DeNAドラ1遊撃手が“ショート一筋”をあきらめた日「正直ちょっと悔しい気持ちはありました」…森敬斗22歳が語る、5年目の変化

denaドラ1遊撃手が“ショート一筋”をあきらめた日「正直ちょっと悔しい気持ちはありました」…森敬斗22歳が語る、5年目の変化

2019年ドラフト1位で指名され、内野手のゴールデンルーキーとして注目を集めた森敬斗。今季、起きた変化とは――。

 抜群の身体能力を武器にした守備や走塁で試合の流れを変えられる、稀有な“ゲームチェンジャー”。横浜DeNAベイスターズの森敬斗がグラウンドで目いっぱい躍動している姿を見ると、何かが起きそうな期待感が漂う。

「5月の一軍昇格以来、試合に多く出させてもらって、上手く行くことも行かないこともありますが、両方とも学びになっています」

 真摯な表情で森はうなずいた。

プロ5年目で初の決勝打

 今年のセ・パ交流戦、5月31日の日本ハム戦(エスコンフィールド)では、プロ5年目にして初となる決勝打を放ち、チャンスを生かし切れなかったこれまでの打席とは違う姿を見せることができた。

 3対3で迎えた10回表、2死1、2塁のチャンスで森は打席へ向かった。この前の打席で三振を喫しており、またベンチにはチャンスに強いベテランの大和も残っていたが、首脳陣はそのまま森を送り出した。

「もしかしたら代打かもしれないと思ったんですけど、何もなかったので自分が絶対打つしかない、絶対に決めたいと思って打席に入りました。けど……」

 そう言うと、森は不思議そうな顔をした。

「すごく冷静だったというか、落ち着いて打席に入れたんです」

 日本ハムの左腕・河野竜生の投じた初球のカットボールを空振りすると、2球目は低めにきたストレートを見逃した。

「初球はちょっと雑だったんですけど、しっかり振って行けたのが良かったし、あの空振りで次のボールをしっかり目付けができ見逃せたんです」

 そして3球目、高めに入ってきたカットボールをセンター前へ弾き返し、決勝点を奪った。

「強引にならず、しっかりとコンタクトができた結果です」

昨年と比べて感覚はまったく違う

 まだまだ研鑽は必要なのだろうが、これまでとは趣の違った様子を森は漂わせていた。期待に応えられることが信用を生み、どれほど自信に繋がるか。森はそれを痛いほど理解している。

 その後、打撃面において勢いを増すかと思われたが、厳しい状況が続いてしまう。打率は2割前後を行き来し、スタメンを外されることもあれば、代打を送られることもあった。しかし森は下を向かない。手のひらに、体の内に、感覚として残る確たるものがあった。

「率は残せていませんが、昨年と比べてコンタクトの感覚はまったく違うし、しっかりとバットを出せているという手応えがあるんです。あとは試合での対応力や状況判断だと思っていて、自分になにができるかってことをちゃんと考え、打線の中で役割を果たしていきたいなって」

割り切りと覚悟

 確かにストレートへのコンタクト率は上がっているように感じられる。オフの自主トレではソフトバンクの近藤健介に手ほどきを受け、体よりも前だったコンタクトポイントではなく、ボールをしっかりと呼び込んで強いスイングができている。

「もう少し大胆に真っすぐに入っていきたいんですけど、まだボールが中に入りすぎてしまいファウルになっているのが課題ですね」

 とはいえ、ボールを上から強く叩くわけでなく、ベース盤の上を長く使うレベルスイングになってきている。

「僕としてはベース盤の上でバットの面が返らないように意識しています。そうすればヒットポイントが増えますからね。やっぱりいい打球が飛んでいる時はタイミングがしっかりと取れているし、自分の中で割り切りというのか、若いカウントでも空振りを恐れずしっかり入って行ければいいという覚悟があるので、あとは練習通りに振っていくだけです」

走塁は「叩く」足運びで

 苦しいカウントや追い込まれてしまうと、どうしても脆弱さがまだ顔を覗かせるが、自分がなにをすべきかを森は理解している。あとは課題を突破するだけだ。

 攻撃面において森が他の選手と一線を画すのが、やはり走塁だろう。出塁さえすれば、盗塁を含めチームに躍動感が生まれる。森が今季突き詰めているのは“走り方”だ。

「盗塁に関してスタートは不得意ではないので変えてないんですけど、大事なのは初速からいかにスピードに乗せるのか。走り方に関しては過去に怪我もあったのでトレーナーさんといろいろ話して、これまでのような“掻く”ような足運びではなく、“叩く”っていうんですかね。地面の反発をしっかり使うことでスピードアップは確実にしていると思います」

 そして森の最大の武器である守備。肩の強さは言うに及ばず、入団以来課題だった下半身の使い方が巧みになり、予測、一歩目、捕球、スローイングが円環を成すようになってきている。

敬斗が守備に入っているとむちゃくちゃ安心する

 森の守備における貢献度と信頼度をリリーバーの徳山壮磨は次のように証言する。

「自分は(森)敬斗が守備に入っているとむちゃくちゃ安心するんですよ。実際に試合では助けられていますし、あの肩と守備力はピッチャーから見ても相当でかい。深いところに打球が飛んでも敬斗ならアウトにしてくれるっていう部分で投げる上で心理的にも楽だし、安心材料になるんです」

 森は、昨年夏にやってしまった右手有鉤骨の骨折の影響もあり春季キャンプはB班(奄美)スタートだったが、そこで万永貴司野手コーディネーターやファームの柳田殖生内野守備走塁コーチ、藤田一也育成野手コーチのもと守備を徹底的に磨いた。それは森にとって非常に充実した時間だったという。

本職以外のポジションにも挑戦

 そして森にとって大きな出来事といえば、入団以来ショートしか守ってこなかったが、新たにセカンドやサードの守備にも入るようになったことだろう。誤解を恐れずに言えば、森は“聖域”をはく奪された。

 チームからその旨を伝えられたのは昨年末のことだったというが、果たして森はその時に何を思ったのか。そう尋ねると、森は宙を睨みゆっくりと語りだした。

「ずっとこだわってショートをやってきたし、守らせてもらっていたので、最初にチームの方針を聞いたときは、正直ちょっと悔しい気持ちはありました」

 少しだけ重い口調。だが森は目に力を入れて続けた。

ショート以外を守って見つけた「副産物」

「ただ、違うことをやることでいいことも一杯あるんじゃないかなって思ったんですよ。だからオフからショート以外の練習を始めましたし、実際にセカンドやサードの守備に入ると新しい感覚がたくさんあったんです。動作ばかりではなく、守備で見える視野というか、バッターの見え方が違って、例えばセカンドから自分と同じ左バッターを見ると肩が閉じていればやっぱりいい打球が行くし、開いてしまって体がこちらに向けばセカンドにゴロが来る。これは自分の学びにもなるし、またセカンドでゲッツーを取ろうとする時に体が流れると投げられないので、ショートでも流れない入り方ができればより確実性が増すなとか、新しいインプットや刺激が結構あるんです」

 どこか明るい表情で森は話した。そこには好奇心と、なにがあってもへこたれないといった芯の強さが感じられた。

京田、林、石上…内野手が新加入

 振り返れば、森は2019年のドラフト会議で球団にとって筒香嘉智以来となる、10年ぶりの高卒1位指名の野手である。当然、多大の期待を背負ってきたが、非力さに加え怪我も重なりなかなか戦力になることができず、球団は森とポジションがかぶる京田陽太や林琢真、石上泰輝らを獲得してきている。

「正直、誰が来ようが関係ないって気持ちなんです。なによりも自分が結果を残せていないのが悔しい。自分がやることをやっていればおのずとレギュラーは獲れるはずだと思ってやってきたし、だから他人は気にせず、惑わされることなく、自分自身に目を向けることだけを意識してきました」

 だから春季キャンプが若手ながらB班スタートでも焦ることはなかった。

「怪我もあったので、いきなり上で力んで急いでやるよりは、自分と向き合い時間を作ったほうがいいですし、B班だからこそ、じっくりやり込むことができたと思うんです」

 ただ高卒とはいえプロ5年目、悠長にしているわけにはいかない。

ただがむしゃらにやるだけじゃダメ

「もちろん入団からずっと急いでいるし、戦力になりたいと思って日々過ごしてきました。ただ怪我もありましたし、大事なのは自分のやるべきことを、自分のペースでやることだと思うんです。この数年で気づくことも多かったですし、ただがむしゃらにやるだけじゃダメなんだなって」

 多少のジレンマは漂うが、確たる割り切りに加え、どこか森は楽しそうに話すのだ。ふと思い出したのが、森が以前「野球はあまり好きじゃない」と公言していたことだ。確かに野球は失敗も多いスポーツだ。いくら優秀な打者でも3打席に1本しか安打が出ず、優勝をするチームも約6割しか勝てない。喜びよりも悔しさ。すべてが万事上手く行くスポーツではない上に、練習もきつければ、年間の試合数を考えてもハードワークが必要となる。素直な性格の森がそう言う気持ちもわからなくもない。

一番バットを振ってきた自信もある

 だが、何か変化が起こっている。

 森は顔をちょっとだけほころばせ言うのだ。

「じつは以前よりも野球が好きになっているんですよ。特に今年は、キャンプインから以前よりも自分で考えて練習をやるようになったし、とにかく納得するまで量をこなそうって。だからキャンプでは最後まで練習をしたし、一番バットを振ってきた自信もあるんです。なんか野球へ対する気持ちが大きくなったような気がするんですよね」

 ともすれば、森はこれまでは類まれな身体能力とセンスのみで野球をやってきた。そこに根源的な“野球が好きだ”という情が深まり、今の森の原動力になりつつある。

「もったいない時間を過ごしたくないし、すぐに結果に繋がるとかじゃなくて、練習をたくさんすること、この1球、1球を積み重ねることで何かを得られるかもしれないって思えるようになったんです。だから今は、楽しい気持ちで練習や試合に挑めている感じなんです」

試合中でも成長していく姿を見せて行けたら

 待ち望まれる覚醒の日は、近づいているのかもしれない。

「レギュラーとして試合に出たい気持ちは一杯なので、そのために自分は何をすべきか、しっかりと考えていきたい。僕の場合、打つこと守ること走ること全部やらなきゃいけない。常にレベルアップを目指し、試合中でも成長していく姿を見せて行けたらと思います」

 まだ22歳、されどプロ5年目ということを鑑みれば結果が求められるキャリアに差し掛かっている。溢れんばかりの才能があることは疑いようなく、多くのファンがレギュラーとしてグラウンドに立つことを期待しているはずだ。多くの失敗を重ね、自分自身やチームを冷静に俯瞰できるようになった今こそ、森敬斗よ、悠々として急げ――。

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