プーチン、ようやく戦争に本気で向き合う~これはプリゴジンの遺言だったのか、腐敗一掃、戦時体制整備、そして中国抱き込み
プリゴジンの「二・二六事件」が
このウクライナとの戦争は、そう簡単には終わらないということを前提にして、ロシアは様々な体制の再整備に着手した。いくつかあるが、5月12日のショイグ国防相の交代はその代表的な動きだ。
ロシア軍が持つ問題が、顕在化したのは2023年6月のプリゴジンの反乱だった。あの反乱はロシア国防省内の、ショイグ国防相、ゲラシモフ参謀総長ら主流派と対立していた民間軍事会社「ワグネル」を率いるエヴゲニー・プリゴジンが、セルゲイ・スラヴィキン上級大将らロシア軍内で主流派とは一線を画する勢力の支持を期待して起こしたものだった。
エヴゲニー・プリゴジン by Gettyimages
2022年9月、ウクライナ軍の反転攻勢を受けてロシア軍はハルキウからの撤退を余儀なくされた。その直後の同年10月、ロシア軍総司令官に任命されたのが、それまでロシア軍南部軍管区司令官だったスラヴィキンだった。スラヴィキンはかねてからプリゴジンがその軍人としての能力を絶賛する人物であり、実際、2023年6月から始まったウクライナ軍による再度の反転攻勢をロシア軍が凌ぐ上で決定的な役割を果たした、ウクライナ南部から東部にかけて張り巡らされた地雷原と塹壕からなる防衛線(スラヴィキン・ライン)は、まさに彼の主導で構築されたものだった。
それにもかかわらず、2023年1月、スラヴィキンは副総司令官へと降格となり、ゲラモシフが参謀総長を兼務する形で後任の参謀総長に任命された。これと相前後して、当時、ウクライナ東部バフムトでの戦いを主導していたのは民間軍事会社「ワグネル」だったにもかかわらず、ロシア軍がワグネル軍への砲弾の供給を制限しているとして、プリゴジンがSNSを駆使してショイグ‐ゲラシモフ体制に対して激しい批判を繰り広げたのは記憶に新しい。
実際、ショイグ-ゲラシモフ体制には大きな問題があった。その一つは根深い汚職体質である。これまでプーチン政権は莫大な軍事予算を投下したはずだったのだが、ウクライナでの戦争の勃発を受けて、かなりの部分が目的通りに執行されておらず、兵器や軍事施設や近代化が思った通りに進んでいないことが明らかになった。プリゴジンはそんなロシア軍の現体制を激しく批判していた。
プリゴジンの反乱は、プーチンに対する反乱ではなく、ショイグ-ゲラシモフ体制に対する反乱だった。プリゴジンにとっての「二・二六事件」だった。二・二六事件で青年将校達が体制改革を天皇に訴えたように、国防省の腐敗をプーチンに訴えるための反乱だったのである。これ反乱自体は失敗し、プリゴジンはその後、謎の死を遂げ、あの乱は終息した。しかし、問題の根源はずっと残ったままだった。
こんな問題の根元が残っているままでも、なぜロシアがここまで戦えたのか。先ほど述べたように反主流派のスラヴィキンが、2023年に南部戦線と東部で構築した防衛ライン「スラヴィキン・ライン」のおかげである。これがウクライナの反転攻勢を防ぐことに大いに役立った。
だが、スラヴィキン自身はプリゴジンの反乱の後、責任を問われ、軍の主流のポストを離れて、ずっと海外に行っている。アルジェリアにいるのではと言われている。ただ降格ではあるが、軍籍はあり、軍内で何らかの役割は担っているようだ。
今起きていることは、あのときプリゴジンが訴えてきたことをプーチンの5期目のタイミングで、着手したと言うことだ。3月に大統領選があり、4月にショイグの下の国防次官のイワノフが汚職で逮捕された。そして今回、ショイグ自身が国防相のポストを離れることになった。一応、安全保障会議書記というポストに横すべりしたが、軍のトップとしての立場は失った。その同日にもう一人、軍の幹部が汚職の疑いで捜査されている。明らかに今起きていることというのは、死んだプリゴジンが訴えてきたことを、遅ればせながら実行し、国防省の改革に着手するという言うことなのだと思う。
すべては長期戦への布石
今回、プーチン大統領は信任の厚い経済学者のベローソフ第一副首相を国防相につけて、今ある問題を解決しようとしている。戦争以前では容認できていたことも、戦争が始まって、ここまで問題が出てくるとさすがに容認できない、という判断だったのだと思う。だからベローソフの役割というのは、まず国防省の汚職問題の一掃、そして軍事予算の適切な執行と言うことになる。
軍事予算は増えているとはいえ、永遠に増し続けることが出来るわけではない。国家予算における国防費の割合は6.7%にまで達している。ソ連時代の80年代半ばには7.4%だったことに比べるとまだそこまでに達していないが、大統領府のペスコフ報道官は「それでも注意しなければならない水準だ」と発言していた。
すべて長期戦への布石だ。遅ればせながら、ロシアも西側との何年になるかも解らない戦争に本気になり始めたということだ。ロシアはこの戦争をウクライナとの戦いとは思っていない。ウクライナは西側の支援がなければ戦争を続けられないことは明白なのだから。
シンボリックな人事
プリゴジンの反乱で表面化した問題の延長線上で、今回の人事が行われていると言うことの傍証といえるのが、トゥーラ州知事のアレクセイ・デューミンの処遇だ。彼は一時、プーチン後継者の有力候補と言われた人物。2016年以降、トゥーラ州の知事(当初は知事代行)を務めている。なかなか中央政界に出てくることはなかったが、プーチンは今回、大統領に正式就任した5月7日の2日前に、デューミンに会っている。
これがなぜ注目かというと、実は2016年3月に彼が知事代行になる前、彼は国防次官であり、彼の後任にショイグが選任したのが、今回逮捕されたイワノフだったからだ。そもそも、デューミンの州知事への転任をプーチンにアドバイスしたのもショイグだった。デューミンはショイグらの問題とは、明らかに一線を画した立場にある。
もう一つは、プリゴジンがショイグ、ゲラシモフを猛烈に批判していたときに、代わりにそのポストに就けようと考えていたのがデューミン、スラヴィキンだったといわれることだ。だから、今回、当初デューミンがショイグの後任になるのではないかという噂がかなり流れていた。さすがにそれはやらなかったが、今回、デュ-ミンは大統領府補佐官に任命された。
ショイグ退任のタイミングで、デューミンが中央政界、しかもプーチンの近くに復帰をするというのは非常にシンボリックで、この動きの根底にあるのは、プリゴジンの反乱で表出した問題の解決に、やっとプーチンが本格的に着手したことだ。プーチンからすれば、大統領選挙を終えた政治的な安定、ウクライナへの米国の援助が途絶えた戦況の優勢など、今、腐敗問題に手を付けるのに、いい時期だといえる。
今回の一連の人事では、明確に、戦時経済体制、特に軍需産業を軸にしたロシアの経済政策を打ち出した。ベローソフが第一副首相の時に、既にそれは始まっていたが、さらに彼自身が国防相になった。そして、後任の第一副首相になったのはマントゥーロフ産業貿易相、彼はまさにロステフという軍事企業の一大複合体のトップで、プーチンの東ドイツ時代のKGBの同僚だったチュメゾフの子飼いだった人物だ。
この経済の軍需産業シフトは長期戦を前提とした兵器弾薬の安定的な供給体制をつくることが主眼になっている。ちなみにデューミンがクレムリンでやる担務の一つが軍需産業だ。トゥーラ州というのは軍需産業が盛んだ。デューミン自身も、長い間、トゥーラで軍需産業に関わっていた。ようやく、まともな戦時体制が、人事も含めて整いつつある。
そしてプーチンは中国に飛んだ
この人事が終わった直後の5月16,17日にプーチンがいち早く飛んだのが中国である。中国はロシアにとって、この長期戦を戦う上では絶対に欠かすことの出来ない重要なパートナーである。単にエネルギー資源を買ってくれていると言うだけでなく、それ以上に、半導体を含めた軍事転用できる民生品の最大の供給源なので、中国との関係維持というのも長期戦には欠かせない。
問題は、中国が引いているラインが、殺傷兵器は供与しない、しかし、軍事転用可能な民生品は供与するということである。さすがに米国は、このダブルユースの物資がロシアの軍需産業の生産力を支えていると言うことは認識しているので、昨年の12月、中国のいくつかの銀行に対して、二次制裁を発動した。そのため、ここ数ヵ月、ロシアと中国の貿易額は減ってきている。効果が出始めてはいる。
しかし、ロシア・中国というのはこれまでも何らかの制裁をかけられると、それに適合する形の抜け道を必ず作る。今回、制裁リストに載せられたのは米国に支店を持っている大手銀行だ。それは制裁の対象になり得る。ただし、米国と全くビジネスをやっていないローカルな銀行、ドルを使ったSWIFTでの決済ではない決済手段、などははっきり言って関係ない。なおかつ現地通貨で決済をするということをやれば、そこにいろいろなダミーを間に絡ませたりしたら捕捉されにくくなる。
ロシアも中国も、ルーブル、元での国際決済のシステムは既に持っている。それを使って、主に人民元でということになる。もちろんコストも手間も余計にかかるが決済は十分可能である。直近のフィナンシャル・タイムズでは、ロシアの中央銀行総裁の元アドバイザーが、今回のプーチンの訪中で、米国の二次制裁の回避策が議論されるだろうと指摘している。
習近平からすると、特に制裁の問題で米国に屈したくはない。いつ自分たちが対象になるか解らないからだ。中長期的には、ロシアをある意味、実験台に使って、西側とは一線を画した、中国主導の経済圏、決済システムを構築しようとしており、現在そのプロセスにあるとみる。もちろん、SWIFTやユーロクリアに比べたら、まだまだ使い勝手の良くないシステムではある。しかし最近、この決済システムを使って、バングラディシュがロシアから原子力関連機器を買ったという事例も出始めている。
大きな流れとしてBRICSでこのような塊をつくろうとしている。皆、グローバルサウスの国々も、米国と喧嘩するつもりはないが、オルタナティブとしての手段を持っていたほうがいい、と思っている。中国の狙いは、ロシアを助けるという以上に、米国に対する経済的なオルタナティブをつくるというところにある。
そして、ロシアが改めて体制を整えたとき、ウクライナはどこまで戦えるのか。もし崩壊が起きるとすれば何が起きるのか、「欧州が覚悟する地上軍ウクライナ派遣とプーチン核使用のリアリティー~この戦争はもはやロシアvs.欧米だ」で恐怖のエスカレートの構図を解説する。