『光る君へ』藤原定子への思いを捨てきれない一条天皇、相手にしてもらえない女御たちの憂鬱
京都・一条院跡(写真:PIXTA)
『源氏物語』の作者、紫式部を主人公にした『光る君へ』。NHK大河ドラマでは、初めて平安中期の貴族社会を舞台に選び、注目されている。第23回「雪の舞うころ」では、出家した藤原定子(中宮)が娘を無事に出産。子の父親である一条天皇が「一目会いたい」と願うも、それは許されず……。今回の見どころについて、『偉人名言迷言事典』など紫式部を取り上げた著作もある、偉人研究家の真山知幸氏が解説する。(JBpress編集部)
どうしても定子を忘れられない一条天皇
「ここにかく 日野の杉むら 埋(うず)む雪 小塩(おしお)の松に 今日やまがへる」
今回の放送で、吉高由里子が演じるまひろ(紫式部)が詠んだ歌だ。現代語訳すれば「ここ越前では日野岳の杉林を埋めるほどの雪 都の小塩山の松にも今日は雪が降り乱れているのでしょうか」というもの。
実際に紫式部が残した和歌であり、遠い越前から都のことを懐かしく思う心情が伝わってくる。
その頃、都では相変わらず定子を思い続ける一条天皇の姿があった。塩野瑛久演じる一条天皇は、渡辺大知演じる蔵人頭の藤原行成(ゆきなり)に、中宮が好きだった和歌を読み上げている。
「夢路にも露やおくらむ 夜もすがら通へる袖のひちて乾かぬ」
(夢の通路にも露が置かれているのだろうか。夜通し通う私の袖口は濡れて乾かない)
切ない恋の和歌に、一条天皇の定子への思いは募るばかり。わが子を身ごもる定子は、外戚となった母方の伯父・高階明順(あきのぶ)邸に身を寄せた。一条天皇は心配でたまらなかったようだ。藤原行成にこんなお願いをしている。
「中宮は健やかに過ごしておるであろうか。そろそろ子も生まれよう。高階にひそかにいくことは叶わぬであろうか」
定子はすでに出家の身であり、当然、会うことは難しい。それでも一条天皇は何とか定子と会おうとする。
立場的には、兄の伊周(これちか)の不祥事によって出家した定子のことは早く忘れて、他の女御と世継ぎを生まなければならない。柄本佑演じる藤原道長としても、悩みの種だったに違いない。
藤原元子は一条天皇の心をつかめるのか
一条天皇が定子を変わらず思っていたことは、宮中でも話題になっていたらしい。黒木華演じる道長の妻・源倫子が、道長にこう語りかけた。
「義子(よしこ)さまに続いて、この間は元子(もとこ)さまも入内されましたけれど、帝は元子様にも義子様にもお会いにさえならないのですってね」
史実においても、長徳2(996)年、一条天皇のもとには、藤原公季(きんすえ)の娘・藤原義子が入内して女御となり、さらに、右大臣の藤原顕光(あきみつ)の娘である藤原元子も入内し、女御となっていた。
ドラマでは、倫子が夫の道長に「殿が帝と女御様方を結びつけるべく、何か語らいの場を設けられたらよろしいのに」と提案。「万事お任せくださいませ」という倫子によって、親睦会が催されることになる。
とはいえ、女御同士が顔を合わせるのは気まずい。まずは、入内したばかりの元子を呼んで、一条天皇との交流が図られた。
元子の父親である右大臣の藤原顕光は、宮川一朗太が演じている。顕光が機会を設けてくれたことへのお礼を、道長に何度もしつこく伝えていたのが印象的だった。娘が一条天皇の子を宿せば、自身の立場は大きく変わるのだから、必死にもなるのだろう。
会では、一条天皇が吹く笛に合わせて、安田聖愛演じる藤原元子が、得意だという琴の演奏を披露した。しかし、一条天皇は演奏中に定子を思い出し、途中で止めてしまう。心が動く様子は少しも見られなかった。
実際の一条天皇は、新たに入内した2人とどんな関係だったのか。藤原義子については、子を宿していないので、一条天皇の寵愛を受けることはなかったようだが、藤原元子については懐妊しているため、一条天皇の寵愛を受けたのではないかとされている。
だが、元子の懐妊について『栄花物語』で「水を生む」と表現されており、流産したとも想像妊娠の類いだったとも言われている。ドラマではどのような展開になるのだろうか。
さらにこの2人が入内した2年後には、藤原道兼の娘・藤原尊子が入内することになる。一条天皇とどんな関係性を築くのか、注目したい。
もはや涙なしには読めなさそうな『枕草子』
渦中の高畑充希演じる藤原定子は、我が身に降りかかった悲劇に憔悴しながらも、ファーストサマーウイカ演じるききょう(清少納言)の前で、笑みをこぼすほどに心身を回復させていた。
定子は、ききょうが書いた『枕草子』の中で、次の一節がお気に入りだったらしい。
「鶏の雛の、足高に白うをかしげに、衣みじかなるさまして、ひよひよとかしかましう鳴きて、人の後・前に立ちて歩くも、をかし。また、親の、ともに連れて立ちて走るも、皆うつくし」
第146段の「うつくしきもの」の一節だ。ドラマではこの現代語訳として次のように読み上げた。
「鶏のひなが足が長い感じで、白くかわいらしくて、着物を短く着たような格好をして、ぴよぴよとにぎやかに鳴いて、人の後ろや、先に立って付いて歩くのも愛らしい。また親がともに連れだって走るのも、みなかわいらしい」
定子が「姿が見えるようね、さすがである」と声をかけると、ききょうは「お恥ずかしゅうございます」と恐縮している。
2人は出会ったばかりのことを思い出して、懐かしそうに振り返った。ききょうが初出仕を振り返って「目がくらむほどでございました」と言ったのは、『枕草子』の次の一節からだ。几帳の後ろから定子を見て、清少納言はこんな感想を抱いたという。
「かかる人こそは、世におはしましけれ」
(こうした方が世の中にはいらっしゃるのだなあ)
ドラマで定子は「あの頃が、そなたの心の中で生き生きと残っているのであれば、私もうれしい」と述べている。
清少納言とその祖先を祀る車折神社(京都市右京区、写真:PIXTA)
『枕草子』では、宮中でのさまざまな出来事がつづられているが、どれも気持ちがほのぼのとしたり、思わず吹き出してしまったりするような楽しい話ばかり。
定子の身に起きた悲劇については、一切触れられていない。そのため、清少納言は、定子を勇気づけるために書いたのではないかと推測されている。成立年は不明だが、ドラマでは「定子が出家したのをきっかけに書いた」とすることで、その執筆動機をより際立たせることに成功している。
今回の放送で、定子は「そなたが御簾の下から差し入れてくれる、日々のこの楽しみ(書き物)がなければ、私はこの子と共に死んでいたであろう」とまで言っている。
そして、ききょうをそばに呼ぶと「ありがとう」とお礼を伝えて、「この子がここまで育ったのは、そなたのおかげである」という言葉をかけている。ききょうは「もったいないお言葉」と感激した。
改めて前述した定子のお気に入りの『枕草子』での一節を読み返すと、「かわいいひな」の様子を描くことで、定子の気持ちを生まれてくるわが子に向けさせていることが分かる。
書き物によって定子を勇気付けた、ききょう。『枕草子』の目的は、見事に果たせたと言えるだろう。
初登場となった居貞親王と敦明親王とは?
長徳2(996)年12月、定子は脩子(しゅうし)を無事に出産。ドラマでは、一条天皇と定子との間に生まれたのが、女の子であることをあからさまに喜ぶ人物がいた。今回が初登場となる、木村達成演じる居貞親王(いやさだしんのう)だ。
居貞親王は、冷泉天皇の第二皇子で、花山天皇の異母弟にあたる。 母は、藤原兼家の三女・超子(ちょうし)であり、道長にとっては甥にあたる人物だ。第一皇子として、敦明親王(あつあきらしんのう)をもうけている。
4歳年上の従兄弟にあたる一条天皇が即位すると、居貞親王は皇太子となった。ドラマではまだ元気な一条天皇だが、やがて病に倒れると、この居貞親王に譲位がなされて、三条天皇として即位することになる。
いかにも野心がありそうな居貞親王と、その第一皇子である敦明親王。ともに道長とは対立を深めることになる。ドラマではどのように描かれるのか要注目だ。
そして、ドラマ内での道長にとって、かなりショックであろう出来事が近づきつつある。まひろの結婚だ。しかも、相手は20歳以上も年上で、妻も子もある藤原宣孝(のぶたか)なのだから、道長からすれば「それだったらオレの妾でもよかったじゃないか……」と思わずにはいられないだろう。
ドラマの終盤では、宣孝がまひろにプロポーズ。まひろは呆気にとられている。まひろの父・為時がどんな反応をするのか。まひろの返事とともに次回もまた楽しみだ。
【参考文献】
『新潮日本古典集成〈新装版〉紫式部日記 紫式部集』(山本利達校注、新潮社)
『現代語訳 小右記』(倉本一宏編、吉川弘文館)
『紫式部』(今井源衛著、吉川弘文館)
『紫式部と藤原道長』(倉本一宏著、講談社現代新書)
『敗者たちの平安王朝』(倉本一宏著、KADOKAWA)
『藤原伊周・隆家』(倉本一宏著、ミネルヴァ書房)
『偉人名言迷言事典』(真山知幸著、笠間書院)
【真山知幸(まやま・ともゆき)】
著述家、偉人研究家。1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年より独立。偉人や名言の研究を行い、『偉人名言迷言事典』『泣ける日本史』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたか?』など著作50冊以上。『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は計20万部を突破しベストセラーとなった。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義、宮崎大学公開講座などでの講師活動も行う。徳川慶喜や渋沢栄一をテーマにした連載で「東洋経済オンラインアワード2021」のニューウェーブ賞を受賞。最新刊は『偉人メシ伝』『あの偉人は、人生の壁をどう乗り越えてきたのか』『日本史の13人の怖いお母さん』『文豪が愛した文豪』『逃げまくった文豪たち 嫌なことがあったら逃げたらいいよ』『賢者に学ぶ、「心が折れない」生き方』『「神回答大全」人生のピンチを乗り切る著名人の最強アンサー』など。
■真山知幸の大河ドラマ解剖
◎『光る君へ』中国で「科挙」が発展したのは宋の時代、宋人が「戦に飽き飽きしていた」ワケとは?(2024.6.8)
◎『光る君へ』清少納言に筆をとらせた定子の魅力、『小右記』につづられた兄・伊周との「意外な逸話」とは?(2024.6.1)
◎『光る君へ』紫式部の父・藤原為時は任地替えを自ら一条天皇に願い出た?数々の史料に書かれた逸話の「真偽」(2024.5.25)
◎『光る君へ』ついに公卿のトップに立った藤原道長、適材適所の人事と「四納言」の台頭に注目(2024.5.18)
◎『光る君へ』渋る一条天皇を説得して藤原道長を関白にしようとした姉の詮子、『大鏡』に記されている「強烈な言動」(2024.5.11)
◎『光る君へ』藤原道隆の後継になるべく「内覧」のポストに就いた伊周、ドラマでは描かれなかった見苦しい“一悶着”(2024.5.4)
◎『光る君へ』清少納言の機転を利かせたとっさの行動、『枕草子』で有名な「香炉峰の雪」の映像化が反響を呼んだワケ(2024.4.27)
◎『光る君へ』ライバル藤原伊周との「弓争い」に渋々応じた道長、『大鏡』ではむしろ好戦的だった(2024.4.20)
◎『光る君へ』父の藤原兼家に「とっとと死ね!」と暴言を吐いてやさぐれた道兼、『大鏡』に描かれたその狂乱ぶり(2024.4.13)
◎『光る君へ』急速に出世して藤原道長のライバルとなる甥の伊周はどんな政争を繰り広げるのか(2024.4.6)
◎『光る君へ』一夫多妻制ではなかった平安時代、大きな差があった「正妻と妾」の立場の違い(2024.3.23)
◎『光る君へ』一大プロジェクトとして描かれた「寛和の変」、計画がバレそうで不安になる『大鏡』での藤原道兼(2024.3.16)
◎『光る君へ』藤原兼家の陰謀とされる花山天皇「出家」の謎、忯子急死から1年後に出家した不自然さをカバーする展開(2024.3.9)
◎『光る君へ』文献にも描かれている藤原兼家の狡猾さ、「たぬき寝入り」で凶事をスルーした出来事も(2024.3.2)
◎『光る君へ』女性を好き勝手に見定めするゲスな貴族たち、まひろの「立ち聞き」も『源氏物語』の創作へと生かされる(2024.2.24)
◎『光る君へ』物語の鍵を握る女性たち「藤原道長と結婚する源倫子ともう一人の妻」「紫式部と清少納言のライバル心」(2024.2.17)
◎『光る君へ』なぜ紫式部は和歌の勉強会で『竹取物語』の解釈を熱弁したのか(2024.2.3)
◎『光る君へ』紫式部の父を励ます陽キャな「藤原宣孝」に注目すべきワケ(2024.1.20)
◎『光る君へ』初回からまさかの急展開、文献でも酷評の「道長の兄」が怖すぎる(2024.1.13)
>>もっと見る