上川外相「うまずして」発言叩きでマスコミにブーメラン!「自民党失言対策マニュアル」製作者が警鐘
発言を撤回する上川外相 Photo:JIJI
「産む機械」発言再び……
上川外相はなぜ炎上したか
「ようやく決断をしていただいた。大きな大きな命を預かる仕事です。その意味で今一歩を踏み出していただいたこの方を私たち女性がうまずして、何が女性でしょうか」
上川陽子外務大臣が静岡県知事選の応援演説中、選挙に集まった女性支持者たちにこう呼びかけたことを「撤回」した。マスコミや野党から「産まない女性は失格ということか」とボロカスに叩かれたからだ。
一方で、ネットやSNSでは「切り取り」や「印象操作」だという指摘も多い。当初の一部報道では、「うまずして」ではなくわざわざ「産まずして」という表記にして、その前に言った「一歩を踏み出していただいたこの方」がゴッソリ抜け落ちていた。つまり、意図的に「産む機械」的な失言にもっていこうとしていたというのである。
確かに、共同通信社が海外に配信した英語版の解説記事でも「childbirth」(出産)という表現を用いて、「出産の重要性を新しい知事を選ぶことと同列に扱った」と解説した。切り取りか否か議論している間に、上川大臣発言は「産む機械発言再び」として全世界に配信されてしまったというワケだ。
個人的には、かなり飛躍した解釈のような気もしているが、その一方で上川大臣にそこまで同情はできない。かねてから自民党として「これをやりますと切り取られますから気をつけてくださいね」と口酸っぱく言ってきたことを、上川大臣はことごとくやってしまっているからだ。
例えば2019年5月、マスコミ各社が「自民党失言防止マニュアル」として報じた資料がある。これは党から所属全議員に配布されたもので、その中では、支持者の集会では気が緩んで「切り取り」のリスクが格段に増えることや、「女性」「うむ」などのジェンダーにまつわる発言をすると、問答無用でニュースのタイトルにされてしまうことなどが「警告」されている。
この「失言防止マニュアル」にもうちょっとしっかりと目を通してくれていれば、今回のようなビミョーな発言をすることもなかった。上川大臣が読んでいなくとも、秘書など事務所スタッフが頭に入れてくれていれば、発言直後に上川大臣に進言して、その場で撤回するなどできた。つまり、「失言防止マニュアル」を活用していればこんな大騒ぎになっていないのだ。
製作者が明かす
「自民党失言対策マニュアル」ができたワケ
そう聞くと「ずいぶんとこのマニュアルを持ち上げるじゃないか」と不思議に感じるだろうが、それにはちょっと個人的な事情がある。
実は「自民党失言対策マニュアル」とされているこの「文書」をつくったのは、この私だからだ。
いや、事実に基づいた言い方をすると、あれは「マニュアル」などではない。自民党本部で国会議員や秘書などを対象に行われた「パブリックスピーキング研修会」で、講師として招かれた私の講義資料をまとめたレジュメだ。
この記事の「著者プロフィール」にも書いてあるが、私は「報道対策アドバイザー」としてさまざまな企業や団体の危機管理に携わってきた。その中でも多いのが、公衆の面前で喋る機会の多い経営トップや有名人を対象とした「メディアトレーニング」というものだ。政治家も含めてこれまで300人くらいはトレーニングしてきた。
そういう実績もあって、自民党の研修にお声がかかったというワケだ。当時、自民党は「失言問題」に揺れていて、相次いで謝罪や役職の辞職に追い込まれるようになっていたので、えらいセンセイたちといえども、公での話し方や立ち振る舞いについて、改めてしっかりと注意をしてほしいという目的の研修だ。
そういう依頼を受けて、私から提案したのが「切り取り対策」だった。つまり、今回の上川大臣のような事態を回避する術だった。
では、具体的にどんなものか。「失言対策マニュアル」の元ネタである私の講義資料の中から抜粋して説明しよう。
当たり前の話だが、発言を切り取られないようにするには、切り取られやすいテーマ、シュチュエーションを「避ける」ことが最も効果的だ。そこで、私は「タイトルに使われやすい強めのワードに注意 表現が強くなリがちな5つのパターン」を紹介。その1つとして、以下のようなテーマは切り取られる危険性大と警告している。
●ジェンダー 女性活躍・出産育児・性差、LGBTへの個人的見解が問題視
EX .「産む機械」「女の知事はいらない」「同性婚は認めない」
さらに、重要なのが「スピーチをする場」だ。政治家の多くは、選挙応援など支持者が集まる集会、パーティでの挨拶、あるいは番記者とのオフレコ懇談会などで失言をする。こういう場で語るときにこそ細心の注意を払うべきだ、と以下のように注意を促している。
●支持者や身内と使っている「危ない表現」を確認
・周囲の喝采や同調に引きずられて、「公で言うべきことではない」ことを口走る
・身内の会合、飲み会で盛り上がる「トークテーマ」こそ注意すべき
選挙などで気持ちよく語ると
マスコミにとって格好の攻撃材料に
いかがだろう。すべて今回の切り取り騒動に当てはまるのではないか。静岡県知事の応援演説で、相手は自分を国会に送り出してくれた女性支持者たち。そこで「女性」という切り取られるリスクの高いテーマで気持ちよく語れば当然、バッサリといかれてしまう。
そうならないための方法を、この研修で私はお話させてもらった。元ネタの講義資料にも「女性」や「出産」に関する話をどうしてもしなくてはいけない場合、切り取りを回避できる「言い換え例」も提示している。こういう注意喚起が繰り返されてきた中で、「うまずして」という発言が飛び出た。ワキが甘いと言わざるを得ない。
という話を聞くと、「いやいや、発言を切り取って捻じ曲げるマスゴミが問題であって、上川さんは悪くないだろ」というお叱りをいただくかもしれない。
ただ、これも自民党の「パブリックスピーキング研修会」で語らせていただいたことだが、マスコミというのは取材して得た情報を面白おかしくしく切り取ることが仕事だ。
今回の上川発言にもさまざまな意見が飛び交っているように、物事にはさまざまな見方がある。「真実はいつも一つだ」などと名探偵コナンみたいなことを言う人もいるが、実は世界はもっと複雑で「こうも言えるし、こういう見方もある」というケースで溢れている。そんな複雑な世界を「わかりやすく、面白おかしく切り取る」ということを、マスコミで働く人々は新人時代から叩き込まれているのだ。
自民党から文書が流出
思わぬとばっちりを受けた過去
わかりやすい例をお示ししよう。なぜ今回、「自民党失言防止マニュアル」の元ネタは自分の講義資料だと明かしたのかというと、「マニュアルを作った人物」という誤解を解きたいからだ。
「マニュアル」の存在が報道をされたとき、自民党からこの文書がマスコミに流出し、そこに私の名前が記載されていたことで、さまざま媒体から問い合わせがあった。あるお昼の情報番組などでは「スタジオに来て解説してもらえませんか」なんて依頼もあった。それらを全て断っていると、今度はメディアの世界で「自民党のマニュアルを作っている人間」などと噂が流れるようになり、取引先企業でも「自民党の汚れ仕事をしているような人間を使うのか」と問題視されて、仕事を失ったこともある。
「自民党失言対策マニュアル」報道によってえらい不利益を被ったワケだが、先ほども申し上げたように、この世に「自民党失言対策マニュアル」などというものは存在しない。私は会社や自治体から呼ばれて講演をするのと同じように、自民党本部に呼ばれてそれを話しただけだ。
事実、マスコミが「失言対策マニュアルの現物」として写真や映像で紹介した文書の一番下には、《パブリック・スピーキング研修(講師・ノンフィクションライター窪田順生)のポイントをまとめたものです》としっかりと明記されている。つまり、この文書を手にした人は「自民党が招いた外部講師の研修資料」というのが一目瞭然なのだ。
研修資料を「マニュアル」と
表現するのがマスコミの仕事
では、「中立公正」を掲げるマスコミの皆さんはこの文書をどう報じたか。
・失言相次ぐ自民、防止マニュアル配布 幹部「あきれる」(朝日新聞デジタル 2019年5月22日)
・失言防止マニュアル 自民が議員に配布(NHK 政治マガジン 19年5月16日)
・発言は切り取られる…自民党が失言防止マニュアル作成(産経ニュース 19年5月22日)
・強めのワードに注意…自民が"失言防止"マニュアル作成 党関係者は「情けない」(毎日新聞 19年5月14日)
なぜみんなコピペをしたように「失言防止マニュアル」という言葉で統一されたのかというと、そっちの方が「話が面白いから」である。「外部講師の研修資料」というとパンチに欠けるので、その事実は伏せて、書いてある中身だけを切り取って「失言防止マニュアル」とバズるようなネーミングにしたのである。
いや、批判をしているわけではない。私もテレビ、新聞、週刊誌で働いてきたのでニュースの「価値」を上げるということがどれほど大変なのかということは、身をもってわかっているつもりだ。「これくらい話を盛る」というと語弊があるが、多少の脚色はしょうがないと思っている。
問題は「ミスリード」につながることだ。この文書の中で語られていることは全て私が考えて、私が喋っていることだ。なんなら本連載でもよく話しているようなメディアの情報操作の話である。
つまり、自民党が作成したわけでもないのだ。一行足りとも関わっていない。しかし、SNSなどでは「自民党がこんな風に考えているとはケシカラン」とか「切り取られた発言が誤解されるとかどの口が言ってんだ」という感じで、私が作成した資料や考え方が、自民党への攻撃材料にされているのだ。
このようなミスリードが起きてしまったのは、マスコミの皆さんが外部講師の研修資料という事実を伏せて、「失言対策」という部分だけを「面白おかしく切り取った」からというのは言うまでもない。
みなさんは、自分の会社でさまざまな外部講師に来てもらって研修をやるだろう。そのとき、参加できなかった社員のために講演資料を社内で共有することもあるだろう。それが何かのきっかけで社外に漏れて、マスコミが「この会社はこんなマニュアルを作成していたぞ」と大騒ぎをしたらどうか。おそらくシラけた感じで、こんな風にクレームを入れるはずだ。
「いやいや、ちゃんと調べてください。うちが作ったものじゃなくて外部講師の研修資料ですよ、ちゃんと名前も書いてあるでしょ」
このように世間一般の常識ならば許されることのない「乱暴な切り取り報道」が、政府や自民党の場合はセーフという状況がある。
なぜかというと、「マスコミ=正義」だからだ。権力の暴走を監視して、不正を正すという社会的意義のあるお仕事をしているマスコミには、「正義を実現するには、多少荒っぽいことをしてもいい」という慢心がある。その荒っぽいことのひとつが、「切り取り」ではないかと思っている。
マスコミ自身が「切り取りだ」と
叩かれないための心得
そういう現場のご苦労もよくわかるのだが、今回上川大臣の一件で「切り取り」批判が起こるように、そういう特権階級的な振る舞いをしていると、いずれマスコミの存続そのものを揺るがすような大問題に発展するかもしれない。
そこで提案だが、ニュースのタイトルをつける方たちに研修をされたらどうか。題して「ネットやSNSで切り取りだと叩かれないためにはどうすべきか」――。
私も20年以上、このような問題を扱ってきたので、それなりに語れることはある。自民党でやったものより、実りのある研修にしてみせよう。マスコミ上層部の皆さんは、ぜひ検討してもらいたい。
(ノンフィクションライター 窪田順生)