「ゆるすぎる…」いなば食品への世間の対応、なぜ騒動がくすぶったまま放置されているのか?
猫も気になる?ネットにあふれる「いなば食品」のニュース(写真はイメージです) Photo:PIXTA
くすぶり続ける「いなば食品」
監督官庁は動かないのか
「いなば食品」の新卒内定者大量辞退問題が、くすぶったまま放置されていると感じるのは私だけでしょうか。一般職の女性社員の9割が内定辞退。それも、募集要項にあった給与22万6000円が、入社してみると19万6450円と約3万円も低く、さらに「社宅完備」という募集要項にも偽りがあり、実際にはボロ家での集団生活というものでした。
「いなば食品」は従業員約5000人規模の大企業。普通は考えられない失態なのに、業務改善の発表も関係機関による正式な調査情報もありません。
まず考えられる理由が、この事実をテレビがあまり報じないからです。なにしろ、大量のCIAOチュールのCMが流れている状況では、「お得意様の悪口は報じない」というテレビお得意の報道機関としての使命を忘れた行動が、親会社のスキャンダルを抑え込んでいるからでしょう。
しかし、これは報道機関として見逃すべきことでは絶対にありません。内定辞退者は女性ばかり。しかも、新卒の内定者は社会的弱者として、労働法上も最大限の権利を保障されているのに、監督官庁が動いたというニュースもありません。
辞退者の1人は「総合職」として試験を受けたのに、内定してから「一般職」採用と説明され、だから給与が低いと説明されています。今回辞退した内定者は女性ばかりということは、総合職として求人しながら女性だけを一般職に回して給料も低くしたという、明らかに意図的な女性差別による人事が行われたことを意味します。大手就活サイトの告知を見ても、「いなば食品」の採用はすべて総合職となっており、これは明らかに違反行為と言わざるを得ません。男女差別、社会的弱者に対する一般職虚偽採用、社宅に関するあまりの誇大広告……先進国・日本の大企業がすべきことではありません。
就活サイトの「ゆる~い現状」
誤解を招きかねない募集情報
大手就活サイトをそれぞれ見比べたところ、確かにあるサイトの2026年版(26年卒、現在の大学3年生向け)では、いなば食品の募集要項は掲載されていません。一方別のサイトでは、「昨年版の採用情報を紹介」と断り書きがあり、「今年の条件は確約されない」とした上で、その情報を就活の参考にするよう勧める書き方となっています。あれだけの不祥事を起こした企業への対応としては、随分ゆるい印象を受けます。
ちなみに就活サイトの中には、いなば食品の前年の例として「基本給26万4000円+地域手当4000円+家賃補助6万円(平均)で合計32万8000円」「新卒者以降独身者全員に対し、会社指定の社宅に限り発生家賃の80%を補填(例外あり)」といった内容を紹介しているものもあります。世間のニュースに疎い学生は、いなば食品問題がクローズアップされる以前の情報を信じて、就職活動に入ることも懸念されます。
今まさに就活真っ只中である2025年卒向けに、いなば食品のセミナー情報やES(エントリーシート)提出の〆切日などを紹介していると思しきサイトもあります。
こんないい加減な情報の扱い方では、「総合職のはずが内定したら、一般職で給料も低かったと」泣く新卒学生が、またもや出てこないとも限りません。そもそも就活において、企業の採用情報はどのように公示され、確認されているのか。ある就活エージェント会社に聞いてみました。
まず、新卒就活への支援会社には3種類あることを踏まえておきましょう。いわゆる全国区の有名な就活サイトは、実際は就活広告サイトであり、基本的に企業から資金をもらって、サイトを訪れる学生たちに対してその企業への就活促進活動を行います。
一方、就活エージェントは、相談に来た学生に本人の希望にマッチする企業を紹介した上で、学生をその企業に入社させた場合にもらう成功報酬が収入源となります。そして公的機関としては、ハローワークだけが新卒採用情報を大学に提供できる仕組みとなっています。
学生はテレビCMなどで名が売れている企業に殺到する傾向があるため、直接消費者と接触しないBtoBの会社(部品や原料の供給などを主体とする会社)は、応募してくる学生が少なく、地域密着で小回りの利く地方の就活エージェントに学生集めを頼る傾向があります。そうした業者は企業の内情にも一番詳しいと考え、ある就活エージェントの社長に学生募集の仕組みと業界の対応の遅れについて事情を聞いてみました。
その幹部によると、「企業情報に関しては、就活サイトも地方の就活エージェントも情報取得の方法は変わりません」ということでした。双方とも厚生労働省が作成した「青少年雇用情報シート」に各企業が書き込んだ情報で企業の採用情報を知り、それを基に自社のHPを作ります。
厚生労働省の「雇用情報シート」における企業への要求は、後述するように相当細かく、たとえば以下のようなものです。
(1)募集・採用に関する情報 新卒者等の採用者数/離職者数など
(2)平均継続勤務年数 。 参考値として、記入日時点での平均年齢も記入
(3)採用区分(例:総合職/一般職)、学歴別(大卒/高卒)や事業所別、職種別などの情報
(4)給与、残業手当、社宅や住宅補助の金額
以下、正社員以外の情報や平均所定外時間労働、有給休暇の平均取得日数、育児休暇取得数、役員などの女性比率、 研修や自己啓発支援の有無など、かなり細かい項目が続きます。しかも男女差別をなくすため、育児休暇や有給休暇など働き方改革に乗っ取った運営をしているか、計算基準まで示して数値化することが要求されています。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000184082.pdf
企業が出す情報を丸呑み
就活エージェント関係者が語る実態
就活エージェントも就活サイトも、まずこれを見て、その数値をそのまま自社のHPに掲載し、学生の相談資料に入れることになります。つまりは企業の自己申告に頼っているのが、この制度の大きな欠点と言えるでしょう。
ただ、労働基準監督署からはその後指導があり、就活エージェントが就職をサポートした学生に対しての半年後調査が義務づけられています。定着率はどうか、給与などの条件面に相違がなかったかなどの調査をして、報告することになっています。
「いなば食品」の場合、このような騒動が起きたため、エージェントや就活サイトも内定辞退者に対してフォローをするとともに、「いなば食品」に対しても改善の状況を問い質すべきです。しかし現状では、とりあえず広告を停止するか、あるいは「去年の情報を見て個人で判断してくれ」という、かなりいい加減な情報提供をしていると考えられます。
本来は、直接問い質して、その内容次第では、今後就職に関する求人広告の掲載や採用サポートに協力しないという措置を、とるべきなのです(実際には、いなば側の結論が出ていないので、どう処理していいのかわからないのが本音でしょう)。
それだけではなく、青少年雇用情報シートへの記入には罰則規定もあります。また、ハローワークも同様の構造になっていますが、違反があった場合は求人広告の掲載を中止するという罰則もあります。
問題は、基本が企業の自己申告であるため、労働基準監督署に対して個人ないしは大学が抗議をしないと、なかなか監督官庁が調査や改善に動いてくれないという欠点があることです。しかし、「いなば食品」は静岡の大企業。現在、静岡は「天下分け目の決戦」といわれる川勝知事の辞任による補選が戦われています。与野党の候補者には、この問題がどうなっているのかを監督官庁に聞き、県民に対しても説明する義務があるはずです。
前出の就活エージェントの社長はこのように語りました。
「すでに、2025年卒業生の新卒採用は山場となっているにもかかわらず、昨年同様の告知を行っている就活サイトは、『いなば食品』に以前から広告料金をもらっている以上、監督官庁の調査を待つしか方法がないのかもしれません。しかし、やはりこれからの時代に求められる『働き方改革』のすべてに逆らっている、このような告知違反を行う会社を、私はとても安心して紹介し続けることはできません」
と説明した上で、こう断言しました。
「ウチの場合、『いなば食品』はもともとリストに入っていませんが、これから学生から相談がきても、推薦しないことにしています。我々は東海地区中心のエージェントですが、今までの経験から言っても、今回の一件は大企業とは思えない、いや中小企業でもやらないような、信じられないアンチモラルな行動だったので、正直、紹介しないのがエージェントとしての義務だと思います。
たぶん、すべての就活エージェントの考えもそうでしょうが、広告料金をもらっている大手はサイトとしての運用面で苦慮しているはずです。女帝の存在など、週刊誌の記事を見る限り、『いなば食品』の内部が変わらないと、なかなか告知通りの就職はできないように思います。この時期に、新卒採用に関わるすべての役所がまだ動いていないのが不思議です」
また、今回いなば食品は採用において「労働条件通知書」を出していないとも報道されています。労基法によって、労働条件通知書には必須記載情報があります。それは労働契約期間、更新基準、就業場所、就業時間、賃金・昇給など、法律で文書として発行が義務付けられているものです。しかし実際には、労働条件通知書を発行せず、口約束や面接時の口頭説明のみしかしていない企業もよくあります。「いなば食品」ほどの大企業でも通知書を発行していなかったとすれば、コンプライアンスに重大な疑義がつき、今後、関係各社から忌避される可能性は十二分にあるでしょう。
すでに、テレビアニメ『わんだふるぷりきゅあ!』(テレビ朝日系)は、4月26日に公式サイトで、いなば食品とのコラボ企画「いなばWanちゅ~る・いなばCIAOちゅ~る×『わんだふるぷりきゅあ!』画像投稿キャンペーン」の中止を発表しました。
「いなば食品」へのゆるい対応は
日本の汚点を海外にも広めかねない
実は、それ以外にも重大な問題が発生しつつあります。「いなば食品」は、チュールで有名になった日本の企業というだけではありません。大谷翔平選手の所属するロサンゼルス・ドジャースの本拠地であるドジャー・スタジアムに広告を出す契約までとった会社です。
ロサンゼルス市は毎年5月17日を「オオタニ・ショウヘイ・デー」と決めました。これは、1843年に初めて日本人移民が米国に到着したことから、5月を「アジア太平洋諸島系米国人の文化遺産継承月間」と定めてスタートした企画です。そんな栄光と未来に完全に反する「男女差別と乱れたガバナンス企業」が世界的に有名なスタジアムに広告など出す権利がないことを、関係各官庁はドジャース関係者に早急に伝える必要があります。
このままいくと、「いなば食品問題」は世界に日本の汚点をさらす危険さえ秘めているのです。
(木俣正剛:元週刊文春・月刊文芸春秋編集長)