高齢者がコンビニ店員にキレる本当の理由
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些細なことでイライラしたり、空気が読めずにトンデモ発言をしたり、武勇伝を何度も繰り返したり。そうした言動で周囲に迷惑を掛ける中高年層は、たとえ過去に仕事で成功していても、若者たちから「老害」だと認定されてしまいます。ですが、もちろん本人たちは悪気があって老害っぽい言動をしているわけではありません。では、なぜ「やらかす」のでしょうか。医学博士・平松類氏の著書『「老害の人」にならないコツ』(アスコム)から抜粋して、その答えをお届けします。今回のテーマは「高齢者が店員に激怒する理由」について。
正義感の大暴走を止められない「老害」
私がよく利用するコンビニには、レジが左右に2つ並んで設置されています。混雑時には、レジの間にお客さんが一列に並び、最前列の人が空いたほうのレジに進んで会計を済ませるシステムです。
その日は混在する時間帯で、私が会計待ちの行列に並んだときはけっこうな長さになっていました。時間帯が時間帯なのでやむを得ないと思っていましたが、それにしても列がなかなか進みません。
前のほうに目をやると、右側のレジで高齢女性が店員さんに向かって何やらまくしたてています。「あなたが悪い」「あんな乱暴な渡し方はない」「声が小さい」「謝り方がなっていない」といった言葉が聞こえてきました。
どうやら、お釣りを受け取る際に小銭を床にバラバラと落としてしまったようなのです。店員さんは、アルバイト学生とおぼしき若い女性。何度も謝っていますが、この高齢女性の勢いは止まりません。大声でずっと同じことをくり返しています。
当然、会計待ちの行列は伸びるばかり。列に並んでいるお客さんたちのイライラも、どんどん募っていきます。
私はこの高齢女性の行動を見て、「仕方がないのかな」と思いつつ、第三者がこの騒動に加わって、さらにやっかいな状況にならないかと心配になりました。
なぜ老害化が進むのか
店員さんにほとんど落ち度はないかもしれない
この高齢女性を仮にTさんとしましょう。大声でまくしたてることの是非はさておき、もしかしたら本当に店員さんのお釣りの渡し方が乱暴だったかもしれないので、Tさんのほうが悪いと決めつけることはできません。
出典:医学博士・平松類氏の著書『 「老害の人」にならないコツ 』(アスコム)
いいがかりや理不尽なクレームではなく、実際にあった店員さんのミスを指摘している可能性があります。
その一方で、店員さんにほとんど落ち度はなく、ていねいにお釣りを渡したにもかかわらず、Tさんが落としてしまった可能性も否定できないでしょう。
というより、おそらくこちらが事実という公算が大きいと思います。
なぜなら、次のような理由が考えられるからです。
人間は50代になると手に持っている物の感覚が弱まり、70代からその傾向が顕著になります。すると、物を落としやすくなるのです(※1)。
また、65歳以上になると手先の感覚は若いころの半分になり、物を持つ力は30%減少するという報告もあります(※2)。
つまりTさんは、加齢による触覚の変化により「お釣りを乱暴に渡された」と感じ、そのうえで物を持つ力が落ちてきているので、うまく小銭をつかめず下に落としてしまったかもしれないのです。
そして、その後の店員さんの謝り方や声のボリュームに対して文句を言っているのは、Tさんの聴力に起因すると考えられます。
加齢にともなう聴力の衰えも否めません。じつは70代で半分近く、80代以上では70%以上の人が難聴になることが研究でわかっています(※3)。
この店員さんは若い女性なので、真摯に対応していても、Tさんは「声が小さくて誠意が感じられない」と受け取ってしまったのかもしれません。
このように、Tさんがお釣りの渡され方を乱暴に感じるのも、小銭を落としてしまうのも、店員さんの声が小さく聞こえて誠意がないと感じるのも、その背景に加齢による身体変化があることは論をまたないでしょう。
無自覚のうちに、老害力はどんどんアップしていってしまっているのです。
しかしいずれにせよ、小銭を落としてしまったあとの対応はやりすぎです。周囲の人たち(ほかのお客さん)への配慮が、著しく欠けています。こういう行動をくり返していたらいつの間にか「社会の壁」ができ、その厚みはどんどん増していくことになるでしょう。
老害にならないためのコツ
「もしかしたら自分にも原因があるかも」で大きく前進
コンビニのレジに限らず、お客さんがお店のスタッフともめているシーンを目にすることがあります。みなさんご自身、もしくは身近な人に心当たりはないでしょうか。
高齢者の場合、このTさんのように加齢にともなう身体変化が関連してくるケースもあるので、自分にはいっさい非がないのか、本当の原因はどこにあるのか、ということを今一度考えてみることをおすすめします。
店員さんの態度や口ぶりには納得がいかないけれど、自分がそう感じる理由、向こうにそうさせてしまう理由は、自分にもあるかもしれない――。
こう思うことができたらしめたものです。「社会の壁」を壊す第一歩になるでしょう。
加齢による触覚や聴覚の変化は、自分では気づきづらいものであり、個人差もあります。でも、老いは誰にでも訪れるもの。それを自覚することができれば、無意味な衝突を避けることができるようになるはずです。
老害レベルも着実に下げられます。Tさんの場合、店員さんにそこまで強く当たらずに、コンビニを立ち去ることができたかもしれません。
加えて、自らの正義感に固執しすぎるのもよくないです。明らかにお店側や店員さん側に非がある場合、それを指摘したり、正したりするのは構いません。しかし、ものには程度というものがありますよね。
正義感の強い人は、やや粘着質といいますか、自分が正しいと思っていることをくり返し、徹底的に主張する面があります。そしてそれが、周りに迷惑をかけている可能性があることを忘れてはいけません。
Tさんは、自分の正義を貫こうと一生懸命になっていたのでしょうが、その結果、会計待ちの列に並んでいるほかのお客さんの待ち時間を延ばすという事態をまねいてしまっています。「逆の立場だったら」ということを考えると、周囲に与えた影響をありありとイメージできるのではないでしょうか。
周りの老害に配慮するコツ
振り上げた拳を無理なくおろしてもらうために
医学博士・平松類氏の著書『 「老害の人」にならないコツ 』(アスコム)
お客さん側ではなく、店員さんの立場だったらどう対応するのがベストでしょうか。
お店とお客の関係に限らず、自分の正義感を強く主張してくる高齢者と対峙するシチュエーションをすべて含めて考えてみましょう。絶対にやってはいけないのが、相手(高齢者)がかざす正義を真っ向から否定することです。
もちろん、「間違っているのはあなたのほうです」や「その考え方は古くさいからやめたほうがいいですよ」などが典型的なNGワードになります。
先ほどのTさんのケースでいえば、店員さんが「お釣りはちゃんと渡しましたよ!」と反論するのはいただけません。火に油を注ぐだけで、事態はさらに悪化してしまうでしょう。
大切なのは、折れることと降りることです。自分は間違っていないと思っても、その意識をいったん封印し(折れる)、自分のほうが正しいとは思わず、へりくだって相手に受け入れてもらうようにする(降りる)と、正義感を主張する高齢者も振り上げた拳をおろしやすくなるでしょう。こちらから、相手の老害力を下げるアプローチをすることは可能なのです。
高齢者にうまく話を伝える王道テクニック
Tさんにまくしたてられていたコンビニの店員さんは、しっかりこれを実践(謝罪)していました。しかし、高齢者の聴力が弱くなっていること、しかも若い女性の言葉が聞き取りにくくなっていることが頭になかったため、声が小さく、態度がよくないと受け取られてしまいました。こを理解し、Tさんにちゃんと伝わるように話していたら、状況は変わっていたかもしれませんね。
正面からゆっくりと話しましょう。ただ大声で話すよりも、そのほうが相手に伝わりやすくなります。
そしてこの手のトラブルは、同世代間や知人間でも起こり得るのでご注意ください。
Tさんのように自分の正義感を信じて疑わず、強く主張してくるタイプの人は「社会の壁」をつくりやすく、ささいなことがきっかけで突如絶縁を切り出してきたりします。知り合いとの関係性が悪くなるのは気分のいいものではないので、売り言葉に買い言葉にならないよう、折れることと降りることをつねに頭の片隅に置いて接していきたいですね。
【参考文献】
1)内田幸子ら:高齢者の皮膚における温度感受性の部位差 日本家政学会誌 2007; 58(9): 579-587
2)Ranganathan V K et al. Effects of aging on hand function J. Am Geriatr Soc 49 1478-1484, 2001
3)内田育恵ら:全国高齢難聴者数推計と10 年後の年齢別難聴発症率:老化に関する長期縦断疫学研究より 日本老年医学会雑誌 2012;49(2):222-227