ロシア軍の最新鋭S-500防空システムがATACMSに対抗できそうにない理由
ロシア軍の最新鋭S-500防空システムがATACMSに対抗できそうにない理由
ウクライナ軍の米国製ATACMS弾道ミサイルを用いたとみられる攻撃を受けて、自軍で最も高性能な地対空ミサイルシステムである「S-400」の損失が相次いでいるロシア軍は、いよいよ焦りを募らせているようだ。
ウクライナ国防省情報総局(HUR)のキリロ・ブダノウ局長によれば、ロシア軍は最近、最新の地対空ミサイルシステムである「S-500」を初めて配備したという。ロシア軍はS-500をまだ1基しか保有していないとみられる。
ブダノウは地元メディアに、ロシアの占領下にあるクリミアにS-500が登場したと語った。クリミアとロシア本土を結ぶケルチ海峡を守るためだという。ケルチ海峡やそこに架かるケルチ橋はロシアにとって、クリミアを含む占領下ウクライナ南部への主要な補給路のひとつだ。
S-500は十数年前から開発が進められてきたが、ロシアの研究開発向け予算が戦時需要に吸い上げられるなか、スケジュールは延び延びになっている。現在は本格的な運用開始は2025年と見込まれている。
本格運用前のS-500がクリミアに引っ張り出されたらしいことは、現地でロシア軍の防空問題がいかに切迫しているかを物語る。ただ、ブダノウによると今回は「試験的な運用」とみられるという。
いずれにせよ、大きな成果は期待しないほうがいいだろう。現状のS-500とS-400の性能差はそこまで大きくない。そのS-400はこのところ、ウクライナ軍のATACMSによるとみられる攻撃で月に1回以上のペースでやられており、2022年2月の戦争拡大前の50基前後からじりじり数を減らしている。
書類の上では、S-500システムにはレーダーが少なくとも3つ含まれている。うち2つはS-400のレーダーと基本的に同じものだ。もうひとつの「77T6」というレーダーは、ATACMSのように高速で飛来する弾道ミサイルの探知に最適化されている。ただ、このレーダーは数年前に開発されたばかりであり、謎に包まれている。
英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のアナリスト、トーマス・ウィジントンも2022年7月の論考で、77T6の能力は「いまだによくわからない」と書いていた。
77T6レーダーを備えるS-500が最も高い効果を発揮するのは、これもATACMSのような弾道ミサイルに最適化された迎撃ミサイル「77N6」を使用する場合だろう。77N6はもともと、目標を直撃して破壊する「ヒット・トゥ・キル」方式のミサイルになるはずだった。
ヒット・トゥ・キル・ミサイルとは、弾頭を取り除くことでミサイルを軽量化し、機動性と命中精度を高めたミサイルだ。米陸軍の最新の防空ミサイルの多くはこのタイプになっている(編集注:パトリオット地対空ミサイルシステムのPAC-3ミサイルもこのタイプ)。
だが、軍事ニュースサイトの「ディフェンス・ニュース」によると、ロシアの産業界はヒット・トゥ・キル・ミサイルの生産に必要な精密電子機器の調達に苦労している。S-500の試作機は少なくとも1発の77N6を発射しているが、現在の77N6には弾頭が付いている。つまり、77N6はヒット・トゥ・キル・ミサイルではなく、ロシアが本来想定していたような、弾道ミサイルの迎撃に特化したミサイルではない。
そのため、新たに配備されたらしいS-500は、クリミアの防空システムを追い詰めロシア側が何らかの対処を余儀なくされている当の兵器に対して、あまり役に立ちそうにない。あらためて言うまでもなく、重量1.5t前後の精密誘導ミサイル、ATACMSである。
ウクライナに供与されているATACMSには、広範なエリアに致死的な子弾を数百発ばらまくタイプなどが含まれる。その子弾は、S-400、あるいはS-500のようなデリケートなシステムを無力化することができる。
(forbes.com 原文)