「大谷の試合見てないです。興味ないので」常に自分と向き合う床田寛樹が、1年目のTJ手術からカープのエース格へと成長するまで
ドジャーブルーのスーパースター大谷翔平が連日、日本メディアを賑わせている。ホームランを打てばメインニュースのひとつとして報じられ、プレー以外の言動も取り上げられる。野球ファンでなくても彼の動向を知ることができる中、同学年であり、同じプロ野球選手として生きる広島の床田寛樹はまったく関心を示さない。
「大谷の試合ですか? 見てないです。興味ないので。ニュースでずっとやっていますけど、わざわざ中継を見ることはないですね」
近年は日本人選手のメジャーリーグ移籍が増え、毎日のようにテレビ中継されるようになった。日本にいながらメジャーの知識を広げられる環境であっても、床田は有名選手の名前も知らなければ、日本人選手の試合を見てもいない。
TJ手術からのプロ人生
床田はただ等身大の自分自身と向き合ってきた。大谷がメジャーへ移籍する前年の2017年に入団するも、同年7月にトミー・ジョン手術を受けた。19年に初めてオールスターゲームに出場し、22年は前半戦だけで8勝を挙げたが後半戦初戦で右足関節骨折。ケガから復帰した昨季、自身初の2ケタ勝利を挙げると、今季はここまでセ・リーグ2位の7勝と、紆余曲折を経ながらステップアップしてきた。
どれだけの実績を積み重ねても、おごらず、構えない。練習前後だけでなく、試合終了後も嫌な顔ひとつせず質問に答えてくれる。質問に真面目に答えながら、絶妙な間合いから記者を笑わせることも珍しくない。打撃好きを公言し、打撃の話になると投球論よりも雄弁となる。話題がやや脱線しても関西人の気質からかノリが良く、そしてきっちり笑いを取る。
アスリートとしては、“走り込みが苦手”とか“夏場が不得手”という弱みを隠すことなくさらけ出す。相手が懐に入ってきやすい隙を見せてくれるような人柄だが、それは彼の一面でしかない。
2年連続5勝で終えた21年のオフから常に「僕は開幕ローテーションを争う立場」と言い続けていた。すでにチーム内では認められる存在だっただけに、“謙虚すぎる”印象を受けていたが、違った。春季キャンプ中、当時の佐々岡真司監督が22年の開幕ローテーション入りを明言したときに、胸に秘めていた自覚を口にした。
「僕が4番手に入らないといけないと、ずっと思ってやっていました。まずはそこに入って、左投手をしっかり引っ張っていけるように頑張りたい」
やる気や闘争心を表に出すタイプではない。むしろ出さないようにしているとも感じることもある。テンポ良く紡がれる言葉の奥を見ようとしなければ、床田の心の奥底にはたどり着けない。
打者を幻惑する投球術
捉えられそうで捉えられない床田の本音。それは投球にも通じる。生命線となる真っすぐとツーシームを軸としながらも、今季は精度を上げたカットボールやパーム、カーブ、チェンジアップで惑わせる。技術を年々磨きながら、投球の質を上げてきた。
今季もセ・リーグがパ・リーグを相手に苦戦した交流戦では、従来の組み立てを変えて2勝を挙げた。7回4失点(自責3)で敗れた6月4日の日本ハム戦後に「変化球が多かった」と振り返りながらも、1週間後の西武戦でも配球の割合をあまり変えずに今季最長タイの8回を投げ、1失点で勝ちきった。
「やっぱりパ・リーグって真っすぐに強いイメージがあるので、僕の真っすぐではキツいだろうなって」
投球には明確な狙いがあった。さらに「でも、この3試合ですごくツーシームを意識しているなと思ったので、来年は変えていくのもアリなのかなと思いました」と続け、不敵に笑った。
21日から再びセ・リーグの戦いに戻るが、床田はここまでリーグ首位を走る広島を名実ともに牽引してきた。登板11試合すべてクオリティースタートを記録し、防御率は1.49と抜群の安定感を誇る(6月16日時点)。
何より、今季ここまでの登板がすべて「火曜日」であることが首脳陣の信頼を表している。開幕投手にエースを指名することが常識のようになっているが、3連戦、6連戦の初戦にあたる1週間の始まりの火曜日にも信頼の高い投手が起用される。その投手が長い回を投げれば、翌日以降の連戦で中継ぎの消耗を最小限にとどめられる利点も生まれる。
セ・リーグ6球団で交流戦まで“火曜日の先発”を固定したのは、広島のほか阪神、巨人とリーグ上位3球団だ。阪神は昨季リーグMVPの村上頌樹。巨人は昨季2桁勝利を挙げ、WHIPでは開幕投手の戸郷翔征を上回る0.97をマークした山崎伊織が務める。
広島と阪神はゴールデンウイーク中に予定していた月曜の試合が2試合中止となったことで、火曜日はすべて1週間の初戦となった。ローテーションが安定しているという点に加え、週頭に安定した投手を立てて戦えることがチームを軌道に乗せているとも言える。床田は阪神の村上とすでに4度対戦し、2勝2敗と渡り合った。チームトップの投球回78回2/3は、首脳陣の信頼に応えている証でもある。
いまだ見えぬ本音
「最初は大瀬良(大地)さんみたいな背中で語るような立ち居振る舞いをしたいと思ってましたけど、僕には無理だなと思った。僕は僕で先頭に立つんじゃなく、陰ながらそっとチームを支えられればいいかな」
床田は床田のスタイルを貫けばいい。「左腕エース」から「エース格」となり、このままいけば「左腕」や「格」が外れる日が訪れるはずだ。立場が変われば、興味のなかった米国への思いも湧くのではないか──。自身の将来的なメジャー挑戦の可能性についてあらためて振ってみると、いつもの笑顔がかえってきた。
「ないですよ! 僕が行けると思います? 1年だけいっぱいお金をもらいに行くとかならありますけど、ないんじゃないですか。向こうで野球をやりたいと思ったことはないです」
投手として進化を果たしても、飾らない人柄は変わらない。心の奥底にはいまだ触れていない気もする。そんな奥深さもまた、床田の魅力なのかもしれない。