熱中症の7つの予防法とは
熱中症の7つの予防法とは
暑い日が増えてきました。今回のニュースレターでは、この夏を熱中症なく乗り切るために、知っておくとよい知識をお伝えしたいと思います。
体温を下げる4つの方法
熱中症を理解するために、まずは人間の体温調整の仕組みについて簡単に理解をしておきましょう。
人間の体温は36度から37度程度にとても綿密にコントロールされています。4から5度程度までの上昇であれば体はなんとか耐えられますが、それ以上の体温上昇があると、たちまち臓器の障害、そして命を落とすことにまでつながってしまうこともあります。このため、人の体は、体温を下げる仕組みを複数持ち合わせています。
そのうち、最も重要で強力な仕組みが「蒸発」です。水が蒸発する時、熱は放散されます。例えば、暑い環境で運動をしているとき、たくさんの汗をかきます。その汗が皮膚の表面から蒸発していく過程で体温を下げていってくれるのです。逆に、衣服の中に汗がこもってしまっているような場合には、この蒸発のメカニズムが働かなくなり、体温を下げにくくなってしまいます。
そのほかに、熱放射、対流、熱伝導という仕組みがあります。これらの仕組みは、それぞれ電磁波、流体、物体を通して、体温が環境よりも高温だった場合に働く仕組みです。
熱放射は直接の接触や空気の動きを必要としないエネルギーの移動です。一方、対流は体の上を移動する空気や水への熱の放散、熱伝導は体に接した冷たい物体への熱の放散です。例えば、扇風機やうちわで体が冷えるのは対流の良い例、氷枕で体を冷やすのは熱伝導の良い例です。
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熱中症の症状とは
このように、体温が上がりすぎないように、熱を逃す仕組みを我々は持っているのですが、熱中症が生じる時にはこれがうまく働かなくなってしまっています。
ここで、とても蒸し暑い環境に身をおいた自分を想像していただきたいと思います。そもそも気温が体温に近い、あるいは上回ってしまった環境にいて、氷など冷やすものも何も持っていなければ、先ほどご紹介した熱放射、対流、熱伝導の3つの仕組みは全く働く隙を与えてもらえません。また、湿度が高い環境では、頼みの綱、蒸発のメカニズムすら機能しなくなります。湿度が75%を超えると、蒸発メカニズムは全く働かなくなることが知られています(1)。
これらが相まって、体の熱を下げるメカニズムが働かなくなるとき、熱中症を発症してしまうのです。
熱中症を発症すると、軽ければ立ちくらみや筋肉痛、筋肉のつりなどの症状が出てきます。もう少しひどくなると、頭痛やだるさ、吐き気なども出ることがあります。重症になれば、痙攣や意識を失うといった症状が出てしまい、体温も40度を超えた状態になります。
これらの症状は人によっても大きく異なります。このため、何かの症状だけを切り取って、これがあるから熱中症だ、これがないから大丈夫と安心するのは危険です。発熱ひとつとっても、発熱がなくても熱中症の可能性が十分あります。逆に、暑いところにいて発熱があったから、イコール熱中症でもありません。例えば、COVIDでも、熱やだるさ、頭痛が出ますが、医師の私にも症状から見分けをつけるのは難しいことが多々あります。
体温が上昇しすぎると、体内の様々な正常機能が失われてしまいます。例えば、体内で化学反応を進める酵素たちは平熱でこそ正常に働き、その反応を進められます。体温が上昇してしまうと、化学反応が進まなくなってしまいます。また、体内が高温になると、炎症が生じてしまい、各臓器に障害を起こします。これらのメカニズムで、たちまち体調を崩し、重度の場合には、命を奪うことにつながるのです。
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熱中症を2つのタイプに分けて、対応策を考える
熱中症はその原因によって、古典的熱中症と労作性熱中症の二つに分けることができます。この二つの名前を聞いてピンとくるでしょうか?これら二つは、メカニズムが少し異なります。
前者の古典的熱中症は、環境の高熱で体温が上がり、体からの熱放散機能が低いことで起こります。例えば、様々な持病を抱えたクーラーを使わない高齢者、暑い車内に取り残された小さなお子さんなどが起こす熱中症がこれにあたります。実は例年約半数がこの古典的熱中症です。これらの方は室内で、安静にしていても起こしてしまう、という点に注意が必要です。暑い外に出なければ大丈夫だろう、と思っていると危険にさらされてしまいます。
一方で、労作性熱中症とは、アクティブな年代の方に起こる熱中症です。これは日常の活動や運動に関連して、身体で作られる熱が熱の放散のメカニズムを超えてしまうときに起こります。
熱中症のリスクが高い人とは?
では、熱中症はどのような人がかかりやすいのでしょうか。
まず、室内で生じる古典的熱中症の場合、エアコンのない自宅での一人暮らし、自分のケアが十分にできていないというような社会的要因がリスクになります(2)。あなたのご両親や祖父母が一人暮らしをしているという場合には、こまめに電話で連絡をとり、クーラーを使っているか、水分をとっているかなど確認をしてください。高齢になると、喉の乾きも感じにくくなるものです。喉が乾いていないから大丈夫と安心し、体のコントロールが甘くなり、発症してしまうことがあるのです。
慢性疾患もリスクになります。特に、心臓の持病や糖尿病を持たれている方は、リスクが高まりやすいことが知られています。それらの病気はしっかりと治療することが予防につながりますし、脱水に陥りやすい夏場は一部の薬を調整する必要が出てくることもあります。暑い中、コロナウイルスのリスクも重なり、病院が足遠くなられているかもしれませんが、この暑さを乗り越えるにあたりしっかりと主治医と相談をする機会を持っていただくことが大切です。
そのほかのリスクとして、年齢、肥満なども挙げられます(2)。肥満があると、重量に比して、皮膚表面の割合が少なくなります。皮膚表面は熱を逃すのに重要な役割を果たしているので、相対的に熱を下げる仕組みが働きにくいのです。実は、日頃のダイエットは、熱中症の予防にもつながっているのです。
また、薬もリスクになります(3)。身近なものでは、花粉症や、じんましんの薬を飲んでいる方は要注意です。汗をかきにくくなる副作用があり、体温調節が平時に比べて弱くなっている可能性があります。薬の中止が可能か、変更が必要かなど、かかりつけ医とご相談ください。
生活習慣に目を向ければ、アルコールもリスクになります。アルコールには利尿を促す作用があり、脱水に傾きやすいことがその一因です。アルコールを飲んだ日は運転を控えるだけでなく、運動を控える必要もあるのです。
古典的熱中症の有効な予防法は?
それでは、熱中症をどのように予防していけば良いでしょうか。一度発症すれば命にもつながる熱中症、治療以上に、予防が大切な病気です。
まず、古典的熱中症は、先に説明したように、高齢者や幼児に起こりやすく、介護者や同居する家族からの働きかけがとても大切です。冷房のかかった涼しい部屋で過ごすよう促し、扇風機を使用してもらい、こまめな水分補給について家族からも見守ることが必要です。社会的に孤立した高齢者で起こりやすいことが知られており、一人暮らしのご親戚を持つ方はこまめに電話で連絡をとり、水分補給などを適宜促してあげて下さい。
労作性熱中症の有効な予防法は?
一方、この記事を読む方の多くは、労作性熱中症の方が問題になるでしょう。「1日ぐらい大丈夫」という軽い気持ちが重度の症状につながる可能性がありますので、しっかりと対策をとっていただく必要があります。労作性熱中症には、以下のような予防法があります。
(1)運動は、涼しい時間に
運動する時間は、可能であれば早朝や夕方以降など涼しい時間帯から選んでください。暑い環境では、先ほどご説明した様々な熱放散メカニズムが働かなくなってしまうため、なるべく涼しい時間を選択することが最善の予防法になります。
(2)水分摂取は運動前から
水分摂取は運動開始4時間から6時間前に開始することが推奨されます(4)。量としては、運動開始前に最低ペットボトル半分から1本ほど飲んでおくことが望ましいと思います。また、運動中、運動後もこまめな水分摂取が大切です。このため、水分は常に携帯するようにしてください。
逆に1日に10Lを超えるような水分摂取を行うと、水分調整機能を超えてしまい、相対的にナトリウムの値が低下する低ナトリウム血症の恐れがあることも知られています(5)。さすがに10Lも飲むことは珍しいと思いますが、何事もバランスであり、取れば取るほど良い、でもないことは頭に入れておきましょう。
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(3)水分は種類も考えて
同じ水分でも、利尿を促す作用のあるカフェインが入っていると、水分補給効率が下がります。紅茶、緑茶、烏龍茶、コーラ、コーヒーなどの飲料はいずれもカフェインを含んでいます。絶対にダメな選択というわけではありませんが、カフェインを含まない飲料の方が理想的です。塩分を含むスポーツドリンクの方が良いと指摘する声もありますが、スポーツドリンクに含まれる塩分量はたかが知れているため、大きな差を生むとは考えにくく、1日10Lのような過剰な水分摂取がなければ水でも構わないと思います。
(4)プレクーリングとクーリング
プレクーリングというのは、運動を始める前から体をクーリングしておく手法です。運動前から開始することで熱中症予防に有効な可能性が指摘されています(6)。プレクーリング及びクーリングの方法は、外から冷やす方法と中から冷やす方法があり、ともに有効です。
外から冷やす、手軽にできる方法は、氷枕や冷えたタオルで体を冷やす方法です。動脈が体の表面近くを通っているところを冷やすと冷却効率が良くなります。首、脇の下、太腿の付け根がそれにあたりますので外出中であれば、首や脇の下が冷やしやすい場所かも知れません。また、通勤などでは氷枕を持ち歩くというのも難しいでしょうから、凍ったペットボトルを持ち歩くのも手です。ペットボトルは、水分補給も可能にしてくれるので、一石二鳥だと思います。あるいは、運動時には、冷却ベスト(またはクールベスト)と呼ばれるグッズも売っていますので、そういったものを使用する方法もあります。
中から冷やすためには、冷たいものを飲んだり氷をとったりすれば良いと思います。また、より効果的に冷やす方法として、アイススラリーと呼ばれる飲み物もあります。これは、「飲む氷」とも言われ、液体に細かい氷の粒が混じった飲料のことで、プロスポーツなどで使用されています。通常の飲料よりも温度が低く、氷よりも飲み込みやすいため、熱中症予防に有効と考えられています。国内では、大塚製薬のポカリスエットなどで製品化されています。
運動中は、このような方法を参考に、こまめに休憩をとり、クーリングを行うことが大切です。
(5)着替えはこまめに
体温調整の鍵を握るのが「蒸発」のメカニズムであることは、先ほどご説明した通りです。汗はその蒸発において重要な役割を担いますが、汗ですでにびっしょり濡れてしまった衣服を着たまま運動を続けていると、この蒸発のメカニズムが働かなくなり、たちまち熱中症を発症してしまいます。なるべく通気の良い衣服を選択し、汗で濡れてしまったらこまめに着替えをすることも大切です。
(6)体調が悪い時は休む
例えば風邪も、現在流行している新型コロナウイルス感染症も、熱中症のリスクです。風邪かな?と思ったら「コロナウイルス感染症を懸念して休みましょう」というのはだいぶ浸透したコンセプトかも知れませんが、体調が悪い時に無理して運動をしない、暑い中外出しないというのは、熱中症予防の上でも大切なことなのです。
(7)日頃の準備も大切
突然暑くなった場合や、突然運動を始める方では、より熱中症を発症しやすいことが知られています。体はだんだんと慣らしていけば、その分だけ適応しやすくなります。突然強度の高い運動をするのではなく、2週間程度かけて少しずつ強度を増やしていくことで、熱中症を防ぐことができます(4)。
熱中症対策を謳うサプリメントに科学的根拠はない
クエン酸やビタミンCなど、熱中症に効くという謳い文句で販売されているサプリメントも見かけますが、それらに明確な科学的根拠はありません。むしろ、サプリメントをとっているから大丈夫という「偽の安心感」が心配です。まずは、これまでにご説明してきたような対策をしっかりと行っていただくことの方が大切です。
色々ご紹介してきましたが、何か一つでもお役に立つ情報はあったでしょうか。これから暑い日が続くと思いますが、お気をつけてお過ごしください。
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参考文献
1 Bross MH, Nash BT, Carlton FB. Heat emergencies. Am Fam Physician 1994.
2 Epstein Y, Yanovich R. Heatstroke. N Engl J Med 2019; 380: 2449–59.
4 Racinais S, Alonso JM, Coutts AJ, et al. Consensus recommendations on training and competing in the heat. Br J Sports Med 2015. DOI:10.1136/bjsports-2015-094915.
5 Dundas B, Harris M, Narasimhan M. Psychogenic polydipsia review: Etiology, differential, and treatment. Curr. Psychiatry Rep. 2007. DOI:10.1007/s11920-007-0025-7.
6 Wegmann M, Faude O, Poppendieck W, Hecksteden A, Fröhlich M, Meyer T. Pre-Cooling and sports performance: A meta-analytical review. Sport. Med. 2012. DOI:10.2165/11630550-000000000-00000.
初出/WEBマガジンmi-mollet(講談社)