イタリア製皮革製品を「中国製」価格で供給する高級ブランドの下請け業者
ディオールは、刑事上の罪には問われなかったものの、「実際の労働条件や下請け会社の技術的能力を調べる適切な判断」を怠ったとの過失が認められた。
裁判所の調査はまた、このような非倫理的な生産慣習がイタリア全土で組織的に行われており、同国では数千もの小規模な外国資本の製造業者が、誇らしく「イタリア製」を謳いながら「中国製」の価格で製造された商品を高級ブランドに供給していると主張する。
高級ブランドがより高い利益を生み出そうとする中で、「これは単一の製品ロットに関係する散発的なものではなく、製造の方式に統合され、広く用いられているものだ」と文書には記されている。
イタリアの法律では、製造を委託する企業にはサプライヤーを適切に監督することを義務付けていることから、他の数十にのぼるファッションブランドのサプライチェーンも調査中であると、ロイターは報じている。
自浄が求められる高級品業界
「アルマーニやLVMHのファッションブランドであるディオールのような、高級ファッション産業のサプライチェーンに対して行われている最近の調査は、業界のトップ企業が意味のある変革に早急に取り組む必要性を浮き彫りにしています。人権侵害に基づいた高級ファッションのビジネスモデルは、もはや容認できるものではありません」と、イタリア・ヴェネト州アーゾロを拠点とするシンキング・ディメンションズ・グローバル・コンサルティングの業務執行社員、スコット・ニュートンは述べている。
この判決は、高級ブランドが盛んに喧伝している「環境(environmental)・社会(social)・ガバナンス(governance)に配慮する方針」に疑問を呈するものであると、ニュートンは言う。企業の環境に関する問題に取り組む態度が欺瞞的であるという主張は、「グリーンウォッシング」と呼ばれ、ありふれたものではあるが、環境問題は潜在的な影響を先送りにした人類存亡に関わる脅威である。しかし、人権侵害は、今ここにいる人々に影響を及ぼしている現実だ。ディオールはコメントの求めに応じなかった。
人より利益を優先
34ページにわたる判決書類によると、イタリア警察は3月から4月にかけて、ディオールの皮革製品の製造を請け負うペレテリア・エリザベッタ・ヤン有限会社とダヴィデ・アルベルタリオ・ミラノ有限会社の2社を査察したという。これらの調査で、次のようなことがわかった。
・1日24時間の労働力を確保するため、工場で寝ることを余儀なくされた労働者がいた
・電力消費量のデータマッピングは「休日を含めた昼夜にわたる間断ない生産サイクル」を示していた
・労働者がより迅速に作業できるようにするため、製造設備の安全装置が強制的に取り外されていた
・多くの労働者はイタリアに不法入国しており、正規の契約を結んでいなかった
このような非倫理的な行為によって、ある製造業者は「イタリア製」のディオール・ブランドのハンドバッグ(ディオールの製品コード「PO212YKY」)を53ユーロ(約9000円)でディオールに供給し、ディオールはそれを48倍もの2700ユーロ(約46万5000円)という価格で販売していた。
小規模製造業者と称されているが、過去1年間にディオールはペレテリア・エリザベッタ・ヤンから75万2881ユーロ(約1億3000万円)、ダヴィデ・アルベルタリオから73万7623ユーロ(約1億2700万円)、合計で150万ユーロ(約2億6000万円)近い額の請求を受けている。48倍の小売価格に換算すると7000万ユーロ(約120億円)以上に相当する。
ミラノ裁判所のファビオ・ロア裁判長は「残念ながら事業主は、ある商品やサービスがなぜそんなに安いのかということを、通常は疑問に思いません。単に利益を最大化する機会を掴もうとするだけなのです。普通の人は、あまりに安い値段だと警戒するものですが」と、ロイターの取材に語っている。
同裁判所は、イタリアのサプライチェーンに対する管理を改善するためのガイドラインを盛り込んだ提案書を、イタリアファッション協会をはじめとする各団体に送付した。
経営コンサルティング会社Bain(ベイン)の推定によると、イタリアは全世界における皮革製品の製造の50から55%を占めているという。そのため、人権侵害を撲滅し、倫理的に調達された製品を世界の高級品市場に提供するためには、イタリアが大きく関わってくる。
「主な問題は、明らかに人々が酷使されているということです。労働者の健康、安全、労働時間、賃金には、労働法を適用しなければなりません。しかし、もう1つ、大きな問題があります。それは、法律を守る企業が市場から追い出される不公正な競争です」。
「労働者搾取をなんとか根絶することができれば、利益は減少しますが、企業間の合法的な競争は実現できます」と、ロア裁判長は続けている。
業界のリーダーが主導するべき
残念なのは、大手高級ブランドが自らサプライチェーンを監督するために行動を起こすのではなく、司法制度が介入せざるを得ない状況になっていることだ。高級品業界のリーダーであるLVMHは、あらゆる企業の中でも、それができる力を持っている。
ディオールはLVMHの中でルイ・ヴィトンに続いて二番目に大きなファッションブランドだ。その服飾および皮革製品部門は、昨年のLVMHの862億ユーロ(約15兆円)という総収益の半分近くをもたらした。
LVMHはESG(環境・社会・ガバナンス)の面においても高い評価を得ている。同社は2022年、非営利団体のCDP(カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)による環境影響評価で、1万5000社を超える企業の中からトリプルA認定を与えられたわずか12社のうちの1つとなった。
環境面の持続可能性目標に関する企業の透明性と実績でリーダーを自認するLVMHにとって、人権面における責任は確かにそれと同じくらい重要であるはずだ。
業界全体で高級ブランドの評判が危機に陥る
ISTUD(イタリアのビジネススクール)などの教授で高級品業界のコンサルタントを務めるアレッサンドロ・バロッシーニ・ボルペによると、高級ブランドの請負業者の間における非倫理的な商慣行は、長年にわたり公然の秘密であったという。
「もちろん、噂は噂です。しかし、私が高級ファッション業界に入った30年ほど前から、そんな噂は広まっていました」と彼は話し、不健全な労働環境、過度の労働時間、相応の賃金が払われない不法就労者の噂に言及した。
「皮革製品のサプライチェーンでは、このような状況がより頻繁に報告されていましたが、衣料品のサプライチェーンでも珍しいことではありません」と彼は続けた。
今回の判決による潜在的な影響は、ディオールとLVMH全体の評判に大きな影響を与えると、バロッシーニ・ボルペは見ている。この判決が下される前には、LVMHの株価は1株あたり780ユーロ(約13万4000円)前後で取引されていたが、判決が報道された後には710ユーロ(約12万2000円)前後にまで落ち込んだ。
しかし、その影響はディオールやLVMHに留まらない可能性がある。「今回のことや同様の件が、高級ファッション業界全体の信用を傷つけるおそれがあります。多くのブランドが最近急激に値上げしたことに対する失望感の高まりと相まって、このニュースは顧客に、高級ブランドは上質な製品を提供すると信じることを、自然とやめさせるかもしれません」。
「すべての高級ファッションブランドが、集団的に非倫理的で持続可能ではない商行為に関わっているのではないかと疑念を抱かれるおそれがあります」と、バロッシーニ・ボルペは警告している。
「これは非常に厳しく修復が困難な打撃となるかもしれません。製品の有形で本質的な価値だけでなく、信頼や誠意といった無形の価値に対する疑問も意味するからです」。彼はそう結論付けた。
(forbes.com 原文)