カニ山盛り「2時間1万2000円」ブッフェの破壊力 コロナ禍で怒涛の出店をした企業の正体
海鮮ビュッフェレストラン「銀座八芳」の中央に並ぶビュッフェテーブル。2時間1万2000円で約150種類のメニューが食べ放題だ(撮影:梅谷 秀司)
東京・銀座にある「海鮮ブッフェダイニング 銀座八芳」。カニやウニなど高級海鮮をはじめ150種類を超えるメニューが食べ放題とあって連日にぎわいを見せている。
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同店を経営するFANG DREAM COMPANYの孫芳社長はもともと留学生として来日。2013年に29歳で銀座に中華料理店をオープンして以来、銀座エリアを中心に16店舗を経営している。コロナ禍でこのうち13店をオープンしたというが、怒涛の勢いを維持している秘訣は何なのか。
「2時間で1万2000円」でもお得感がある
新橋、汐留にも近い銀座8丁目にある「銀座八芳」。16時に訪れると店の前には行列があった。次々と店内に入ると、お目当てのブッフェテーブルに向かっていく。「わー、すごい!」「何食べる?」と驚きの声が上がり、中には写真を撮る人も。
それも無理はない。中央のテーブルにはタラバガニやエビ、刺身などがこれでもかとふんだんに盛られている。このほかにも、殻付きホタテ、蝦夷アワビなどの豪華な海鮮食材のほか、北京ダックなどの中華、和牛焼肉、江戸前寿司、比内地鶏ラーメン、牛すじカレー、さらにはデザートまで150種類を超えるメニューがずらっと並ぶ光景は壮観の一言だ。
【写真】カニやエビなど海鮮だけでなく、北京ダックや焼き肉、揚げ物からデザートまで約150種類のメニューが並ぶ圧巻の「ビュッフェコーナー」(20枚以上)
これらのメニューが食べ放題で、さらにビール、日本酒、焼酎、ワインなどの飲み放題がついて2時間で1万2000円。確かに値は張るが、「お得感を感じられる」ということをコンセプトに掲げている。
「欧米にはこういうブッフェ形式のレストランはたくさんあるのに、日本にはホテルにしかない。それを不思議に思っていて、いつか自分でやってみたかったんです」と孫社長は話す。
コロナ禍に契約し、オープンしたという店は400人を収容できるほどの大きさだが、「ほぼ毎日予約で満席です」(孫社長)。銀座という場所柄、店内には外国人客も多くみられる。在住外国人に加え、インバウンドの観光客も増えているそうで、現在、日本人と外国人客の割合は半々という。訪れた日も、外国人客が熱心に皿の上にマグロの刺身を盛っていた。
「円安に加えて、食材もいいものを使っているので、飛行機代を勘案してもここで食べたほうがお得、と。中国や欧米の人の中には、『向こうで食べるより安い』とリピートするお客様がいます」(孫社長)
こぼれんばかりに並べられたカニの迫力(撮影:梅谷 秀司)
中国・河南省出身の孫社長が来日したのは2002年、18歳のとき。「日本の歌手やアニメが好きで、特に浜崎あゆみのファンだった」彼女は、日本語学校に学んだ後に短大、大学に進み、マーケティングや情報メディア論などを学んだ。
卒業後、中国系の企業に就職し通訳・翻訳の仕事に従事する。ところが「これが私のやりたいことではない」と気づく。街の小さな飲食店を経営していた両親のもとで生まれ育ち、子どもの頃から店を手伝っていた。来日してからも居酒屋でアルバイトするほど、彼女にとって飲食店は身近な存在だった。そこで経験はないながらも、自身の店を開くことを決める。
「半年間は自分の人件費すら出せなかった」
当初から狙いを定めていたエリアは銀座だ。会社員時代に接待などで利用し、多少の土地勘があった。そして孫氏には、ある勝算があった。
「銀座の老舗のお店に行くと、1回の食事で最低でも2万、3万円はします。でも一般的なサラリーマンにとっては高すぎる。高級感があって、それでいて1万円程度で楽しめる『お得感のある高級店』があればはやるのでは、と考えました」
牡蠣やホタテなどの「貝類」コーナー(撮影:梅谷 秀司)
開業に向け、理想の物件を探し回るが、「外国人だから」との理由で不動産業者やオーナーから物件の契約を何度も断られてしまうこともあった。契約に至るまでは1年を要した。銀行も、外国人で飲食店の実績のない孫社長が借り入れるのは容易ではなく、自らの貯金と、両親、友人に借金して3000万円を調達した。
こうして2014年1月、念願のレストラン「中国料理 GINZA芳園」をオープンする。
「半年間は利益が出ず、私の人件費も出せなかったほど」と苦笑するが、それでも「お得感のある高級中華料理店」の評判が徐々に広まり、テレビや雑誌でも採り上げられるように。平日にはサラリーマン、休日には主婦層や家族連れが切れ目なく来店する繁盛店になっていく。
ビール、ハーボール、日本酒、ワインなどアルコール飲み放題(撮影:梅谷 秀司)
「GINZA芳園」をヒットさせた孫氏のもとに、今度は不動産業者のほうから物件の相談が舞い込んできた。場所は銀座7丁目。立地を考えるとかなり破格の条件だった。「サラリーマンが飲み会で使える予算は高くて5000円くらい。それくらいの価格帯のお店を銀座で出せたら面白いのでは、と考えました」。
孫社長(筆者撮影)
そのアイデアをもとに2016年8月、2店舗目の「創作中華料理 銀座夜市」をオープン。北京ダックも含む本格中華が食べ放題・飲み放題付きで5000円(現在は5980円)。これも孫氏の見立てどおり、近隣に勤めるサラリーマンの支持を得てヒットした。
その後も「本格料理をリーズナブルな価格で」のコンセプトを軸に、4店舗まで数を増やすが、その行く手を阻んだのが2020年の新型コロナウイルス禍だ。孫社長の経営する店舗も打撃を受け、4店舗中2店舗を閉店。「コロナが明けるまで静観していよう」と思っていた矢先、不動産業者から「1年間、賃料は無料でいいから借りてくれないか」と新橋の物件の相談が舞い込んだ。
そこで、2022年3月にオープンしたのが、「60分・500円で卓上ハイボール&レモンサワー飲み放題」というユニークな業態の「乾杯500酒場」。これが新橋のサラリーマンにウケた。
そこから攻勢に転じる。コロナ禍で増加した空き物件を好条件で借り受け、神田、船橋には「乾杯500酒場」、上野には日本初上陸の火鍋専門店「孫二娘潮汕牛肉火鍋」を出店した。一方で、高田馬場では留学生をターゲットとしたガチ中華の店も展開。「そこはいわゆる中国のB級グルメを持ってきて、本場の味を再現して留学生たちの胃袋をつかんでいます」。
「コロナ禍の時期は競争相手も少なく、賃料の相談がしやすかったんです」と孫社長。「オーナーもB工事(借主が工事費を負担)ではなくA工事(貸主が工事費を負担)にしてくれるなど、最大限に譲歩してくれました」。
ヒットを連発する3つの秘訣
次々にヒットを連発する経営術の秘訣は、大きく3つある。
1つ目は孫社長自身、「最も重視している」と語る、業態と立地のマッチングだ。物件の周辺には自ら何度も足を運び、既存店の客単価、訪れる客層、人の流れなどに目を凝らす。その客層に応じて、サラリーマン向けには「5000円の食べ放題」、学生向けには「1000円前後のB級グルメ」などと店舗のコンセプトを決めていく。
「いつも日常生活や旅先で新しいメニューを見ると『これを採り入れられないかな』『あの場所でオープンしたらはやるかな』とつねにアイデアを考えています。そういうのが好きなんですよね」と語る孫社長の頭の中にはいくつものアイデアがあるのだろう。
焼肉も充実している(撮影:梅谷 秀司)
2つ目は「日本人の味覚や嗜好に合わせてメニューを提供する」こと。孫社長が経営する店舗は本格的な「ガチ中華」が中心だが、本場のメニューをそのまま日本に持ち込むわけではない。例えば火鍋専門店「孫二娘潮汕牛肉火鍋」は、牛骨で煮込んだスープを使用。日本人の嗜好に合わせて辛さを抑え、素材の味をそのまま楽しめるようアレンジしている。
メニューは全店舗を統括する総料理長に一任しているが、新しいメニューを開発する際は必ず孫社長も立ち会い、自らの舌で確かめる。「日本人の口に合わない、と判断したら却下しています」。
3つ目は、原価を抑えて良質な食材を仕入れる「仕入れ力」だ。16ある店舗で共通する食材はできるだけまとめて大量発注。そのことで、取引業者に対する交渉力も持つことができる。冒頭の「銀座八芳」で、スーパーで買えば6000円はくだらないタラバガニを食べ放題で楽しめるのは、この「仕入れ力」あればこそだ。
もっとも足元では、外食産業は原材料や人件費の高騰、そして人手不足に襲われており、FANG DREAM COMPANYも例外ではない。
孫社長は「あまり値上げすると創業時から大切にしている『本格料理をリーズナブルな価格で』のコンセプトが崩れてしまう」と、価格転嫁には慎重な姿勢。総売り上げを伸ばす努力をしつつ、つねにバランスシートを見ながら人件費、賃料、仕入れ原価のバランスを調整しているという。
日本人の採用が難しい中での「施策」
人手不足で日本人をなかなか採用できない中、外国人を中心とするスタッフの戦力化も大きな課題だ。
「正直、人手不足で大変です。ただ、実はある社長さんに相談をしたら、『外国人を雇ってその人たちに徹底的にサービスを教え込んだらどうですか』と言われたんです。うちには日本人や中国人はもちろん、インドやミャンマーの方もいます。そうすると正直、サービスの質に不安がある。今の課題はどうしたら徹底したおもてなしができるかどうか。これについてはスタッフで毎日反省会をしています」
400席ある「銀座八芳」は連日予約でほぼ満席だという(撮影:梅谷 秀司)
一気に店舗数を増やしてきた孫社長。今後はどんな展望を描いているのか。
「今はいたずらに拡大路線を走らず、店舗ごとの品質をより高めていきたい」と堅実だ。今年8月には1号店の「GINZA芳園」をフカヒレ専門店にリニューアルしテコ入れを図る。一方でブッフェスタイルの「銀座八芳」は、好条件の物件があれば2号店のオープンを視野に入れる。地方や海外からも引き合いはあるが、自分が店舗に足を運べず、見られないという理由から断っている。
市場を徹底的にリサーチし、新たなアイデアとともに時に大胆に出店を仕掛ける。停滞感のある日本の外食市場に孫社長は新たな風を吹き込み続けられるだろうか。