「宗教にハマった親が一切働かず…」「家で“ムチ打ち”の虐待を受ける」中卒の宗教2世女性(29)が、30歳目前で夜逃げを決意した理由
特別な事情を抱えた人々の引越しを手伝う業者「夜逃げ屋」。そんな夜逃げ屋を題材にしたコミックエッセイ『 夜逃げ屋日記 』シリーズ(KADOKAWA)が人気を呼んでいる。作者の宮野シンイチさんは、夜逃げ専門引っ越し業者「夜逃げ屋TSC」で働きながら、夜逃げ屋の実態をマンガで発信している。
いったいどんな人たちが、夜逃げ屋を利用しているのか。依頼者はどんな葛藤を抱えながら、夜逃げを決行しているのか。宮野さんに話を聞いた。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)
宮野さんが作業した夜逃げの現場(写真=宮野さん提供)
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近年はDVや虐待を受けている人が夜逃げ屋を利用
もともと、マンガ家志望だった宮野さん。そんな彼が夜逃げ屋の一員となったのは、たまたま観ていたテレビ番組に、「夜逃げ屋TSC」の社長が出演していたのがきっかけだった。マンガ家としての好奇心から社長に取材を申し込んだところ、「一度体験したほうが早いから」と夜逃げの現場に同行することに。それから8年以上、マンガ家と夜逃げ屋の二足のわらじを履いている。
宮野さんによると、「夜逃げ屋」の仕事自体は、引越し業者とあまり変わらないという。大きく異なる点は、“依頼者が置かれている状況”だ。
「ドラマ『夜逃げ屋本舗』の影響か、夜逃げ屋と聞くと『借金取りから逃げるために、人知れず引っ越しをする』ことをイメージする人が多いんですよね。でも近年は、借金苦で夜逃げする人はごく少数。依頼者の年齢や職業、性別は様々ですが、そのほとんどがDVや虐待などから逃れるために、夜逃げ屋を利用しています。
家族やパートナーからDVや虐待を受けている方は、自由に使えるお金を制限されていることも少なくありません。だから、依頼者の荷物量や移動距離をヒアリングして、それに合わせた予算で手配する場合が多いです。例えば先日は、費用を抑えるために、スタッフの人数やトラックの台数も少なくして、丸1日かけて荷物を運びました」
社長に内緒で依頼者にお金を貸してしまい…
ほとんどの依頼者が、“いつか”のためにこっそり貯めたお金や、親戚・友人から借りたお金で夜逃げの相談をしてくる。しかし中には、まったくお金がなく、途方に暮れた状況で相談にくる人もいるという。
「かなり昔の話なのですが、ある母子の夜逃げを担当したとき、当日になって『お金を用意できなかった』と言われてしまって。その際、社長がその親子に何かを感じ取ったのか、『お金がないなら、夜逃げは手伝えない』ときっぱり断ったんです。お金のこと以外にも、その母親の発言が二転三転していたので、少し怪しい雰囲気があったんですよ。
でも僕は、どうしてもその2人を見過ごせなくて……。自分の口座からお金を下ろして、『後で返してくれればいいから』と言って、2人に貸してしまったんです。もちろん、社長には内緒で。
そのお金で夜逃げは無事に行えました。でも、僕の貸したお金はいつまで経っても返ってこなかった。嫌な予感がして彼女たちの夜逃げ先に伺ったら、『気持ち悪い、死ね』と追い返されてしまって……。社長の勘は正しかったんです。僕の考えが甘かったばかりに、社長にも会社にも迷惑をかけてしまったと、ものすごく後悔しました」
結局、宮野さんがその親子に貸したお金はその後も返ってこなかった。それから数年後に親子が住んでいたアパートを再び訪れたら、空室になっていたそうだ。ただ引っ越しただけなのか、トラブルに巻き込まれたのか、今となっては知るすべはない。
宗教2世からの問い合わせが増えているワケ
また、最近の傾向として、「宗教2世」からの問い合わせが増えているという。
「以前から問い合わせはあったんですよ。でも、ここ数年はいろいろな事件の影響で注目度があがったからか、特に増えているかもしれません」
宗教2世の問題は、根深い。例えば、厳しい戒律や教理によって親から虐待を受けたとしても、生まれたときからそれが“当たり前”だから、「教えを守れない自分が悪い」と思ってしまう。場合によっては、家族だけでなく、友人も含めた自分の身近な人がすべて宗教団体の関係者、ということもある。もし違和感を抱えても、周りに相談できずに1人で抱え込んでしまい、夜逃げ屋に連絡する頃にはもう限界寸前ーーという人も少なくないそうだ。
日々寄せられる宗教2世からの相談の中でも、宮野さんが特に印象に残っている事例を教えてくれた。
宗教の教えを破ると厳しい罰が…宗教2世のリアル
「書籍にも掲載している井上ヨシコさん(仮名、当時29歳)は、お母さんがとある宗教の信者でした。それがきっかけかは分からないけれど、ヨシコさんが幼い頃に両親が離婚し、ずっとお母さんと2人暮らしをしていたんです。
宗教の教えから、運動会や誕生会、クリスマス会といった様々な行事に参加できない。国歌や校歌も歌えない。学校行事はもちろん、友達と遊ぶこともままなりませんでした。もし教えを破ると、厳しい罰が待っている。でも、ヨシコさんにとってはそれが“当たり前”の生活だった。宗教の教えも、お母さんの言うことも絶対だったんです」
熱心な信者だった母親は、ほとんど働かず宗教活動にのめり込んでいた。そんな中で母子2人の生活を維持するためには、ヨシコさんが働きに出る必要があった。中学卒業後、彼女は進学せずにコンビニエンスストアでアルバイトを始める。
「同年代の子たちは高校に行って、放課後や休みの日はカラオケをしたり、カフェに行ったりしている。でもヨシコさんは、流行っている曲を1曲も知らない。学校にすら行っていない。青春時代の思い出が何もない。
でも、『おかしい』と声に出してしまうと、これまでの環境が一変するかもしれない。何よりも、お母さんを悲しませてしまうかもしれない。自分さえ我慢すれば、丸く収まる。でも、辛い。彼女はそんな苦悩を、10年以上も1人で抱え続けていました」
中卒の宗教2世女性(29)が夜逃げを決意した理由
ヨシコさんは、もうすぐ30歳になろうというタイミングで、「このままじゃいけない」と夜逃げを依頼した。しかし、夜逃げ前後は「自分だけこの環境から逃げていいのか」と悩み、苦しんでいたという。
「ヨシコさんに限らず、依頼者の多くは夜逃げをすることに葛藤します。本当は夜逃げなんてせず、話し合いで解決したいんですよ。でも話し合う余地がないから夜逃げを選択しているんです。心や体を深く傷つけられてまで、我慢をする必要はないですからね。
ただ、一方的に関係を絶っているからこそ、どうしても加害者への情念が残ってしまう。過去にどんなに理不尽なことをされても、加害者のことを恨みきれなくて苦しんでいる人が多いんです。そしてその苦しみは、夜逃げをした後も続きます」
宮野さんが考える夜逃げ屋の存在価値とは?
夜逃げから5年後、宮野さんはヨシコさんと再会し、近況を聞いた。そのとき彼女は、「お母さんともこうやって、ファミレスでご飯を食べながら昔話ができるようになりたかった。『あの頃の私たちおかしかったね』って笑いあえるようになりたかった」と語ったそうだ。
「10年後も20年後も、もしかしたら死ぬまでヨシコさんの苦しみは続くかもしれません。それは、誰にも分からない。
でも彼女は、苦しみながらも前向きに生きています。夢だった看護師になるために、専門学校へも通い始めました。それは、夜逃げなしでは叶わなかったことです。今の彼女も、たくさんのことに悩み、苦しんでいます。ただ、夜逃げ前とは比べ物にならないくらい“良い顔”をしている。その事実が、夜逃げ屋の存在価値だと思っています」
〈 《夜逃げ屋のリアル》「死ね」「殺す」と殺害予告、“真っ黒な手紙”が会社に届き…現役スタッフが明かす、夜逃げ現場で起こっていること 〉へ続く
(仲 奈々)