登山女子の赤裸々「パートナー事情」告白レポ! グループ・恋人・ソロ「山との関係」
一人一つずつ仲良く並んでテント泊(撮影:鶴岡 亜矢子)
「出来れば大好きな人と山頂でコーヒーを飲んだり、おいしいごはんを食べたいな」。このような考えを持つハイカーは決して筆者だけではないだろう。
ひとりで登るのか、またはグループで登るのか、はたまた恋人か。難しい問題のように思える。もしかしたら、永遠のテーマかもしれない。
パートナー問題をどう乗り越えるか。体当たりでぶつかりまくった筆者の失敗談を紹介しよう。
■ラクありゃ苦あり【恋人編】
二人きりの山登りは楽しさ倍増
山登りパートナーが実生活のパートナーだと、ずっと行動を共にするのでムダがない。そこへ恋愛の要素が加わったらどうなるのかと筆者は想像してみた。手をつなぎ、登山道を歩く。なーんて考えるだけで楽しい。転びそうな筆者を「大丈夫ですか?」と手を差し伸べる頼もしい彼氏! を勝手に想像し、胸を膨らませる。なんだかとても素晴らしいことに思えた。
ところが実際にお付き合いをしてみると何かがおかしい。女性である筆者が相手の荷物を背負い、地図を読んだり天気図を解説していた。長年の山行の成果で、悲しいことに筆者は男性の助けも要らない、立派な山女に成長してしまっていたのだ。
それでもさらに妄想を現実にするため、たくましく山に登る「俺についてこいタイプ」の男性を必死に探した。
ある年の春にSNSを介して一人の男性と知り合った。まさに思い描いてきた「俺についてこいタイプ」。待ちわびた出会いに筆者は即決でお付き合いを開始。そしてその後、大きな勘違いだったと思い知らされることになった。
歩幅が大きいと叱られ、荷物検査でカメラレンズの数が多いとダメ出し。なかでも南アルプスの聖沢にある、10年来あこがれ続けた滝を、ただ時間がないという理由で近くまで行きながら見せてもらえなかった時は本気で泣いた。そうなのだ。この人は「俺についてこいタイプ」ではなく、ただのモラハラ彼氏だったのだ。
極めつけは「別れても予定していた山登りは全て行ってもらう!」。どうしたらいいのか分からず、その年の山行は散々であった。
■自らの成長を実感。しかし……【グループ編】
山ガールの先生として企画した楽しい高尾山縦走
筆者は勤務先で登山女子サークルを開催したり、山岳会に入会するなどのグループ登山も経験した。
登山女子サークルでは、筑波山で初めての山道にビビる初心者の同僚に、山頂で持参の材料でラーメンを作ってあげて「山って最高!」と言わせるなどして、山の楽しみを知ってもらった。また山岳会では、三重県鈴鹿山脈本沢で危険箇所を熟練者にロープ確保のうえ、登らせてもらうなど貴重な経験を積めた。チームワークを山で高めあうのは、グループ登山ならではだと思う。
筆者がグループ登山で大失敗をしたのは、SNSで知り合った20代、30代、40代の男性3人組と筆者の計4人でしばらくの期間、山行を共にした時のことだ。
2回目の山行の後で、3人のうちの40代から付き合って欲しいと言われ承諾。その後結婚、離婚と駆け抜けた。わずか半年の出来事だ。そして悩みを聞いてくれた30代男性から、追い打ちをかけるまさかの告白、お付き合いの開始、そして別れ。
グループで楽しく登っていたはずだったのに、離婚後にグループで登ることは出来なくなり、更に当時の男性同士でも登れなくなってしまったと聞いた。登山グループのチームワークを恋愛によってぶち壊したこと、本当に申し訳なかった。
■自由だけど怖い【お一人様編】
お一人様山行は自由だがデメリットも多い
では、お一人様で登ればいいのではないか。実はたまに単独でも登山していた。
お一人様登山はいつ起きて登ってもいいし、辛ければ戻ってもいい。そして何よりも筆者の好きな写真撮影を思う存分堪能できる。限りなく自由なところが魅力の一つだと思う。
ところが、実は筆者は極度の怖がりだった。両面すっぱり切れ落ちたコルを見れば足が震え、行く手の先にサルがいれば前に進めなかった。
ある年の7月、2泊3日の日程で単独入山した南アルプスの椹島から赤石岳、荒川三山縦走の2日目で、コーヒーを飲もうと湯を沸かすときに、コッヘルを忘れたことに気がついた。仕方なくチタン製のカップで沸かしたが、底が二重なので温まる訳がない。熱で変形してしまったコップで、粉が溶けない状態の水っぽいコーヒーを泣く泣く飲んだ。
その日はひどい1日だった。コッヘルの後は雪渓が怖くてストックを1本落とし、さらに荒川前岳では疲れと、気持ちよさで気づいたらしばらく昼寝していた。慌てて大急ぎで千枚小屋に到着したのが夕食ギリギリ。我ながら情けない山行であった。
■現在は山好きの友人と。そして、未来が楽しみ
思い思いの山行を楽しもう
このような数々の体験を経て、現在は山好きの友人と登山を楽しんでいる。一人で行くことは今でもあるが、筆者にとっては現在のような友人パートナーがいたほうがしっくりくるみたいだと感じている。
だからといって、もちろんずっとこのままという保証もない。この先どうなるのかと考えるとワクワクするような楽しい気持ちがこみ上げる。
ただ決まっていることは、登山を続けるということ。「山がそこにあるから」とジョージマロリーが言ったように、私も「山が好きすぎるから!」という結論に至ったのであった。
明日の山をだれと登るのか。永遠のテーマを追う日々は続いていく。