「神宮外苑再開発」問題が、都知事選の争点どころか実は都民が口出しすべき事案ですらないと言えるシンプルな理由
そもそも事業主体は東京都ではない
東京都知事選挙で、立憲民主党、共産党などが推す蓮舫は、神宮外苑の再開発の問題を争点化しようとしている。一方、現職の小池百合子は、現在この計画が一時的に止まっていることをもって、都知事選の争点にはなりえないとの立場を表明している。
しかし、仮に計画が滞りなく進んでいるとしても、そもそもこの問題が選挙の争点になるような類の話ではないということを、ぜひ理解してもらいたいと思う。
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まず、この再開発事業の事業主体は、東京都ではない。宗教法人明治神宮、独立行政法人日本スポーツ振興センター、伊藤忠商事株式会社、三井不動産株式会社の4者である。そしてこの4者の中心に位置するのは、地主である宗教法人明治神宮だ。
明治神宮は内苑に広大な森を保有し、この内苑の森の手入れなどに外苑での収益を活用してきた。つまり、神宮球場、秩父宮ラグビー場などの既存施設から得られる収益を、内苑の森の維持・管理などの費用として充当してきたわけだ。
神宮球場は建設からすでに97年、秩父宮ラグビー場も76年が経過しており、ともに古い設計のためバリアフリーになっていない、雨漏りがするといった問題が生じている。抜本的な対応をしようとしたら、建て替え以外に方策はないのだ。
それだけでなく、やはり古い時代の施設のために、スポーツ観戦のあり方が大きく変わった現代に適合するものでもなくなってしまっている。
現代的なボールパークでは、プールや大浴場などが併設され、そこから試合観戦ができたりするといったことも行われている。ピクニック気分で芝生でゴロゴロしながら野球観戦できたりするようなところもできている。つまり、遊ぶ・楽しむレベルが、単に野球の試合を見に行くというものから、大きく変わっているのだ。
新球場にはホテルも併設されることから、おそらくホテルの部屋やベランダから試合が眺められるようにすることも考えているのだろう。
また、神宮球場を老朽化した今のままの形で残すのではなく、現代的にアップデートしていかないと、ヤクルトスワローズが今後もホームグラウンドとして利用し続けてくれるかどうかもわからない。老朽化によって生じる経済的リスクを明治神宮側に一方的に押し付ける権限が、東京都の側にあるのだろうか。
内苑の森を守っていくことを考えるならば、野球場やラグビー場の経営を安定化し、今後も十分な収益を明治神宮が得られるようにすることは、むしろ大切なことではないだろうか。
緑地面積も樹木の本数もむしろ増加する
では、具体的にどのように建て替えをしていくのか。
まずは第二球場を解体し、その跡地に、秩父宮ラグビー場に代わる新たなラグビー場を建設する。そして新ラグビー場が完成したら、秩父宮ラグビー場を解体し、その跡地に新たな野球場を建設する。そして新たな野球場が完成したら、現在の神宮球場を解体し、そこを広場にする計画だ。この広場は広域避難場所としての位置づけも兼ねた場所である。
野球・ラグビーといったスポーツイベントは途切れることなく行えるようにしながら、順次建て替えを進めていく計画だと考えればいい。
また、事業者側が用意している「神宮外苑地区まちづくり」というホームページには、「みどりの計画の2つのポイント」として、4列のいちょう並木を守ることと、現在よりも緑の割合を増やすことが明記されている。
ここまで理解したうえで、下の図を見てもらいたい。
「神宮外苑地区まちづくり」HPより 拡大画像表示
左側が現状で、右側が完成後の姿だが、広くなるオープンスペースには緑地が含まれるわけで、明らかに将来のほうが緑の割合が多くなることがわかる。軟式野球場と第二球場がなくなるのだから、当然といえば当然だ。
もちろん、建設工事によって伐採される樹木はあるだろう。新しく植樹される木は伐採される木よりも若いから、枝も発達しておらず、付ける葉の数も当初は少ないかもしれないが、だからダメなんだ、これは緑を破壊する計画だというのは、私には屁理屈にしか思えない。
ちなみに樹木の本数は、従前の1,904本から1,998本に、5%ほど増加することになっている。
いちょう並木を損なう可能性はほぼない
そして、いちょうを守るという点では、こんなところまで気を使っているんだというのが、次の図からわかる。
「神宮外苑地区まちづくり」HPより 拡大画像表示
「現計画」と書かれた左の図と「検討案」と書かれた右の図の違いはわかるだろうか。
赤枠で囲われて示されるところの、右下あたりを見てもらいたい。土の中に埋め込まれる基礎が、ガッツリ埋め込まれた状態から、ほんの表層にしか埋め込まれない形へと変更されている。いちょうの根が土の中で広がっていることを想定した場合に、それをなるべく傷つけないようにしようという配慮までしているのだ。
そして新しい野球場ができる予定位置から1.5m分いちょう並木に近いところで、樹木の専門医である樹木医の立ち会いのもとで土を掘り起こし、この位置まで根が張り出しているかどうかの調査まで、根を傷つけない配慮をしながら行っている。
長くなるので詳細は割愛するが、この位置で根の調査を行うのが妥当かどうかをたしかめるための別の調査も行っている。その調査結果として、新しい建築物ができる予定位置から1.5m分いちょう並木に近いところで根の調査を行っても、根を傷つける可能性はほぼないことを、事前に確認しているのだ。
それでもなおいちょうの木の生育についての懸念の声が上げられていることから、野球場の建設位置をいちょうの木からさらに引き離すセットバックを行うことまで検討されているのだ。
見落としてはならないポイント
ところで、ここまでの大掛かりな工事の費用を、どうやって捻出するのだろうか。
開発後には、事務所棟、複合棟A,複合棟Bの3つのビルが建設されることになり、これらが民間所有となる前提で工事費用を捻出する計画となっている。
東京都が用意した「公園まちづくり制度」という仕組みを使い、従来よりもオープンスペースを広くし、緑地帯も増やしながら、民間の力を利用して、より望ましい状態へと公園を整備しようとしていて、これによって神宮内苑の森がしっかり守っていける経済的基礎が築かれるようにもなっているのだ。
「神宮外苑地区まちづくり」HPより
そして、ここで見落としてはならないポイントは、この大掛かりな整備計画には、東京都や国のお金は全く入っていないという点だ。
また、神宮外苑は東京都の都市計画公園に指定されていて、これまで開発が制限されてきたが、それでも明治神宮が所有する「民有地」だという前提も忘れるべきではない。明治神宮側の配慮によって、一般の人たちが公有地と勘違いしてしまうほど自由に使わせてもらえているだけであって、実際には明治神宮の所有地なのだ。
ここの緑地スペースを今より広げる方向で再開発を進めることに対して、一部に高層ビルが建つからけしからんなどという言い分が、一体どこまで主張できるのか。
民間が、補助金などの公的資金を全く使わずに、オープンスペースも緑地帯も今よりも広げ、ラグビー場にせよ野球場にせよ、時代に合わせてアップデートしていこうとしていることを、「けしからん」「やめるべきだ」なんて、都側が主張ができる根拠がどこまであるのか。
それでも左翼界隈が反対する理由
この話の原点は、おそらくは坂本龍一氏が、もともとの資本主義嫌いから、神宮外苑が私有地なのか公有地なのかも知らないまま、公的資金が使われないことも理解しないまま、さらに内苑と外苑の区別も付けない中で、貴重な森が失われると勘違いして、反対声明を出したまま亡くなってしまったことにあるのではないかと思う。
左翼的市民運動のアイコンとして重要な坂本龍一氏の考えを否定することは、左翼界隈ではタブーとなっている。そしてこの坂本龍一氏の遺志を継げとの対応は、その界隈の強い支持を集めるには、極めて重要だ。だから蓮舫はこれを争点化すると、ぶちあげざるをえなかったのだろう。
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ユネスコの諮問機関であるイコモスも計画撤回を求めているなどということが報じられているが、単に声の大きな主張にしか耳を傾けないイコモスのあり方が改めて浮き彫りになっただけだと見ればよいだろう。
神宮外苑の再開発について、現実的に考えれば、国や都、都民がその再開発のあり方について余計な口出しをすべき事案ですらないことを理解してもらいたい。