「これを決めた文科省は本当にアホ」高校から世界史と日本史が消滅? 予備校カリスマ講師が怒るシンプルな理由「世界史は昔から受験科目として不人気だけど…」
〈 野生ライオンがいるマリのサバンナで車が壊れて立ち往生…海外旅行マニアの世界史講師が死を覚悟した“断トツにヤバかったツートップ” 〉から続く
YouTubeで“世界史”と検索すると、トップに表示されるのが『ユーテラ授業チャンネル』だ。一番人気は「3時間で攻略!西洋古代史」という、佐藤氏の授業をまとめた動画。ところが本人は「世界史は人気がないんです」と顔を曇らせる。なぜ世界史は嫌われやすいのか、世界史の魅力とは何か。インタビューのラストは、佐藤氏が多角度から「世界史」を語る。(全4本の4本目/ 最初 から読む)
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──YouTube『ユーテラ授業チャンネル』の授業をまとめた「西洋古代史」動画は、100万再生超ですね。世界史の話を聞くのが、あんなに面白いとは思いませんでした。
佐藤 僕が代ゼミで映像授業を始めたのが1997年です。当時はようやくインターネットが普及した頃だから、かなり先取ってるでしょう? 僕は内心「そこらの教育系YouTuberとはキャリアが違うぜ」と思ってます……いや、冗談です。というか、僕はYouTuberではないですよ(笑)。
実は最近、高校の地歴科目が大きく変わったんです。特に歴史科目はもう大変! 『世界史』が必修ではなくなり、新たにできた歴史科目が必修になったんです。
「『世界史A・B』と『日本史A・B』という科目は消えます」
──え、そうなんですか?
佐藤 学習指導要領の改訂で、2022年度の高校1年生から『世界史A・B』『日本史A・B』がなくなり、『歴史総合』と『日本史探究』『世界史探究』という新科目になったんです。2025年1月からの入試は新課程の形態になるので、基本的に『世界史A・B』と『日本史A・B』は消えます。つまり、『世界史』という科目に触れる生徒数が減るんです。
──佐藤さんとしては、商売あがったりでは?
佐藤 商売はともかく、「それでいいのか?」という義憤のような怒りなのか、これからの歴史教育への不安なのか……この改訂が子どもたちに与える影響は大きいですよ。
というのは、世界史は昔から受験科目として不人気なんです。「名前が覚えにくい」「国や都市の場所がわからない」「どうせ海外に行かないから、学ぶ意味がない」など、ひどい憎まれようで。日本史を選ぶ生徒のほうが圧倒的に多い。
で、新科目の『歴史総合』は、世界史Aと日本史Aを合わせた感じになります。「それならいいじゃないか」と思うでしょう? でも『歴史総合』を簡単に言うと、日本史と世界史をつなげる近現代史のみが範囲になっています。
──そうすると高校では、古代から近代は『世界史探究』『日本史探究』の授業でしか扱わない?
「これを決めた文科省は本当にアホですね」
佐藤 そうです。『歴史総合』の目指す理念自体は、決して悪いものではないです。〈世界史が、近代日本のできる背景に関わっていることを学ぶ〉という趣旨ですから。ただ僕は、世界史を近現代だけで語ることに無理があると思っています。だって、市民革命の話をするときに絶対王政を説明できないし、イスラームテロの話をするときにイスラーム教成立の説明ができない。
それなりのレベルの高校に通う生徒ならば、自分で調べて理解できます。でも、大半の生徒はそれができないので、宗教や民族や政治を既存のイメージで捉えてしまうでしょう。
これを決めた文科省は本当にアホですね。彼らはハイレベルの高校生しか見ていないんですよ。これは、僕がユーテラの世界史授業動画でも話している「社会ダーウィニズム(社会進化論)」、つまり「知識の高い人間が知識弱者を支配する」構造です。このままでいいんですかね、ホントに……。
──世の中には「世界史を学ぶ意味はない」と思う人もわりといます。世界史の魅力とは何でしょうか?
佐藤 一般の方向けに言うと、世界史がわかればニュースがわかります。ニュース自体を理解できていない人は、意外と多いですよね。世界史を学べば、流れてくる乱立した情報を選べるようになり、ニュースの真実がわかると思います。
たとえば、アメリカ大統領選ひとつとっても言えることです。共和党と民主党が歩んだ歴史や2党の特徴、違いを知ったうえでニュースを見るのと、知らずに見るのでは、感じ方が全く違います。後者の人は結局、「自分には関係ないや」とスルーしてしまうことでしょう。
ガザやウクライナなどのニュースも、その背景を知れば、今ある対立の根本がわかりニュースを理解できます。それを多くの人にぜひ体験してほしい。
──なるほど。他には、どんな面白さがありますか。
佐藤 「人間への見方が変わる」ことです。今の戦争や貧困、難民、宗教などの問題は、世界史というフィルター越しに見ると、その多くが「過去の対立や問題」に起因するものなんです。
これは人間関係も同じ。身の周りの人間模様が、実は世界史の出来事に当てはまることはよくありますよ。
──具体的にはどんなものがあるでしょう?
佐藤 学校や職場に、仲間はずれにされて孤立した人がいるとします。本当はさみしいのに、外面は「独りぼっちでもいいや」と強がっている。その人が、ちょっと離れた席にいる人に声をかけて、やがてふたりは親密に……こういう風景ってよくありますよね。
実は、第一次世界大戦で《三国協商》というのがありますが、その時のフランスとロシアの関係はこれなんですよ。
──ドイツに孤立させられたフランスが、のちにドイツに同盟を破棄されたロシアに接近?
佐藤 そうです。こう話すとイメージしやすいでしょう? だから、国家関係を擬人化したり、王位の変遷も人間ドラマとして捉えると、世界史はいきなり面白くなります。そして、世界故事や故人に照らし合わせれば「この人、今はすごく上り調子だけど、未来はこうなるんじゃないか……」と予想できる。
──今だと、プーチンの今後とかも?
佐藤 そうです。プーチンは、もし何かしらの革命が起きれば、ロシア革命のニコライ2世のようになるかもしれませんね。そんな類推ができるのも、世界史の魅力だと思います。
世界史は「大好き」か「大嫌い」に激しく分かれるんですよ
──世界史のイメージがちょっと変わりました。実は世界史嫌いで、高校時代は捨て科目でした。
佐藤 高校世界史は不思議な科目で、「大好き」か「大嫌い」に激しく分かれるんですよ。しかも「大嫌い」が圧倒的に多くて、「大好き」は1割くらい(笑)。でもね、生まれたときから世界史嫌いな人はいないんです。みんな、中学高校と進むうちに、嫌になっちゃうんですね。
──その理由は何でしょうか。
佐藤 僕が思うに、まずひとつは「前提となる地理知識の土台がない」こと。小学校、中学校で教わった地理の知識が、身についてないんです。
──確かに……「ユーフラテス川ってどこ?」「黄河はわかるけど、長江ってどこ?」と思いました。
佐藤 海の名前も難しいですよね。黒海や黄海、紅海……それぞれ、世界地図のどの辺にあるのか。実は、小学校の地図帳にもちゃんと載ってます。でも「太平洋と大西洋、せいぜいオホーツク海しか知りません」ぐらいで高校に行くと、辛くなっちゃいますね。
もうひとつは……これはすべての高校に当てはまるわけではないですが、「世界史の授業がつまらない」。つまり教える側の問題ですね。僕は毎年、代ゼミの企画で高校の先生向けに指導法講座をやっていますが、先生たちはいい授業をやりたいけれど、方法がわからずに悩んでいるという現実があるんです。
一方、世界史嫌いの生徒に話を聞くと、「先生は教科書を読み上げるだけ」「単語の羅列で辛い」。あと、意外に多いのが「細かく教えすぎて、生徒が概要を理解できない」。これ、“世界史教師あるある”なんですよ。
──授業で細かく教えるのはダメ?
佐藤 ダメではありませんが、細かい話が面白いとは限らないでしょう? そういうのは「世界史大好き、授業中は目がキラキラ」な生徒にはウケますが、ほとんどの生徒は「あ~あ、世界史って細かいな」と受け取りがちです。「あの先生、ひとりで熱くなってんなー」と授業を遠巻きに眺めている生徒が、実はたくさんいるんですよ。
だから誤解を恐れずに言えば、高校の歴史の授業はある程度、薄っぺらくていいと思うんです。そして教える側は、「熱く語りたい」箇所を生徒が飽きそうなタイミングで入れていく。そういう年間スケジュールを立てることが大切かなと。
歴オタ教師が、歴史上の出来事を超詳しく語ると…
──授業が薄っぺらでいい?
佐藤 大げさに言えば、ですよ。世界史は国・英・数と違って、ほとんどの生徒が「知識ゼロ」の状態で授業を受けます。そこに歴オタ教師が、歴史上の出来事を超詳しく語る……これ、生徒によっては地獄でしょう? もちろん、生徒にウケる面白い話を持っているなら問題ないですが、「どうだ! オレは真実を知っている」的な教え方はご法度ですね。
たとえば、僕の卒論は『ジャンヌ・ダルクと百年戦争』でした。このテーマを語れと言われたら、5時間くらいは余裕でいけますよ(笑)。
──それは……生徒としては辛いかもです。
佐藤 百年戦争は、途中で国王が代替わりしたり休戦期間があったり、本当はかなり複雑です。でも細かく話し始めたらキリがない。
だから僕の授業では、こういう出来事も簡単なストーリーにして、大枠から語ります。百年戦争なら「最初の75年はイギリスが勝って、最後の25年でフランスがひっくり返す」。そして「負けたイギリスは戦争責任で内戦になる」「勝ったフランスはいい気になってイタリアに侵入するが、ドイツ皇帝にボコボコにされたあと宗教内戦になり、新しくブルボン朝ができる」。最初の導入はこれぐらい、薄くていいんですよ。
──ずいぶんあっさりですね。
佐藤 代ゼミの授業は受験用ですから、これだけじゃ終わらないです。ただ最初は、歴史を「面白ストーリードラマ」として語るほうがいいと思います。
生徒の気持ちをつかむ「歴史キメ台詞」が大事
──でも、教師としては、詳しく教えたいんじゃないですか?
佐藤 教える側としては、完全に不完全燃焼ですよ。「本当はこれ、違うんだよな」「もうちょっと違う見方や、深掘りができるんだけど」と。でもグッと我慢して、概要だけを面白く話す。それが、ゼロから教わる人には一番効果的だと思うんですよね。
さらにテクニックを加えるなら、僕はプロ講師として、授業の導入・中盤・ラストには、生徒の気持ちをつかむ「歴史キメ台詞」を必ず入れます。歴史を語るときはメリハリが大事で、「ここでキメて心に刻む!」という勝負所を逃しちゃいけません。
──「今から世界史を勉強したい」という大人は、どうしたらいいでしょう?
佐藤 まずは、YouTubeの『ユーテラ授業チャンネル』で、僕の世界史動画を見てほしいですね。代ゼミ歴30余年のワザを詰めこんでますから(笑)。
あとは、興味ある国別に「各国史」を読んでいくといいですよ。教科書のような年代順表記の世界史本は、あちこちの地域に飛ぶので混乱しがちですが、各国史はそうならないので。たとえば僕の『マンガで世界史が面白いほどわかる本』(KADOKAWA)を手に取ってもらえれば、世界史の面白さとわかりやすさを実感できると思います。
マンガの『世界の歴史』も、個別の出来事を楽しく理解するにはいいですね。僕のおすすめは集英社版。絵柄がちょっと地味ですが、頭に入りやすいです。
いろいろな方法から世界史に興味を持ってもらい、「今自分が生きる世界」が過去とどうつながり、未来にどう広がるのか、ぜひ学んでほしいと強く思っています。
(前島 環夏)