日経平均712円安の発火点、金融市場を揺さぶった「フレンチショック」はなぜ起きた?

日経平均712円安の発火点、金融市場を揺さぶった「フレンチショック」はなぜ起きた?

マクロン大統領が議会を解散した背景には、マクロン氏および与党「再生」が被るダメージを最小化する狙いがあった(写真:AP/アフロ)

(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)

 フランスの新政権への不安から、ヨーロッパ発の金融不安が生じている。

 フランスは6月30日と7月7日の2回に分けて総選挙を行うが、各種世論調査によれば、エマニュエル・マクロン大統領が率いる中道の与党・再生(Renaissance)が大敗を喫する一方で、右派政党の国民連合(RN)が第1勢力となる展開が確実となっている。

 フランスでは大統領に首相の任命権がある一方、議会が首相の指名権・不信任権を持つため、実際は議会の第1勢力より首相が選出されることになる。そのため、新政権は大統領と首相の所属政党が異なるコアビタシオン(cohabitation)となる可能性が高い。このケースでは、大統領が外交を担い、首相が内政を担うことになる。

 かつての極右政党・国民戦線(FN)の後継政党であるRNだが、その主張は徐々に穏健化している。とはいえ、実質的なリーダーであるマリーヌ・ル・ペン氏には、欧州連合(EU)からの離脱を訴えた過去もあるため、投資家の間で新内閣に対する不安が広がり、6月14日の相場でフランスの株式・国債が大きく売られることになった。

 この流れはヨーロッパ全体に波及し、各国で株安が進んだ。通貨ユーロも売られたため、フランスの金融市場は事実上の「トリプル安」となった。さらに週明け17日にこの流れが日本へと波及、日経平均株価は2%以上の下落となり、節目となる3万8000円台を割り込んだ。「フレンチショック」が世界の金融市場を揺らしたのだ。

 一般的に政権がコアビタシオンとなると、フランスの政策運営は停滞することになる。仮にRNから首相が選出された場合、同党がかつてに比べると穏健化したとはいえ、その主張とマクロン大統領の主張との間には大きな差がある。

 とりわけ、マクロン大統領が推し進めてきた労働市場や年金制度の改革には、ブレーキがかかると予想される。

EU離脱に向けた動きはフランスでも加速するか?

 最も懸念されるシナリオは、RNから首相が選出された場合に、新政権がEU離脱の是非を問う国民投票を実施する展開である。しかしながら、これは基本的にあり得ない展開だ。そもそも、仮にRNから首相が選出されたとして、ようやく首相を送り込んだばかりのRNが、フランスの混乱につながる選択肢をすぐに取るとは考えにくい。

 確かにRNは支持を拡大させるはずだが、それはRNがマクロン大統領に不満を持つ有権者の「受け皿」として機能するためだと考えられる。言い換えれば、そうした有権者のうち、どの程度の有権者がRNに心から賛同しているのか、定かではない。こうした状況で国民投票を実施したとしても、有権者の支持が離れるだけだろう。

 なお、現行の憲法上の規定では、大統領のみならず、国民議会にも国民投票を発案する権利が認められている。とはいえ、仮に発案したとしても、憲法院による審議を受けることになる。フランスの混乱につながるような選択肢を憲法院がそう易々と容認することなど、まずあり得ない。

 フランスのEU離脱までの距離は、実際は非常に遠いのである。

日経平均712円安の発火点、金融市場を揺さぶった「フレンチショック」はなぜ起きた?

7月の総選挙で第1勢力になる可能性が高い右派勢力の国民連合(RN)。彼らに反対する反極右デモも起きている(写真:ロイター/アフロ)

 第2勢力になる見通しの「左派連合」の中にも、極左政党である「不服従のフランス」を率いるジャン=リュック・メランション氏のように、EU離脱に肯定的な論者がいる。しかし左派連合の大勢はEU残留を支持すると見込まれるため、左派から新首相が選出されたとしても、フランスでEU離脱に向けた動きが加速するとは考えにくい。

 にもかかわらず、フレンチショックがヨーロッパのみならず、グローバルな株安につながったのはなぜか。

フレンチショックがグローバルな株安に波及した理由

 投資家の懸念は、フランスのEU離脱よりも、フランスの混迷がEUの混迷につながるリスクにあるのだと考えられる。つまり投資家は、マクロン大統領を中心とするこれまでのEUの運営体制が大きく変化するリスクを意識したのだろう。

 2017年5月に就任したマクロン大統領は、ドイツのアンゲラ・メルケル前首相との間で良好な関係を築き、EUの実質的なリーダーとして辣腕を振るってきた。2019年12月に発足したウルズラ・フォンデアライエン委員長を中心とする欧州委員会の現執行部の在り方にも、マクロン大統領の意向が強く反映されたことは良く知られている。

 実際に、欧州委員会の現執行部が描いたグリーン化とデジタル化を両輪とするEUの経済成長戦略は、マクロン大統領の庇護の下で推進されてきた。これまでもマクロン大統領のフランス国内での人気は低かったが、総選挙を経てコアビタシオン政権が成立すれば、マクロン大統領のEUにおける求心力や影響力も低下を余儀なくされる。

 もともとグリーン化に関しては、欧州議会選の前から揺り戻しの機運が高まっていた。しかしここにマクロン大統領の求心力の低下が加わることで、その揺り戻しの幅がさらに大きくなる可能性が高まった。

 またグリーン化のみならず、様々な領域で政策の揺り戻しが進み、EUの混迷が深まる事態になると、投資家は考えたのではないか。

マクロン大統領が議会を解散してまで回避しようとしたリスク

 例えば、グリーン化以外の領域だと、移民政策や対ウクライナ政策での揺り戻しが大きくなると考えられる。移民管理が厳格化されれば、治安は安定するかもしれないが、人手不足に拍車がかかり、高インフレの長期化につながる恐れがある。対ウクライナ政策に関しては、支援の動きが後退し、脱ロシア化の流れにも変化が生じるかもしれない。

 2027年5月に任期満了に伴って総選挙を実施する場合、与党の「再生」が惨敗するのみならず、多選規定に伴いマクロン大統領が不出馬となるため、フランス政治の構図が大きく塗り替わってしまうリスクがあった。そもそもマクロン大統領が、劣勢にもかかわらず国民議会を解散した背景には、このリスクを回避する思惑があったのだろう。

 それに、極右政党に源流を持つRNに、あるいは極左の「不服従のフランス」を含む左派連合に、フランスの未来を本当に託していいのか、有権者に問いかけることによって、マクロン大統領および「再生」が被るダメージを、可能な限り軽くしたかった思惑もあったのだと考えられる。大統領は、いわゆる「恐怖戦術」を取ったわけだ。

 残念ながら、マクロン大統領による恐怖戦術は、今のところあまり効果を発揮していないようだ。総選挙後にマクロン大統領が電撃的に辞任する展開も否定できない中で、投資家は今後しばらく、フランスの政治動向に対して敏感にならざるを得ないだろう。もちろん、日本の株式相場や為替相場にとっても、フランスの動向は大きな調整要因となる。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

【著者の主な記事】

◎欧州の民意は環境問題よりも経済・移民対策、EUが国際社会をリードした環境規制も見直しや巻き戻しが必至(JBpress)

◎ハイパーインフレを恐れるドイツが墨守する「債務ブレーキ」の憂鬱、インフラ投資もままならず(JBpress)

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◎通貨が暴落しているのに米ドル建て一人当たり所得が増加しているトルコ、「高所得国」目前だが調整は不可避(JBpress)

◎3年目に突入したウクライナ戦争と3.6%成長を実現したロシア経済の死角、経常収支の黒字幅縮小に見る経済構造の変化(JBpress)

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【土田陽介(つちだ・ようすけ)】

三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)がある。

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