中露朝の国境を流れ日本海にそそぐ「豆満江」の開放、3カ国の思惑とは
中露朝の国境を流れ日本海にそそぐ「豆満江」の開放、3カ国の思惑とは
最近、国際戦略地政学の専門家たちに衝撃を与える出来事があった。日本海にほど近い、とある遠隔地の水域で中国船舶が航行を始める可能性があると報じられたのだ。
モスクワ・タイムズによれば、クレムリンが提案したロシア・中国・北朝鮮の3カ国合意の締結は近いという。渦中の地域と豆満江(とまんこう/トマンガン)の位置を示した地図をご覧いただきたい。
Getty Images
ご覧の通り、全長約500キロメートルの国際河川である豆満江は、中国と北朝鮮の国境として北へと蛇行したのち、東に折れる。そして、日本海に注ぐ直前に中国から離れ、ロシアと北朝鮮の国境となる。
ロシア・中国・北朝鮮の国境が接し、そのあと豆満江がロシア・北朝鮮の国境に変わるのは、太平洋岸(河口)から約16キロメートル上流の地点だ。つまり、中国は現在、この地域において海へのアクセスを持っていないが、プーチン大統領の発言を信用するなら、今後は豆満江を介した海へのアクセスが可能になる。
この動きは、何を意味するのだろうか? 戦略地政学の観点から注目される理由とは?
本題に入る前に、知っておいてほしいことがある。怖いもの知らずの筆者は2009年、豆満江と、ロシア・中国・北朝鮮が接する地点を訪れ、2本のコラムを執筆した。そこは酷寒で殺伐とした、見捨てられたも同然の地域で、訪問時の気温は氷点下20度ほどだった。
1本目のコラムは、同地域の商業、歴史、民族構成、戦略的重要性に関するものだ。そして、訪問を終えたあとに執筆した2本目のコラムでは、凍りついた川を徒歩で渡り、北朝鮮に渡った体験を綴った。
筆者は、カレントTV(当時はアル・ゴア元米副大統領が携わっていた)で勤務していた2人の韓国系米国人ジャーナリストの足跡をたどった。2人のジャーナリストは逮捕され、首都の平壌に移送され拘束されたが、のちにビル・クリントン元米大統領の訪朝を受けて解放された。第二次世界大戦から現在に至るまで、この地域が世界的に注目されたのは、この時だけだった。
筆者が訪問したあと、明らかに状況は変わった。ロシア側は今でも、国境検問所周辺に集落が1つある以外はほぼ無人地帯だが、中国側では、開発と商取引が活発化している。北朝鮮側も、中国が事業展開するエリアでは開発が進んでいる。とりわけ北朝鮮領内の沿岸部では、建設と運営をほぼ中国が担う羅津(ラジン)港が、中国製品を世界に輸出する窓口となっている。
金正恩総書記体制の北朝鮮領内では、中国製品はすべて豆満江にかかる橋を渡り、羅津港に陸上輸送されている。したがって、中国船舶が豆満江を航行し、直接太平洋に出るようになれば、羅津港は不要になるだろう。これにより、北朝鮮は巨額の損失を被るはずだ。
加えて、大型船舶による豆満江の航行を実現するには、大規模な浚渫(しゅんせつ)工事と拡幅工事が必要だ。中国の海へのアクセスを回復させるというプーチンの提案は、実現不可能な妄想に思える。
それならば、なぜプーチンはこのような案を持ち出したのだろうか?
中国による豆満江を使った海へのアクセスは、19世紀の清朝時代にロシアに割譲されたが、その後中国は、長年にわたって再獲得を望んできた(河口近くには北朝鮮とロシアをつなぐ古い橋がかかっているが、高さが低く、その下を大型船が航行できない。今回の合意は、大型船舶が通れるように橋を改修することに関するもの)。
現在のプーチンは、中国政府に対して、「ウクライナ侵攻への支持」の見返りに提供できるものが乏しくなってきている。今回の提案は、中国国民の心を掴むものであろうが、大ロシア主義を狂信するモスクワのプーチン政権支持者たちは激怒するだろう。
大ロシア主義者に言わせれば、仮に船舶航行を許せば、すぐに中国は公然と領土を主張し始めるはずだ。だが、プーチンには明確な意図がある。もし中国が日本海に直接アクセスできるようになれば、戦略地政学的な構図は劇的に変化する。
現状、中国海軍がこの海域に入るには、朝鮮半島をぐるりと迂回するしかない。だが、提案が実現すれば、中国が日本(および領有権が争われている複数の島)に直接圧力をかけることが可能になる。こうして緊張が高まれば、米国と同盟国は、海軍力に関する予測、防衛機能、準備体制、リソースの再考を迫られるだろう。
これは、ウクライナ侵攻に抵抗する西側諸国と同盟国に対して、プーチンが仕掛ける、世界規模の戦略地政学ゲームの一環だ。キューバ、欧州、(イランを介しての)中東に加えて、いまや極東も標的となった。
ロシア政府は、かつての反NATO共産圏の再構築を目論んでおり、豆満江を通じた日本海へのアクセスを餌にして、中国をそこへ取り込むつもりのようだ。
ただし、中国は今のところ、西側諸国からの制裁のリスクを冒すことに価値はないと考えている。中国にとって、世界を分断させ、自国の輸出先を、経済的に順調とは言い難いロシアとその同盟国だけに限定することにメリットはない。
加えて、中国にとって、羅津港のような北朝鮮の港を利用することは、(中国がそう希望するときには)自国製品に北朝鮮製のラベルを貼って他国に輸出することで、自国への経済制裁を回避する方法になる。豆満江を通じて直接海に出るようになると、こうした手法は取れなくなる。
以上のような理由で、中国がプーチンの誘いに乗ることはなさそうに見える。少なくとも、今のところは。
(forbes.com 原文)