「月9」が今期最大の目玉になっている…『silent』も手がけた「若き脚本家」が天才と言えるワケ
社会現象化した『silent』の再来なるか
『silent』級の感動、『silent』級の大ヒットとなるか?
7月1日(月)スタートの月9ドラマ『海のはじまり』(フジテレビ系)は、7月期ドラマのなかでもトップクラスに注目を集めている作品となっています。
その理由は、TVerの見逃し配信で驚異の7300万再生を超え、社会現象を巻き起こした『silent』(2022年/フジテレビ系)の脚本家・生方美久氏の最新作だからです。
生方氏はドラマ業界に彗星の如く現れた新進気鋭の脚本家。
1993年生まれで、大学卒業後に助産師や看護師として働くかたわら脚本を執筆しており、2021年にフジテレビ主催の「ヤングシナリオ大賞」で大賞を受賞。
その翌年にオリジナル作品である『silent』で連続ドラマデビューを果たし、大ヒット。その1年後にもオリジナル作品『いちばんすきな花』(2023年/フジテレビ系)でスマッシュヒットを飛ばしています。
ドラマ業界は90年代から活躍する大御所脚本家たちがまだまだ第一線で活躍していることなどもあり、オリジナル作品で勝負できる若手の売れっ子があまり育っていないのが現状。
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そんななか、コンクールで大賞を取ったばかりの当時20代だった生方氏を、GP(ゴールデン・プライム)帯の連続ドラマに抜擢し、しかも彼女の才能を評価してオリジナル作品『silent』で勝負に出たことは、フジテレビの大英断だったと言えるでしょう。
そして『silent』がいきなりの大ヒット。生方氏はフジテレビからの期待に倍返し以上で応えました。
こうして時代の寵児となった生方氏の連ドラ3作目『海のはじまり』がフジテレビの看板枠・月9で放送されるのですが、『silent』での好演が光ったSnow Man・目黒蓮さんが主演することもあり、『silent』級の感動や大ヒットになるのではと期待値が上がっているというわけです。
そこで今回は、最新作『海のはじまり』をより一層楽しむために、生方作品『silent』&『いちばんすきな花』2作の魅力を、年間・約100本寄稿するドラマ批評コラム連載を持つ筆者が解説していきます。
『silent』は人間の弱さや醜さを描いた
まずは2022年放送の『silent』。
主人公の紬(川口春奈さん)が、中途失聴者となっていた高校時代の元彼・想(目黒さん)と、音のない世界で“出会い直す”というラブストーリー。
高校卒業後に別れて以来8年ぶりに再会し、手話を通じて関係を再構築していく紬と想。そして二人の高校時代の同級生で、紬と3年前から付き合っていた湊斗(鈴鹿央士さん)、想に片想いする生まれつきの聴覚障害を持つ奈々(夏帆さん)が絡んできます。
視聴者を惹き付ける魅力となっている要素は多々あるのですが、恋愛コラムや恋愛カウンセリングを生業にしている筆者の琴線にもっとも触れたのは、人間の弱さや醜さの描き方。
『silent』は初回から一気に物語に引き込まれるのですが、とりわけ第1話のラストが秀逸。紬と再会してしまった想が、涙ながらに手話で語る言葉の数々が狂おしいのです。
≪声で話しかけないで 一生懸命話されても 何言ってるかわかんないから 聞こえないから 楽しそうに話さないで 嬉しそうに笑わないで≫
≪なんで電話出なかったのか 別れたのか これでわかっただろ?≫
≪好きだったから だから 会いたくなかった 嫌われたかった 忘れてほしかった≫
≪うるさい お前 うるさいんだよ≫
手話で一気にまくし立てる想。
紬に意味が伝わっていないことを承知で手話を使い続けるのですが、その言葉がとにかく情けない。紬だって辛い気持ちを押し殺し、無理して笑顔を作っていたのに、恨み節のような言葉を乱発。耳が聞こえない彼の≪うるさい≫は、あまりに重い。
一方的にフラれただけで一切非はない紬に対して、彼女は意味がわからないとはいえ鋭利な言葉を浴びせる想は、障害で苦しんでいるとはいえ、どこか自己中心的で弱い人間に見えました。ただ、それが恋愛の芯を喰ったリアリティさとなっており、とてつもなく切ないのです。
えてして恋愛ドラマは真っすぐで精神的に“強い”二人が結ばれたり、美辞麗句ばかり並べたりしがち。筆者的にそんな“きれいごと”だらけの物語は食傷気味になっていたため、きちんと人間の脆さや嫌な部分を見せていく『silent』が胸に刺さったのです。
ディテールへのこだわり…神は細部に宿る
『silent』はいい意味でストーリーの進行の遅さも特徴であり魅力。
ゆっくりじっくり話が進むので登場人物たちの心の機微が丁寧に描かれており、視聴者はより深く共感、没入できるのです。
序盤から終盤までのあらすじをざっくり解説すると、まず紬と想が再会し、湊斗が二人のためを想って身を引き、奈々が想への恋心に決着をつけ身を引き、想が改めて自身の障害と向き合って――というたったこれだけのストーリー。
サクサクと物語を進めていけば、2時間映画でおさまるんじゃないかと思うぐらい、劇中の出来事は少なめ。ですがそのスローリーな展開だからこそ、四人の感情の推移を繊細に描けているのです。
また、作品をメタ的視点で考えた場合、いわゆる当て馬キャラである湊斗と奈々にも“やさしい”のも特徴。
多くの恋愛ドラマでは、当て馬は主役二人の恋愛成就のための踏み台でしかなく、その人物の心情に寄り添った演出やエピソードは、ささっと短く適当に扱われることも少なくありません。
フジテレビ公式サイトより
しかし『silent』では、第4・5話は湊斗にフィーチャーした回となっており、丸々2話分使って彼が身を引くまでの過程がじっくり描かれました。第6・第7話は奈々にフィーチャーしており、特に第6話は冒頭から約15分間もの長尺で、奈々と想の出会いの回想シーンが描かれました。
当て馬キャラにも深く感情移入させられる構造となっているため、視聴者は紬と湊斗が同棲を始めて幸せに結婚する世界線も想像して複雑な心境になったり、奈々の悲しみや怒りといった心のなかの澱(おり)が消え去る瞬間に涙腺を刺激されたりしたのです。
「神は細部に宿る」という言葉がありますが、『silent』はまさにソレ。ディテールにこだわり抜いたシーンが随所に散りばめられ、登場人物たちの心情を深く深く掘り下げていくため、毎回ズシン…と胸に響く切なさがヤバすぎる。
こうして『silent』は令和の恋愛ドラマを語るうえで欠かせない名作に“成った”のでした。
では、2023年放送のドラマ『いちばんすきな花』はどうだったのでしょうか。
後編記事『『silent』級の感動が再び…月9新作『海のはじまり』に最大の注目が集まる「納得の理由」』で詳しく解説します。