今年5月。6月30日にその歴史に幕を下ろすとは信じられないが、矢も盾もたまらず、気づけば池袋西武の屋上にいた。
「かるかやってなに?」という方には何のことか分からないだろう。
同店は、松重豊主演のドラマ版で人気を博した『孤独のグルメ』の原作漫画に登場したうどん店のモデルとされている。デパートの屋上で食べられるうどんとは思えないクオリティで、当時のB級グルメブーム、その後の讃岐うどんなどのご当地グルメブームの中でも都内の貴重な本格うどん店として根強い人気を保ってきた。
撮影:刈部山本
筆者がその存在を認識してから30年以上、ずっと屋上にあって当たり前だと思った風景が、突如目の前から消える……。そう考えると、その衝撃度も想像がつくはずだ。
かるかやは昭和43年(1968年)に、西武池袋本店で創業した。現在、9F屋上は「食と緑の空中庭園」と銘打ち、エスニック料理などの屋台が並び、夜はライトアップされ、夏にはビアガーデンも開催するオシャレな大人の空間となっている。
しかし、かつてはカラフルなパラソルが広がり、ヒーローショーも開催される昭和の屋上といった風情だった。かるかやは、どこか昔ながらの純和風な雰囲気を今も漂わせており、往時の屋上の記憶を留める希少な存在となっている。
「讃岐うどん」かと思いきや
うどん自体は手打ち感満載の不揃いな太さ。やや粉っぽい食感も感じられるもので、うどんといえば蕎麦屋さんでそばとともに売られている、ほとんどの人が太めの柔らかい麺程度の認識だったなか、衝撃的な見た目と味だった。
今でこそ讃岐うどんチェーンも珍しくなくなり、噛みごたえのあるうどんに抵抗がなくなりつつあるが、かるかやはのれんに讃岐の文字があるように、本格的手打ちうどんを提供していたのだ。
しかし現在の我々が想像する讃岐うどんと、かるかやのそれは、実際に食べてみると少々異なる印象を持たれるだろう。
撮影:刈部山本
一般的な讃岐うどんと称されるものは色みが白く、ツヤのあるテクスチャーでツルンとした喉越しが特徴だが、かるかやのうどんはやや灰色がかっていて、粉っぽく少々口内で引っかかるような感覚がある。メニューも月見やたぬき、山菜といったどちらかというと東京を含めた関東圏のお蕎麦屋さんらしいラインナップだ。
これはあくまで筆者の個人的な見解だが、東京の多摩地区から埼玉県にかけてのエリアで食べられている武蔵野うどんにより近く感じられる。
実はかるかやのある池袋から埼玉へと伸びる西武池袋線や東武東上線の沿線には武蔵野うどんの名店が多く存在している。やきとりの街として知られる東松山も東武東上線上にあり、東上線沿線ではタレではなく味噌ダレを付けて食べる東松山方式を採用している焼き鳥店が実に多い。
かるかやは讃岐うどんを標榜してはいるが、「武蔵野うどんの影響を色濃く反映しているのではないか?」というのは勘ぐり過ぎかもしれない。いずれにしても、手打ちで手作り感溢れるうどんを提供していることに代わりはない。
手打ちの秘密はデパ地下にあった
ではなぜ、屋上の小さな売店で手打ちが可能なのか。その秘密はこのデパートの地下に行くとわかる。
デパ地下といえば、言わずとしれたお惣菜やスイーツが並ぶ食料品売場だが、その一角にもかるかやは存在するのだ。お土産用のうどんを売っているのだが、ここにうどんの打ち場があり、打ち立てのうどんが屋上で食べられる仕組みになっている。
作業場はガラス張りになっており、うどんを打っている様子がライブで堪能できる。年末にはうどんではなく年越し用のそばのみの販売となり、売り場から階段を上って長い行列ができる。
撮影:刈部山本
このそばも武蔵野うどんを彷彿とさせる、太くてゴワッとした食感のもので、東京のそばつゆよりも、甘辛い肉汁がよく似合う。毎年年越しそばはかるかやと我が家では決まっており、大晦日に行列に並ぶのが恒例行事となっていただけに、今年からはそれも叶わず、かるかやに近い蕎麦に今後巡り会えるのかと途方に暮れている。
この度閉店という経緯になったのは、この地下の売り場の問題が大きく起因しているらしい。
閉店は仕方ないけれど…
'22年11月、セブン&アイがアメリカの投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」に、そごう・西武の全株式を売却する契約を結んだ。翌年8月に西武池袋本店の売却が決まると、同月31日、従業員がストライキを起こし、ニュースにも大々的に取り上げられた。
フォートレスと組んでいるヨドバシカメラが池袋西武に入り、大規模な改装が行われるとの報道が出ると、ビックカメラの牙城である池袋にヨドバシカメラが来ることへの抵抗感、さらに1980年代以降の西武セゾン文化の象徴が池袋から消える危機感が噴出した。
Photo by GettyImages
当初噂されていたのは、1F以上のブランドスペースが大幅に削減されるという話だったため、地下の食料品売り場は影響を受けないと思っていた。しかし、かるかやは地下の店舗が閉店となることでうどんが打てなくなるため、屋上の店舗も閉めるということだそうだ。
つまり、地下食料品売り場にもヨドバシカメラの進出が影響してくるかもしれない。
個人的にはヨドバシカメラはビックカメラとともに昔からよく利用する家電量販店であり、池袋という地でいい意味での競争が生まれればいいと思っている。また西武セゾン文化も、現在の池袋西武が80年代ほど池袋に影響を及ぼしているのかといえば、お世辞にもそうとはいえない。
時代に合わせた池袋西武の改装が求められるだろうし、それがヨドバシカメラの進出によって叶うのかは知る由もないが、西武が新たな池袋の文化発信地となることを望むばかり。ただ、願わくば新生池袋西武でのかるかやの復活、それが無理なら駅そばでも何でもいい、西武グループのどこかで味わえる日が来ることを期待したい。