話題を集めた給水補助、パリ五輪落選後の未来「東京の世界陸上を狙っていけたら」 女子マラソン・加世田梨花(25歳)が自然体で続ける成長
パリ五輪をあと一歩のところで逃した加世田梨花。その目線は、すでに未来を見据えていた
パリ五輪の出場をあと一歩のところで逃した女子マラソンの加世田梨花(25歳)。名門・名城大をキャプテンとして引っ張り、ダイハツでマラソンと出会った彼女にも、トップランナーになるまでの紆余曲折があった。五輪選考レースを終えた加世田を訪ね、現在の思いを聞いた。《NumberWebインタビュー/全3回の最終回》
名城大学で世代トップクラスに成長すると、自らの希望でダイハツへの入社を叶えた。数多くの勧誘を振り切って、あえて勧誘を受けなかったチームに入部を希望したのはこんな理由からだという。
「一つは、大学の頃からずっと憧れていた細田あいさん(現在はエディオン)がいたから。それとやっぱりマラソンが強い。実業団でマラソンをやりたいなって思ったときに、思い浮かんだチームがダイハツで、練習を見学したらすごく雰囲気が良かったんです。あとは親戚の前田彩里さんがいたことも大きかったですね」
満を持して、実業団チームに加入。だが、入社半年後には、早くも辞表を出そうかというくらいに追い込まれた。
実業団入り前に体重が“7kg増加”
その原因は、卒業を間近に控えた大学4年時にさかのぼる。すべての競技日程を終えたことで気が緩んだのか、走ることをやめて食べたいものを食べたいだけ食べた。すると、体重が7kgも増えていた。
「けっこう太って入ったこともあって、前半は頑張ったんですけど、夏にぜんぜん走れなくなったんです。それで大学の恩師にも辞めたいって伝えたり……。でも、いま振り返ったら、うまくいかないのは周りの環境のせいとか、練習が合わないとか、自分が頑張れていないのを見ようとしていなかった。私、けっこう定期的にメンタルが弱くなるんですけど、この時もまさにそうでした」
秋の駅伝シーズンに入っても結果を残せずどん底にいた頃、コーチからある打診を受ける。
「マラソンを走ってみないか」
気持ちをリセットしたかった加世田にとって、渡りに船と言えるひと言だった。
「5000mなんてマラソンのたかが8分の1じゃないか」
「最初は、今かって思いましたけどね。まだ1年目だし、練習もしたくないようなメンタルの時にすごいことを提案してくるなって。でも、コーチからしたら、ダメなときだからこそ一番キツいことに挑戦して、少しでも成長してほしかったと思うんです。そこで『ダメでも何か変わるきっかけをつかんでくれたら良いから』と言われて、最後にマラソンを1本走ってみるのも悪くないかなって。その頃はひねくれていたので、素直に応じたわけではなかったです(笑)」
それでもいざマラソンのための練習を始めると、長い距離に自然と体がなじんでいった。未知の距離であった35km走や40km走の練習は、体が悲鳴を上げながらも新鮮な気持ちで走れたという。
マラソン練習に取り組み始めてからわずか4カ月後、2022年3月の東京マラソンで加世田はマラソンデビューを果たす。
アキレス腱を痛めた影響で足の状態は万全ではなかったが、自ら出場を志願し、2時間28分29秒のタイムで完走した。
コーチが期待したように、このレースで何か変わるきっかけを掴めたのだろうか。
「掴めましたね。やっぱりマラソンの練習って過去にないくらい走る距離がすごくて、でもそれをやったことで自信も得られた。シンプルにメンタルが鍛えられました。たとえば、今ならトラックの5000mなんてマラソンのたかが8分の1じゃないかって思える。もちろん走りの質は違うんですけど、キツくても走れるって思えるんです」
「これまでの人生で一番悔しい4位」
初マラソンから半年後、9月にベルリン・マラソンに挑戦すると、鈴木亜由子らを抑えて日本人トップに輝く。日本歴代10位(当時)に相当する2時間21分55秒の好タイムで7位入賞を果たした。
その後は、脱水症状に見舞われた昨年の世界陸上(ブダペスト)こそ19位と苦しんだが、10月のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)は4位、今年の名古屋ウィメンズマラソンでも4位と、つねに安定した成績を残している。
とくに世界陸上からわずかひと月半の準備期間で臨んだMGCでは、世界陸上参戦組が男子選手を含めて軒並み成績を落とす中、最終盤まで先頭争いを演じて存在感を示した。
本人もこう話すように、覚悟を決めたときの強さは本物だ。
「よくMGC1本に絞ったらとは言われていたんですけど、世界陸上に挑戦すると決めた時点で、コンディションを言い訳にしないと覚悟を決めていたので。だからなおさら、MGCの4位は悔しかったです。間違いなく、これまでの人生で一番悔しい4位でしたし、ちゃんとそういう勝負所で勝ちきれる選手になりたいです」
健闘とは認めず、悔しさをあらわにする。そこが彼女の強さであり、今後の伸びしろなのだろう。
パリ五輪を逃した先に、加世田が見据える未来
パリオリンピックの夢が絶たれ、一時は落ち込んだと言うが、下を向いているヒマはない。来年には東京で世界陸上が開幕し、それが終わればまた4年に一度の大舞台ロサンゼルスオリンピックが待っている。
名古屋を走って以来、しばらくレースからは遠ざかったが、関西実業団陸上競技大会(5月31日~6月2日)で復帰を果たすと、5000mと10000mの両種目を制した。次の目標については「マラソンで東京の世界陸上を狙って行けたら」ときっぱり。勝負師の顔である。
そこに向けての抱負を訊くと、こう言って朗らかに笑った。
「なんか私、スイッチが入ったら、集中力と負けん気だけは人一倍強いので。メンタルが落ち込むことも多いんですけど、それを乗り越えて成長していけたらって思います」
今、25歳。あくまで自然体で、次の日本女子マラソン界を引っ張っていく。《インタビュー第1回、第2回も公開中です》
(撮影=杉山拓也)