「琴奈さんを嫌いって人に会ったことない」女子バレー林琴奈24歳の不思議な魅力とは? 高校時代の恩師「そんな選手がおってもええな、と諦めた」
キャプテン古賀紗理那(左)と笑顔で写真に収まる林琴奈。攻守の貢献度が高く、眞鍋ジャパンのキーパーソンの一人
「やってしまった……」
サーブレシーブの名手である林琴奈(JTマーヴェラス)が身をかわしながら見送ったカナダのサーブは、無情にもエンドラインの内側に落ちた。ボールを避けた勢いのまま仰向けに倒れ込んだ林は、痛恨の表情で天井を見つめた。
第5セット、14-16でゲームセット。
勝てばパリ五輪出場が決まる6月13日のネーションズリーグ・カナダ戦で、日本は1、2セット目を連取し王手をかけたが、その後3セットを奪われ逆転負けを喫した。
「試合の中で、足が動いていないなと自分でも思ってて。特に後半になると足が止まってしまうことが多かった」
林は試合後のミックスゾーンで言葉を絞り出していたが、心ここにあらずという様子だった。
吉報届くも「正直、しっくりは…」
試合には敗れたが、他会場の結果も踏まえて世界ランキングのポイント計算をした結果、日本の五輪出場が決まったと、翌日、国際バレーボール連盟(FIVB)から通達された。
選手たちは眞鍋政義監督からその朗報を伝えられたが、林はホッとしながらも、複雑な思いだったという。
「もちろん嬉しかったんですけど、やっぱりカナダ戦に勝って、ちゃんと決めたかったというのが正直なところだったので、しっくりはきていませんでした」
それでも次第に気持ちは変化していった。
「カナダ戦だけを見たら負けてしまったんですけど、振り返ってみると、今までのみんなの頑張りがこの結果につながった。チーム全員、(コートに)入ってる入ってない関係なく、勝ちに徹してきた選手、スタッフ全員のおかげだと思っているので、そこは本当に自信にしてオリンピックに行けるようにしたいなと思いました」
ネーションズリーグはまだ続く。前に進むために、本当は見たくなかったカナダ戦の映像も見返した。
「相手がハイボールになった時の自分のブロックの位置どりの部分で、結構やられていることが多かった。あと、トランジションからでもスパイクの決定がしっかりできるように、毎回トスを呼んでいくことを意識しようと思いました」
第5セットのラストシーンも目に焼き付けた上で、15日のセルビア戦に臨み、活かせたと語った。
「(カナダ戦は)最後ああいうかたちでやられてしまったんですけど、あれがあったから、今日は、エンドラインと自分(の構える位置)の距離を、一回一回確認するようにしました。絶対同じことを繰り返さないように。
あの日はすごく、本当に悔しかったんですけど、次に向けてどうしていこうかと頭の中で整理して、そこは切り替えられていました。あの時はあまり足も動いていなかったので、試合後半もしっかり足を動かせるように、今日はタイムの時に(栄養補給の)ゼリーを飲んだり。そういうことも今日心がけてやってみました」
セルビア戦ではサーブレシーブが終始安定しており、ゆったりとした間のあるボールがセッター岩崎こよみ(埼玉上尾メディックス)のもとへ供給された。
黙々と仕事をこなし、ガッツポーズも小さめ
もっと主役になってもいいのに。
そう感じてしまう選手だ。林がいるとコートの中がスムーズに回る。サーブレシーブもディグも一級品の守備の要であり、攻撃でも、身長173cmとスパイカーとしては小柄ながら、ブロックの間を高速で抜いたり、吸い込ませたり、思わず「うまい」と唸ってしまうほど巧みに得点を奪う。間違いなく今の日本代表に欠かせないキーマンだ。
だがどちらかというとスポットライトを浴びることは少なく、本人もあまり前に出たがらない。
得点を決めてもガッツポーズはグッと拳を握る控えめなもの。むしろ他の選手が得点した時の方が感情豊かに喜ぶ。
激しいガッツポーズで盛り上げたり、声を張り上げて周りを鼓舞するというタイプではなく、黙々と自分の仕事をこなし、着実にチームのリズムを作る。
「そんな選手がおってもええな、と諦めたんですよ(笑)」と高校時代の恩師である金蘭会高校の池条義則監督が語っていた。
「林の時は、3年生のレギュラーが林ひとりで、あとはみんな下級生でした。当時からうまい子でしたけど、おもてに(リーダーシップを)表現できる子ではなかった。今のスタイルもそうですけど、ウワーッ!と盛り上げたりするんじゃなく、淡々と、ちゃんとやるべきことをやっていく。
でも僕も最初は『お前キャプテンやろ! もっとしゃべれ! 表現しろ!』と相当怒ったんですよ。でもそれがマイナスで、彼女には負担になってたんかなと。(高3の)夏のインターハイはトーナメント1回戦で敗退でした。『もっと表現しろ!』とか、できないのにやらせようとして、たぶんまいらせとったんやろうね、僕が。
『声を発しろ!』と言っても、出えへんもんは出えへん。だから、そうじゃないやつもおってええよな、プレーで見せるキャプテンがおってもええなって、考えるようになりました」
お決まりのキャプテン像に無理にはめ込もうとするのをやめると、林のプレーが見違えるように変わった。その後、秋の国体、1月の春高バレーで二冠を達成した。
「プレーがグワーッと上がってきて、林の奮起のおかげやなという印象がずっと残っています」と池条監督。
「琴奈さんを嫌いっていう人に出会ったことない」
いつも真面目で一生懸命。たまにちょっと抜けているところもあるが、それが周りの空気を明るくする愛されキャラだ。勝負の場で感情を大きく表に出さなくても、チームへの献身的な姿勢や人柄は、自然と人を惹き寄せる。
金蘭会高、JTでともにプレーしてきた1学年下の西川有喜はこう話していた。
「琴奈さんはあんな感じで、普段はちょっと大ボケな人だけど、『琴奈さんについていきたい』って、めっちゃ思わせてくれる人です。コートの中で張り切って声を出すとか、そういう感じじゃないけど、しっかり指示を出してくれるし、『琴奈さんのために頑張りたい』と思わせてくれるオーラがあります。琴奈さんのことを嫌いっていう人に出会ったことがないです」
いつも謙虚に一歩引きながら、でもやるべき仕事を完璧にこなす職人は、出場権を勝ち取ったパリ五輪に向けて、こんな決意を聞かせてくれた。
「自分のポジションのオポジットというのは、本来だったら攻撃の要の選手が入るんですけど、今、私は守備の要として入らせてもらっている。だから守備のところではしっかり自信を持って、本当にみんなを助けたいですし、それだけじゃなく、スパイクのところでもレフトだけに頼らないように。私はブロックが1枚や1.5枚になることが多いので、そこでしっかり決められるように。バランスよく、自分がチームの中心として戦っていけるようにしていきたい。
東京五輪の時はそんなに出る機会がなかったんですけど、今はこうやって出させてもらっているので、そこは本当に自信を持って戦いたいです」
控えめな林の口から出た「チームの中心」という言葉が、頼もしく響いた。