「ケガだけが心配」の声も…DeNAオースティンが全力プレーをやめない深いワケ 本人が明かす「監督に胸ぐらを掴まれた日」「甲子園が大好きなんだ」
日々、ユニフォームを泥だらけにしながらプレーするオースティン。ジャッジとも切磋琢磨したバリバリのメジャーリーガーはなぜ全力プレーを続けるのか
その姿が見たかった、と思わずにはいられない。
バッターボックスに入る前の悠然とした雰囲気、バッティンググローブのベルクロテープを外しては付け直すルーティン、そして投手と相対したときのクールで鋭い眼光――。
横浜DeNAベイスターズのタイラー・オースティンがチャンスの場面で打席に立つと、横浜スタジアムの空気は一変する。
「今シーズンの目標は、一日でも長く健康でいて野球を楽しむこと。今のところはそれができているから、いい状態だと思うよ」
オースティンは口角を片方だけ上げ、チャーミングな笑顔を見せた。野球をやることのできる喜びが、その口調からは滲み出ていた。
実力を遺憾なく発揮している頼れる男
今季は来日5年目にして開幕戦(対広島)で初スタメンを飾り、3安打を放つなど頼りがいのあるところを見せたが、4月10日の中日戦で右太もも裏を負傷し登録抹消。またかと暗雲立ち込めたが、5月17日に一軍復帰すると、筒香嘉智が加わったDeNAの超強力打線にあって際立った存在感を見せている。
パ・リーグの投手を相手にした交流戦の成績は打率.338、5本塁打、13打点、得点圏打率.357、OPS1.086、さらに18試合連続安打を記録した6月の月間成績は打率.346、5本塁打、17打点、得点圏打率.471、OPS1.031というMVP級の卓越した数字を残している。
自分の数字よりも、フォーカスしているのはチームの勝利
だが、オースティンは言うのだ。
「自分の数字よりも、フォーカスしているのはチームの勝利。もちろん自分が打つことで勝利に貢献できればうれしいけどね」
初来日したときからオースティンは変わらない。バリバリのメジャーリーガーとして入団したが、決して驕(おご)ることのない日本野球をリスペクトした謙虚な姿勢。ただ純粋に勝ちたい、優勝したいという気持ちだけで、ブレずに野球と向き合っている。
自分の野球人生の中でも“底”だった時期
だからこそ過去2シーズンは相当苦しいものだった。怪我や手術が相次ぎ、まともに戦力になることのできない状態。本人はもちろん、長打を打てる右のクラッチヒッターの不在はチームにとっても痛手であった。
オースティンは記憶をたどり、当時のことをシリアスな表情で語る。
「自分の野球人生の中でも“底”だったというか、メンタル面でも非常に厳しい時期でした。とくに昨年終盤(9月)に右鎖骨関節の手術をしたときは、自分の人生でこういう瞬間が訪れるとはまったく想像していませんでした……」
荒波のように幾度も襲ってくるアクシデント。心が折れそうになった瞬間は一度や二度ではない。オースティンは責任を感じ、深く落ち込み、時にはふさぎ込むようなこともあったという。そんな様子を、2022年シーズンからオースティンの通訳を務めている後藤向輝氏は、脳裏に思い浮かべ、次のように語る。
「本当に野球に対して真摯ですし、毎日試合に出たい、チームの勝利に貢献したいと思っている人なんです。だから一軍のゲームを家のテレビで見ている日々は、かなりのストレスだったと思います」
一番の支えは、やはり妻の存在でした
つらい時間ほど、人間性が試される。オースティンは、自分がコントロールできないことに対して、あまり深く悩まないように意識づけをするようになったという。その手助けをしてくれたのは、家族や仲間たちだ。オースティンは柔らかい口調で言う。
「一番の支えは、やはり妻の存在でした。彼女自身、非常にポジティブな人間で、近くにいるときは相談に乗ってくれましたし、日本にいないときは動画を送ってくれて僕を励ましてくれました。あとはチームメイトや球団スタッフからも元気づけられましたし、とくに後藤通訳の友人のようなサポートには本当に感謝しているんです」
人が人を支え共生する。人間はひとりでは生きてはいけない。改めて後藤氏は、オースティンの人間性について次のように語る。
「適切な表現かどうかわからないのですが、彼は古き良きメジャーリーガーといった感じなんです。プレーする姿勢はもちろん、自分がキャリア的にも上であることを理解して、若手選手たちに気を遣ってあげる。例えば森(敬斗)や松尾(汐恩)、最近では(ジョフレック・)ディアスとか、一軍に上がってきた選手に対して、いろいろ親身になってアドバイスをしていますね」
若い選手にも気を配る理由
これは今現在のことだけではなく、過去2シーズン、DOCK(ファーム施設)で苦しい時間を過ごしているときも同様に、親身なアドバイスに加え、若い選手たちの誕生日があればケーキを準備したり、プレゼントをあげたりしていた。
後藤氏はつづける。
「いわゆる助っ人外国人選手がやらなくてもいいようなことを、彼は自分の役割と考え、率先してやっているんです。本当に素晴らしいことですし、自分がやってもらったことを次の世代に繋げたいという思いが強いようですね」
もはやチームの精神的支柱。そのことについて尋ねると、32歳のオースティンはちょっとだけ恥ずかしそうな表情をして答えた。
「まあ、もうベテランの立場だから若手選手を気にかけるようにしているだけなんだ。自分に話しかけやすい環境作りを意識してコミュニケーションをとってきて、最近は野球のことはもちろん、それ以外のことも訊きにきてくれるようになったよ。若い選手が一軍の舞台で萎縮することなく伸び伸びとプレーできることのが、チームにとっても理想だからね」
この人間とチームに目を向けたビッグハート。オースティン自身、ハイスクールを卒業し、19歳でプロとなり歩んできた道のりがあるだけに、若手選手の頑張りには必然的に手を貸したくなる。
「僕も、マイナーから上へチャレンジしているティーンエイジャーのとき、コーチやチームメイトに支えられた経験があるし、そういう出会いには今でも感謝しているんだよ」
オースティンがティーンエイジャーだったとき
そう言うとオースティンは、ニューヨーク・ヤンキースからドラフト指名された当時のエピソードを教えてくれた。
「ヤンキースの育成方針は、マイナーレベルであっても“勝利”や“優勝”だったんだ。そういったことが優先されるチームで育つことができたのは、自分の野球人生にとって大きかったと思う。あと、勝利至上主義のカルチャーであっても、監督やコーチは『どんなときでもなにかあったら話に来ていいぞ』といったオープンなポリシーがあって、そのバランスが今の自分の土台になっているんだ」
オースティンというベースボール・プレイヤーを作り上げてきた正体が、おぼろげながら浮かび上がる。
好成績も「まだしっくりとは来ていない」
さて今季、DeNAは勝率5割前後を行き来しながら、混戦状況になっているペナントレースから抜け出すことを虎視眈々と狙っている。
「チームとしてはまだまだ改善できる点はあると思うから、流れをいい方向に変えて勝利を重ねて行けば、絶対にチャンスはあると思う」
真っすぐな目でオースティンは言った。自分自身、これだけの成績を残していても、まだまだブラッシュアップの余地はあるという。
「正直に言えば、自分のバッティングに関してまだしっくりとは来ていないんだ。例えばカードを通して、あるいは週を通して調子がよかったことがなくて、そこを改善、継続するために田代(富雄)コーチとあれこれ意見交換している段階だよ。今はとにかく打球スピードを重視して、しっかりコンタクトして打席を終えることを大事にしているんだ」
NPBのピッチャーはお世辞抜きに好投手ばかり
NPBも5年目、日本のピッチャーに対して理解を深めた点などはあるのだろうか。
「理解したとは言い難いけど、僕が日本に来た2020年と比べてもピッチャーの平均球速はかなり上がっていると感じている。ただ、この5年の経験を通じて、打席の中での対応は良くなっているかもしれないね。まあNPBのピッチャーはお世辞抜きに好投手ばかりなので、ホームランを打ったら運が良かったぐらいの気持ちでいるよ」
そう言うとオースティンは苦笑したが、「けどオレは負けないよ」という自信が滲み出ているような気がした。
心配もされる「全力プレー」の原点とは?
試合にさえ出られれば、誰よりも頼りがいのあるナイスガイ。そう、すべてはコンディションに尽きる。現在はアップ時にトレーナーと一緒に新しいエクササイズに取り組むなど体の状態には細心の注意を払っているが、当然メンタルとフィジカルが一致しなければ本来の力を発揮することができない。
ただ思うのは、故障してしまうかもしれないという心配も多分にある一方、オースティンが見せる“全力プレー”は彼の持ち味であり、これ以上ない魅力でもある。まさに諸刃の剣と言うべきか。
果たして、オースティンにとって“全力プレー”の原点とはどこなのだろう。そう問うとオースティンはしばし考えを巡らせ、口を開いた。
「やはり最初は父親の存在だね。幼少期から『ハードにハッスルしてプレーしなさい』って言われてきたんだ」
全力疾走しなかったら、もう二度と使わないぞ!
そしてもうひとつ、プロとなりルーキーリーグの最初の試合のことをオースティンは教えてくれた。
「初打席でサードにファールフライを上げてしまったんだけど、そのとき僕は『もうプロ野球選手だから全力で走らなくていい』と考えてしまいファーストにジョギングしたんだよ。で、ベンチに戻ったら、監督に胸倉を掴まれて『全力疾走しなかったら、もう二度と使わないぞ!』ってものすごい剣幕で怒られたんだ。それからは心を入れ替えて、どんなときでも全力プレーするようになったんだ。当時の監督とは今でも親交があるんだけど、このあいだのオフシーズンにも会って『今の自分のメンタルを育ててくれてありがとう』って改めて感謝の気持ちを伝えたんだ」
プロフェッショナルとはなにか。抗いきれないパッションが体を動かす以上、もはや仕方のないことかもしれない。ただ、これまで痛い経験をし、野球そのものがプレーできない状況に苦しんだこともある以上、バランスをもって対応していってほしいと願うしかない。
ボクも高校球児のようにプレーし続けたい
とにかく自分らしいプレーを見せてください、と伝えると、「イエス」と言いつつ、オースティンは思い出したように甲子園大会のことを話し出した。
「じつは甲子園が好きで、時間があれば見ているんだけど、僅差のゲームであろうが、10対0で負けていようが、高校生たちは9回最後の1球まで、すべてを懸けてハードプレーをしている。この瞬間すべてが終わるかのように。そういう野球を見るのが本当に大好きだし、心を揺さぶられる瞬間なんだ。だから僕も、そういった野球をできる限りつづけていきたいと思っているんだ」
「フフフ」とクールな笑みを見せながらオースティンは言った。若い人から真摯に学ぶことのできる大人は清々しい。失礼を承知で言わせてもらえば、きっとオースティン自身が“永遠のベースボールキッズ”なのだろう。さあ、今日も激しく一生懸命に、勝利のため野球をエンジョイしよう――。