「敵の母親を殺し、奪った孤児たちを奴隷に育てる…」サムライアリの戦い方が壮絶すぎた!
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アリが専門の学者・丸山宗利、無類の虫好きでおなじみ養老孟司、寄生虫研究者・中瀬悠太の3人は、昆虫の魅力を語りだしたら止まらない。昆虫はときに敵同士で戦うことがあるが、中でも“戦う昆虫”として知られるサムライアリは、他のアリの巣を強奪し、あわれな「被害者」を自分たちの「奴隷」として働かせるという。本稿は、丸山宗利、養老孟司、中瀬悠太『昆虫はもっとすごい』(光文社)の一部を抜粋・編集したものです。
負けた側はすべてを奪われる
サムライアリの植民地戦争
丸山 生き残るために戦うべき相手は環境ばかりではありません。縄張りを守るため、エサを守るため、または狩りをするためにも周りの敵と戦わないといけないことが多々あります。昆虫の戦法は多種多様で、さながら戦国武将のようです。
養老 戦うということは、それだけエネルギーをかける甲斐があるときなんだよね。
中瀬 たしかにそうですね。勝ってもたいした利益にならないときは、逃げたほうが得策ですから。
養老 それでも、何かと戦う昆虫もいる。もう、戦う昆虫といえばアリでしょう。サムライアリ。
丸山 はい。戦うだけでなく、ほかの種のアリに働かせる「奴隷制」を敷いていますからね。なぜそうするようになったのか、いちばん有力な説があります。あるとき、同種のアリ同士で縄張り争いやエサの奪い合いが起こり、それが繰り返されるなかでだんだんと本格的に戦うようになってきた。小競り合いから殺し合いに発展してきた暴力団の抗争みたいなものです。アリは、たとえ同じ種であろうと巣が違えば「みんな敵」ですから、顔を合わせればケンカになってしまうんですね。
では、「本格的な争い」とはどういうものか?強奪です。ただぶつかり合うだけでなく、強いほうが、弱いほうのエサや幼虫、蛹を奪い始めたんです。そして、さらに進化を重ねていくと、強いアリが弱いアリにさらにひどい仕打ちをするように。なんと、強奪した弱いアリの幼虫や蛹を、同じく拉致してきた弱いアリの成虫に育てさせ、奴隷として使役するようになったのです。
養老 格差社会みたいなものだよな。もともとは対等な立場だったのに、強者と弱者でどんどん差が開いていく。
中瀬 そうですね。一度転落するとなかなか這い上がれないところも、格差社会と似ているかもしれません。
丸山 では、具体的にアリはどのように奴隷制を敷いているのか?これは、いろいろな様式があります。養老先生のおっしゃったサムライアリは日本でもよく見る種ですが、サムライアリの女王は、成虫になったらまず巣の外に出て交尾をします。普通のアリであればそこで一から巣をつくるのですが、サムライアリの女王はそうしません。単身、果敢にも、クロヤマアリの巣に入り込んでいきます。そして、当然クロヤマアリたちの抵抗に遭いながらも孤軍奮闘し、女王を鋭いアゴで殺し、自分が女王に成り代わってしまうんです。
暑い夏に行われる
サムライアリの強奪作戦
養老 女王を殺されると、なぜかクロヤマアリはサムライアリの女王を「自分の女王」と思うようになるんだよな。
丸山 そうなんです。不思議なほど、まったく抵抗しなくなります。それで、巣を乗っ取った新女王は、自分の卵をその巣にいるクロヤマアリの働きアリたちに育てさせます。やがて、もともと巣にいた働きアリは寿命で死んでいき、だんだん巣の中からクロヤマアリはいなくなっていく。ここまでが、いわば第一段階。
養老 クロヤマアリの卵を産む女王はとっくに殺されているからね。どんどん、サムライアリの割合が増えていく。
丸山 そうです。そして、サムライアリの割合が一定の水準に達すると、ついに強奪作戦の決行です。暑い夏の午後、サムライアリは大行列を組んで新たなクロヤマアリの巣に入っていきます。もちろん、突然現れた大群にクロヤマアリも抵抗して戦いますが、攻撃力ではサムライアリの圧勝。サムライアリは、その名のとおり武装集団です。口は鎌のような形をしていて、戦うために生まれてきたようなヤツらですから。
悠々と蛹を奪って自分の巣に持ち帰り、孵るのを待つわけですが、サムライアリの巣の中で孵ったクロヤマアリは「自分はサムライアリの一味だ」と思い込んでしまうんですね。生まれたばかりのときには、種の匂いというのもなくて。だから、子育てからエサの調達まで、せっせと「自分の巣」のために働こうとするわけです。
養老 自分の母親を殺されたとも知らずに。もう、さながらノルマン王朝のヴァイキングだよな。
中瀬 資源を奪って、結果的に国を乗っ取るというやり口はそっくりですね。奴隷を使うのも集団で一気呵成に攻め込む戦法も、戦争さながらですし。でも、あの強奪作戦、なぜ暑いときに限定しているんでしょうね。
丸山 不思議だよね。
敵を知ることは勝利への第一歩
虫たちもムダな戦いを避ける
養老 サムライアリは、戦い方としてはかなり物騒なほうだよな。
丸山 ええ。もう少し高度な進化を遂げた仲間同士の争いだと、あまり直接的なケンカはしないようになるんです。お互いに怪我をしてしまったり、死んでしまったりするのは得策ではありませんから。だから、できるだけ直接攻撃を食らわないよう、最初は威嚇だけする種もいます。威嚇音を出すハシリハリアリやオオアリの仲間が代表格で、人間で言えば「ミサイル発射するぞ」「そんなこと言うなら経済制裁するぞ」と牽制し合うような感じです。お互いに戦いたくないから、威嚇しながらも撤退する。結構、高度でしょう?
中瀬 あと、いわゆる諜報戦もありますよね。
丸山 そうそう。実は昆虫は無謀に突っ込むことはあまりなくて、だいたい偵察を行います。相手の力量を予測して、巣の大きさ、相手の数なんかを見ているのでしょう。それで、「こいつには敵わない」と思ったら、ほかに勝てそうな巣を探す。家に上がってきて1~2匹でウロウロしているアリなんかも、典型的な偵察部隊です。ただ、人間と違うのは、そういう捨て駒みたいな役割だからといって必ずしも下っ端のアリが担うわけではないこと。
養老 働きアリはみんな平等だからね。労働者階級は、みんな一緒。
丸山 はい。ですから、エサを狩りに行くついでに、たまたま敵の縄張りに通りかかった働きアリが敵陣の巣を見に行く、という感じでしょう。
若い個体は巣穴で内勤し
老兵が最前線で体を張る
中瀬 たしかに働きアリは平等ですが、命の重さにはランクがあります。生まれてから時間が経っているアリ、ありていに言ってしまえば老い先が短いアリは、相対的に価値が低いと見られます。ですから、危ない仕事を担うのは主に老アリですね。
丸山 危険が多い外勤はベテランにお願いします、後世を育てる仕事は若い衆でやりますから、と。
中瀬 まさにそんな感じですね。人間でそんなことをしたら「人でなし!」と罵られそうですけどね。老アリは死をも辞さず、率先して危険に飛び込みます。これはスズメバチも同じです。若いうちは巣の中で幼虫の育成などを担って働いているのですが、歳をとるごとにだんだん外に出るようになって、攻撃性も毒も強くなっていきます。
養老 人間なんて逆で、若い人から兵隊にとっていくからね。あれはきっと体力の問題はもちろん、家族があると、生き延びたいと思って勇敢に戦わないからだよ。守りに入っちゃうから。
『昆虫はもっとすごい』 (光文社) 丸山宗利、養老孟司、中瀬悠太 著
丸山 ああ、そうかもしれません。あと、社会的な集団で動くハチやアリは、単独行動する虫に比べて相対的に命の価値が軽くなるので、ケンカっぱやくなります。自分が傷ついても死んでも、ほかの仲間が勝手に子孫を残してくれますから。一方で、単独行動しているやつは、自分が死ぬとそこで自分の遺伝子が終わってしまうじゃないですか。「子孫を残す」という生き物にとっての至上命題を達成するためには、まずなにより大切なのが自分の命。死ぬほどの争いは自然と避けるようになります。比較的平和主義だと言えるでしょう。
養老 だから、スズメバチの巣に人間が攻撃するとちゃんと反撃してくるし、一方で単独行動派のハンミョウなんかはまずやり返してくることはない。巣穴をつついても、奥に逃げ隠れるか、走って逃げていくかです。ちなみに、ハンミョウは人間から逃げるときにちょっと飛んではすぐにこちらを振り返るように見えるので、「ミチシルベ」の別名があって可愛いんだよね。