「電撃訪朝」のウラでプーチンと金正恩が最も恐怖していた「米韓特殊作戦部隊」の正体
19日の未明、深夜2時過ぎという時刻にロシアのプーチン大統領が北朝鮮の首都平壌(ピョンヤン)の空港に到着し、金正恩総書記がこれを出迎えた。
一国の首脳が他国を親善訪問する時間帯として、これは極めて異例である。
しかも、このような時間帯に到着する相手を、受け入れ国の首脳が直接空港まで出迎えに行くというのも尋常ではない。まさに、これは「戦時下の国家元首が警戒心を強めつつ、重要かつ緊急な用件で同盟(に相当する)国を訪れた」という在りようなのだろう。そして、このような在りようを裏付けるような軍事的活動が、わが国や朝鮮半島周辺で起きている。
米空軍「空の戦艦」が韓国に飛来
この対面から1週間さかのぼった6月12日、北朝鮮の金総書記が1990年に主権宣言したことを記念して制定された「ロシアの日」に合わせてプーチン大統領に祝電を送り、韓国の報道機関は近いうちにプーチン大統領が北朝鮮を訪問する可能性があると報じた。まさにこの日、米空軍の第1特殊作戦航空団(フロリダ州)所属の空軍将兵と「AC-130J:ゴーストライダー・ガンシップ」が米韓両軍の特殊戦部隊による合同訓練を支援するため、ソウル南方の烏山(オーサン)空軍基地(韓国京畿道平沢市)に飛来した。
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このAC-130J(特殊作戦)輸送機は、「空の戦艦」とも呼ばれ、30mm機関砲や105mm榴弾砲、AGM-114/176やGBU-39などの精密誘導弾による敵地上部隊などへの攻撃能力を有しており、敵陣に進入して行動する特殊部隊などの支援任務を主としている。
本年2月から3月にかけて、わが国でも上映されたアフガニスタンで実際に起こったドキュメンタリーに基づく米映画『コヴェナント(約束の救出)』の中でも、クライマックスで窮地に陥った主人公の救出にこのAC-130Jが登場したので、本作品をご覧になった方には強く印象に残っているであろう。
同機が韓国に飛来したのはこれが2回目である。
韓国軍統合参謀本部によると、昨年3月に初めてAC-130Jが来韓した時は、米韓の特殊作戦合同演習「チークナイフ(Teak Knife)」に参加し、「地上目標への航空機による精密攻撃を含む、実戦的なマルチドメイン能力の向上を図った」、とされていることから、今回も同様の訓練を目的に来たものと思われる。
米韓による特殊作戦能力の深化
2022年11月1日の拙稿(「金正恩と北朝鮮は『トップガン・マーヴェリック』を恐れている」映画にそっくりの米韓軍合同演習が進行中)でも触れたが、韓国は、年々増大する北朝鮮の核・ミサイルの脅威に対抗するため、2017年以降、
1.差し迫った脅威に対抗すべく北朝鮮の核施設およびミサイル施設などに対し先制攻撃を行うシステム(キルチェーン)
2.韓国型ミサイル防衛システム(KAMD:Korea Air and Missile Defense)
3.大量反撃報復概念(KMPR:Korea Massive Punishment & Retaliation)
という、「韓国型3軸体系」と名付けた戦略システムの構築に取り組んでいる。この3つ目の「KMPR」にあたっては、韓国国防部によると、「同時かつ大量の精密打撃が可能なミサイルなどの打撃戦力や、精鋭化された専門の特殊作戦部隊などを投入する」とされており、この特殊戦部隊による合同演習「チークナイフ」はまさにこの特殊作戦を行う部隊の能力向上を企図したものと考えられる。
何より金総書記が恐れる訓練
また、前述の拙稿でも紹介したが、2022年5月には、米陸軍デルタフォース(Delta Force)や同海軍ネイビーシールズ(Navy SEALs)などの特殊作戦部隊が輸送訓練などを行う米ミズーリ州のローズクランス空軍基地内の「上級航空輸送戦術訓練センター:AATTC(Advanced Airlift Tactics Training Center)」において、初めて米韓合同特殊任務訓練が行われ、同年10月にはこの成果を確認するため、駐韓米軍特殊戦司令部(SOCKR:U.S.Special Operations Command-Korea)による、米韓の特殊部隊と攻撃ヘリ部隊などが参加した大規模な夜間合同演習が行われ、この内容が一部公開された。
このような、「斬首作戦」を匂わせるような米韓の特殊部隊による合同訓練ほど北朝鮮の金正恩総書記にとって恐ろしい訓練は他にないだろう。だからこそ、この手の米韓演習に対抗して、これまで北朝鮮は弾道ミサイル発射などの対抗措置をとってきたのである。
今回、意図的なものかは不明ながら、プーチン大統領の訪朝という時期に合わせてこの類の演習が行われたことは刮目すべきである。これが、金総書記やプーチン大統領にとってかなりのプレッシャーになっていることは間違いないだろう。
プーチン大統領の訪朝日程が直前まで伝えられず、しかも報道された18日が19日未明にずれたのも、このような影響を受けてのことなのかも知れない。
では、プーチン訪朝におけるロシア側の体制や中国の動向については何が起きていたのか。後編記事『「プーチン電撃訪朝」でもまさかの「ロシア空軍による事前偵察ゼロ」...推測される「ロシアの窮状」と「中国の動向」』につづく。