日銀の独立性は、どこへ行ったか……植田総裁の「仰天発言」で異常な円安に、その裏で岸田首相が犯していた「重大問題」

日本銀行は、6月14日の政策決定会合で、国債の購入額を減額する方針を決めた。これによって金融政策は量的引き締めに転換することになる。

世の中の関心はもはや引き締めの進展に焦点に移ってしまっているが、実は、ここに到る過程で起きた日銀の本質に関わる重大問題がやり過ごされてしまっている。

前回の政策決定会合後の4月26日の日銀総裁の発言は、「日銀は円安を放置する」と受け止められ、急激な円安が進んだ。これも問題なのだが、もっと大きな問題は、岸田総理大臣が、植田総裁に発言の修正を求めたことだ。これは、日銀の独立性を侵す行為ではないか?

日銀の独立性は、どこへ行ったか……植田総裁の「仰天発言」で異常な円安に、その裏で岸田首相が犯していた「重大問題」

by Gettyimages

日銀総裁発言で異常な円安が進行

「歴史的な円安」とか「異常な円安」と言われる事態が、日銀総裁の発言で引き起こされたことは疑いない。

日銀の植田和男総裁は、4月26日の政策決定会合後の記者会見で、「(円安によって)基調的な物価動向に大きな影響が生じれば、政策の判断材料になる」とした。そして、「円安による基調的な物価への影響は無視できる範囲か」という質問に「はい」と答えた。

この答えに、世界中が仰天したことだろう。「円安が進んでも、日銀はそれを放置する」と受け止められたのだ(形式論理的に言えば、この受け止めは、植田発言の裏命題だから、誤りなのであるが……)。そして、「円安を進める投機取引(円キャリー取引)を、日銀を気にせずに、どんどんやっても構わない」と受け止められたのである。

はたせるかな、この会見が終了する前から円安が進み、会見中に80銭ほど円安になった。そして、一時は1ドル=156円80銭台になった。さらに、4月29日には、一時1ドル160円まで円安が進んだ。

財務省が5月31日に公表した為替介入実績によれば、こうした急激な円安の進行に対して、4月26日〜5月29日にかけて、9兆7885億円の為替介入が行なわれた。

投機取引に利益の保証を与えたようなもの

なぜ植田発言によって円安が進んだのかを説明しよう。為替レートは「キャリー取引」と呼ばれる投機取引によって大きな影響を受ける。これは円で投機資金を借入れてドルに転換し、ドル資産に投資する取引だ。日本の金利がアメリカの金利より低ければ、金利差だけの利益が得られる。キャリー取引は円を売ってドルを買う取引なので、円安が進む。

この説明は誤りではないが、これだけでは不十分だ。なぜなら、仮に投機を手じまう時点で為替レートが円高になったとすると、借入を返却するために円高のレートで円を買わなければならないので、損失が発生するからだ。これが金利差による利益を上回ることは十分にありうる。したがって、キャリー取引はリスクが高い投機取引であり、必ず利益をあげられるとは限らない。

ところが、日銀が、今後暫くの期間、金融引き締めはしないと言えば、為替レートが将来円高になる確率は小さくなる。つまり、キャリー取引で利益を得られることが、ほぼ保障されるわけだ。最初に述べた日銀総裁の発言は、「いくら円安が進んでも、日銀はそれを止めようとはしないから、どんどん投機を進めても構いません」と受け取られた。つまり、投機取引に利益の保証を与えたと理解されたのである。

なお、日銀による円キャリー取引の推奨は、これまでもずっと行われていたことだ。2023年4月に日銀新体制が発足し、金融正常化を進めるとしながら、同時に、金融緩和を継続していくとしていた。4月26日の植田総裁の発言は、この路線をより具体的に述べたものに他ならなかった。

岸田首相が植田総裁の発言を訂正させた

ところで、問題は、以上にとどまらない。ある意味でもっと重要な事件が、この後に起きた。

円売りに歯止めがかからなくなった事態に危機感をもった岸田文雄首相は、植田総裁に面会して発言を修正させたのである(日本経済新聞、2024年6月3日)。その後、植田氏は一転。過度な円安には利上げで対応する可能性を示唆するなど、発言を修正した。

私は、4月26日の植田総裁の発言は不用意なものであり、総理大臣がこれを問題視したのは正しいと思う。しかし、このことと、直接に面会して発言を修正させることが適切かどうかは、別問題だ。なぜなら、この行為は、中央銀行の独立性を侵害するものと考えられるからだ。日銀法第3条第1項は、「日本銀行の通貨及び金融の調節における自主性は、尊重されなければならない」としている。

戦時中の1940年に制定された旧日銀法でこれに対応する条文は、「日本銀行ハ専ラ国家目的ノ達成ヲ使命トシテ 運営セラルベシ」だった(第2条)。この条文があるために、日本銀行は戦費調達のために大量の国債を引き受けてきたのである。現在の日銀法は、これに対する反省から上記の規定を置いた。つまり、この規定は、日本銀行の本質に関わる規定と言ってよいものなのだ。

岸田首相の修正要求は、この規程に抵触する大問題として論議されるべきだろう。

日銀の独立性はとっくに忘れられている

以上のように言えば、「2012年に、日銀の反対にもかかわらず、政府が日銀に2%の物価目標を導入させたことこそ、日銀の独立性に対する重大な侵犯だった」との指摘があるだろう。その通りである。

ただし、2012年当時には、これが日銀の独立性にかかわる重大問題であることが明確に意識されていた。そして白川総裁(当時)は、最後の最後まで抵抗した。そしてついに

刀折れ矢尽きて、政治の圧力を受け入れたのである。

ところが、今回は発言を修正させた側も、それを受け入れて発言を修正した側も、日銀法第3条第1項の規定を、すっかり忘れてしまったように見える。マスメディアからも、この事態に対して何の疑問の声もあがらない。

つまり、日銀の独立性という言葉は、すでに死語になっていて、誰からも忘れられた存在になっているのである。本稿のようなことを言いだせば、「些細な問題について何と大げさな」と言われるだろう。問題とすべきは、まさにこの点だ。

無法状態で行なわれる財政・金融政策

実は、重要な規定が忘れ去られているのは、これに限ったことではない。2013年からの異次元金融緩和は、財政法第5条に抵触している可能性があるのだ。

異次元金融緩和の基本的な手段は、国債の大量購入だ(2016年から、金利の直接コントロールが行なわれるようになったが、金利抑圧のための手段は、国債の購入だ)。

ところが、財政法第5条は、日銀引き受けによる国債発行を禁止している(国債の市中消化の原則)。この規定は、市場メカニズムによって国債発行に歯止めを掛けるためのものだ。

日銀が政府から直接に国債を引き受ければ、市中金利に影響を与えることなく、政府はいくらでも国債を発行することができる。しかし、市中消化の発行に限れば、国債発行額が増えると発行利回りが上昇し、財政資金のコストが高まる。したがって、国債発行に自動的にブレーキがかかることになる。この規定も、戦時国債大量発行の苦い経験から、無制限の国債発行を食い止めるために置かれたものだ。

異次元金融緩和においては、日銀は市中銀行が保有している国債を購入した。政府から直接に引き受けるわけではないので、形式的に言えば、財政法第5条には抵触していない。

しかし、日銀が民間金融機関から国債を入れれば、国債の流通価格が上昇する。つまり金利が低下する。したがって、政府が発行する新発国債の発行利回りも低下する。だから、日銀が直接に引き受けた場合と似た効果が得られるのである。

こうした問題があることは予想されており、日銀が購入する場合、民間の金融機関が国債を入れてから一定期間以上経った国債のみを日銀が購入できることとされていた。しかし、この制約が緩和され、民間金融機関が購入した直後に日銀が購入することも可能になった。つまり、右から左に転売できるようになったわけだ。そうであれば、国債購入後に金利が高騰して保有国債の価値が下落する危険を最小限に抑えることができるので、金融機関は、いくらでも国債を買える。そして、それを日銀に売却する。以上のことを簡単に言えば、大規模金融緩和は、事実上、財政法第5条の脱法行為になっているのだ。

重要な規定の侵犯は、さらに進んだ。2023年度当初予算案においては、建設国債を防衛費の財源にした。これは、財政法第4条に抵触していると考えられる。なぜなら、同条は、「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない」と規定し、ただし書きにおいて、「公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる」としているからだ。

日銀独立性の規定も、国債市中消化の規定も、そして建設国債の原則も、戦時財政金融の苦い経験から置かれた重要な規定である。それらが、いまやすっかり忘れ去られている。そしてマスメディアもこれが問題だと指摘しない。

日本の財政金融政策は、無法状態の中で行われていると言わざるをえない。

・・・・・

【さらに詳しく】『今や歴史的な円安~ビッグマックやBIS実質実効レートで見てわかった…!円の購買力が1ドル360円時代を下回る「危機的」な状況』

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