菅前首相が「岸田降ろし」に邁進する深い事情 「我慢の限界」にネットで「おまいう」批判も相次ぐ
自民党千葉県連大会で講演する菅義偉前首相(写真:時事)
“裏金国会”閉幕に合わせたかのような、菅義偉前首相の岸田文雄首相に対する“口撃”連発が、政府与党内に複雑な波紋を広げている。岸田首相の責任回避の姿勢や一連の独断専行が「我慢の限界を超えた」(側近)とされるが、ネット上などでは菅氏に対し「首相経験者としての矜持がない」「おまいう(お前が言うな)」など批判も相次ぐからだ。
そもそも岸田政権発足以来、「菅、岸田両氏は互いに“天敵”の関係」(閣僚経験者)とみられており、水面下では「常に相手の出方を見極め、牽制し合ってきた」のが実態だ。その一方で、表向きには菅氏も「首相経験者は大所高所の立場で政権運営を見守るべきだ」として“岸田攻撃”を控え、岸田首相も折に触れて菅氏と会談するなど、互いに「共存関係」を装ってきたのも事実だ。
しかし、9月下旬と想定される総裁選投開票まで約3カ月となり、自民党内の「ポスト岸田」の動きが急拡大する中、反岸田勢力の旗頭と目される菅氏が動き出したことで、政局は一気に緊迫化。しかも、「ポスト岸田政局のカギを握る立場」(自民長老)の麻生太郎副総裁と菅氏との「キングメーカー争い」に加え、なお旧安倍派を取り仕切る森喜朗元首相も含めた首相経験者同士の主導権争いが、今後の展開をさらに複雑化させている。
ただ、こうした実力者同士の駆け引きには、党内から「昭和の権力闘争そのもの。そのこと自体が自民の反省のなさを露呈し、結果的に国民の政権交代願望を拡大させている」(若手有力議員)との批判も相次ぐ。「今こそ若い人たちが立ち上がるべきだ」と繰り返す菅氏に対して「もう首相経験者は表舞台から去るべきだ」との批判もあり、現状では「菅氏の思い通りの展開とはなりそうもない」(自民長老)のが実態だ。
岸田氏不出馬を前提に「総裁選での党再生」主張
一連の菅氏の「岸田批判」の具体的内容が集約されていたのが、6月26日発売の「月刊Hanada」に掲載されたインタビュー記事。同氏はその中で、派閥裏金事件に対する岸田首相(党総裁)の対応について「各派閥と同じような処分を自身に科すべきだった。責任を取るべきだった」と厳しく非難。その一方で、首相の派閥解消決断は評価しつつも、麻生派などの存続について「全ての派閥を一気に解消すべきだった」と指摘した。
さらに菅氏は、「(次期衆院選は)自民に厳しい戦いになる。政権交代もあり得る」と自民下野への強い危機感を強調。9月に予定される党総裁選については「党を覆う嫌なムードを払拭する機会にしなければならない。自民には若い優秀な議員が少なからずいる。おのずと意欲ある若手が出てくるのではないか」と、岸田首相の不出馬を前提に党再生を目指すべきだ、との認識を示した。
こうした菅氏の一連の発言について、林芳正官房長官は6月26日の記者会見で、「政府としてコメントすることは控えたい。国民の政治に対する不信の声を真摯に受け止め、先送りできない課題に引き続き専念し、結果を出していきたい」と述べるにとどめた。
そうした中、国会閉幕後相次いで公表された主要メディアの世論調査では、内閣と自民党の支持率がいずれも過去最低を更新するケースが目立つ。だからこそ自民党内では、次期衆院選での政権交代につながるとの不安から、「岸田降ろし」の動きが加速しているのだ。
読売新聞が21~23日に実施した全国世論調査でも、内閣支持率は自民が政権復帰した2012年以降最低の23%となり。自民支持率も前月の27%から25%に下落し、12年以降の最低(23%)に迫っている。
麻生、茂木両派からも「岸田退陣論」が噴出
このため、岸田政権の主流派と位置付けられる茂木派からも「ゆめゆめ岸田首相は(総裁選)再選などと口にせず、思いとどまってほしい」(東国幹衆院議員)という発言が飛び出した。また、国会閉幕前に政治資金パーティーを開いた麻生派の斎藤洋明衆院議員も公然と岸田首相の〝退陣論〟を主張したが、麻生氏の面前での発言だっただけに「親分の意向を受けての発言」(岸田派幹部)と受け止められている。
その一方で、党内での岸田批判に歯止めがかからない現状についての苦言も出る。岸田派幹部の田村憲久政調会長代行は、6月23日のフジテレビ「日曜報道 THE PRIME」で「けなし合いは党にとって良くない。言うなら(首相)本人に(直接)言った方がいい」などと、党内の動きを牽制した。さらにここにきて自民批判が目立っていた与党・公明党も、「外野から混乱させる振る舞いはしない」と自民党内の岸田降ろしの動きには同調しない構えだ。
そうした状況だからこそ、菅氏の言動が注目される訳だが、一連の菅発言についてネット上では「フィクサー・スガーリンがついに動き始めた!」と歓迎する声もある一方で、「いやいや、所詮は同じ穴の狢でしょ」と冷笑する向きも少なくない。その背景に「菅氏自身が裏金事件を受けて自民党が立ち上げた政治刷新本部の最高顧問だったのに、その時点では何も発言しなかった」(岸田派幹部)ことがあるとみる向きもある。
確かにネット上では「菅さんは今まで死んだふりをしていたが、ここが勝負と見ているのか。ただ、『おまいう』だな」「政権がわずか1年で終わったのは、菅さんへの国民の失望が原因のはず」など菅氏を揶揄する書き込みも目立つ。
そこで永田町スズメが注視するのは「菅氏は総裁選で誰を担ぐのか」(麻生派幹部)だ。すでに党内では「結局、菅氏は国民的人気がダントツの石破茂元幹事長を担ぐ」(同)との臆測も広がるが、菅氏自身は「すべてはこれから」と手の内を見せない。
その菅氏が6月6日、都内のすし店で、萩生田光一前政調会長、加藤勝信元官房長官、武田良太元総務相、小泉進次郎元環境相と会食した。 もともと菅氏は 、それぞれの頭文字を並べて「HKT」と呼ばれる萩生田、加藤、武田3氏とは定期的に会食してきたが、そこに小泉氏が参加したことが、総裁選絡みで党内に波紋を広げたのだ。
小泉氏を加えた4氏はいずれも菅政権で閣僚を務めており「いずれも菅氏の手駒」(麻生派幹部)とみられている。このため党内では「大幅な世代交代なら小泉氏、党内のバランス重視なら、茂木派幹部なのに故安倍晋三元首相とも親交があった加藤氏を担ぐのでは」とのうがった見方も出る。
いずれも決め手に欠ける「菅氏の手駒」
そうした中、麻生派幹部でもある河野太郎デジタル担当相が26日夜、都内で麻生副総裁と二人だけで会食したことも大きな話題に。かねて「ポスト岸田」への意欲を隠さない河野氏だけに、党内には「総裁選出馬で麻生氏の了解を求めた」との臆測が広がったのは当然だ。
これを受け、同日夜から27日朝にかけ、中央紙やテレビメディアの多くは「河野氏が、9月の自民党総裁選に出馬する意向を麻生氏に伝えた」と報道したが、河野氏は27日午前「どの河野さん? 面白い小説だと思います」などとはぐらかした。というのも河野氏は「本籍は麻生派だが、実質的後見人は菅氏で、両親分の了解がなければ、総裁選出馬は困難」(自民長老)とみられており、「軽々に答えられる状況ではない」(同)からだ。
こうしてみると、菅氏の手駒とされる総裁候補たちは「麻生氏とのキングメーカー争いの道具としても、いずれも決め手に欠けている」ことは否定できない。このため、岸田首相も「麻生、菅両氏の主導権争いを利用すれば、総裁再選は可能」(側近)とみて、連日のように麻生氏との密談を繰り返しているとみられており、現状では「総裁選告示直前まで、出たとこ勝負が続く」(自民長老)ことは間違いなさそうだ。