プロ野球“じつは危機的状況”とにかく打てない問題「退屈な試合でファン離れも」「引退する選手が出る可能性」専門家も衝撃…最悪のシナリオとは
ホームランが激減している今。起こりうる最悪のシナリオとは?(写真はイメージ)
プロ野球が、静かに危機的な局面を迎えている。背景にあるのは、ここ半世紀で最低レベルの“記録的打低”だ。ホームランや得点の激減による、最悪のシナリオとは。「飛ばないボール説」も囁かれるなか、野球のデータに通じたアナリストに具体的な対策を尋ねた。【全2回の2回目】
深刻な“投高打低”が続く今季のプロ野球。あの悪名高き“違反球”時代をも下回る、過去半世紀でもっとも低水準な打撃成績の主要因は、いったいどこにあるのか。
衝撃のデータ「打者が打てていない」
株式会社DELTAのアナリスト・宮下博志氏は、データを根拠に「投手のレベルアップ説は考えにくい」「なんらかの理由でボールが飛ばなくなっている可能性が高い」としながらも、“犯人探し”よりも現状を正しく認識し、対策を講じることこそが重要だと語る。
「.600台前半の平均OPS(出塁率+長打率)というのは、プロ野球においては“極端に投手有利な数字”だと思います。得点が入らないゲームばかりでは、多くのファンは退屈を覚えるはずです。ラビットボール時代のような過度に打者有利の環境に調整が入ったように、あまりにも投手有利な現状も改善されるべきだと考えます」
宮下氏が指摘する通り、極端な“投高打低”の具体的な弊害としてまず挙げられるのが、試合を見るファンの楽しみが損なわれることだろう。得点シーンやホームランの減少はその最たる例だといえる。緊張感のある投手戦も、毎試合のように続いていては「動きのない単調な試合」になってしまう。
「点が入らない」野球…人気低下も
試合をフルで観戦すると2時間以上はかかるのが野球というスポーツだ。アメリカにおいて、野球が「遅い」「退屈」という理由で若年層の支持を失ったことは広く知られている。結果的に、MLBは投球間隔に制限を設けるピッチクロックを導入した。
では、そのMLBよりも平均試合時間が長く、しかも得点が入らない現状のプロ野球は、果たしてコンテンツとして魅力的だと言えるだろうか? 数ある娯楽のなかから選ばれるだけのスペクタクルは本当にあるのか?
日本においては観客動員、視聴者数ともにスポーツ界のトップに君臨する野球だが、退屈だというイメージが定着してしまうことで、人気が急落する未来がないとは言い切れない。
「ここ数十年でもっとも得点が入らない環境ですからね。長く野球を見ている方も、最近ファンになった方も、10年後に今のプロ野球を振り返って『あのころは楽しかった』と懐かしむことはあまりないのでは。野球界として危機感を持たなければいけない状況だと思います」
違反球で「名選手が引退した過去」
さらに見過ごせない問題が、成績の下降による選手のキャリアへの影響だ。2006年から2010年まで5年連続3割・30本を達成していた小笠原道大は、“違反球”こと飛ばないボールが使用された2011年、打率.242、5本塁打という低調な成績に終わった。さらに翌2012年は打率.152、0本塁打と不振を極め、推定年俸は4億3000万円から7000万円にダウン。ボールによって運命を狂わされた選手の代表格に挙げられる。
また、2012年かぎりで現役を引退した現ソフトバンク監督の小久保裕紀も、同年の引退表明会見で「フリーバッティングでボールが飛ばなくなったとか、今シーズンも完全にホームランやなと思った打球がセンターフライになったり、そういうことが重なった」と述べている。もちろん、どちらの例も故障や加齢などが考慮されるべきだとはいえ、少なからずボールの影響はあったと考えるのが自然だろう。
一方で、2011年に48本塁打を放ち、圧倒的な成績でホームラン・打点の二冠王に輝いた中村剛也や、2012年に打率.340、27本塁打、104打点をマークした現巨人監督の阿部慎之助のように、ボールが飛ばない環境下でも結果を残した選手はいる。だが宮下氏は、「好成績を残した選手もボールの影響は受けていたのでは」と推測する。
「2011年の中村剛也選手にしても、本来ならもっととてつもない数字を残していた可能性もありますよね。ボールの飛距離が数メートル落ちることで、例年であれば40本打てていた選手が30本に、30本が20本に、15本が5本になっているかもしれない。結果的に、ホームラン数によるインセンティブで年俸を稼ぐのが難しくなってしまう。もちろん小久保監督のように、引退する選手が出てきてしまう可能性もある」
投手にとっても不幸…なぜ?
影響を受けるのはバッターだけではない。6月14日を終えた時点で防御率0点台および1点台の選手が9人(セ・リーグ6人、パ・リーグ3人)いるように、“投高打低”ゆえにピッチャーもかえって突出した成績を残しにくいという側面もある。宮下氏が続ける。
「どれだけ結果を残しても『ボールのおかげ』と言われて評価されなくなってしまうのは、投手にとっても不幸なことです。結果的に打者は過小評価され、投手にしても『本当にこの数字はすごいのか』という疑念が生まれてしまう。そういった環境で得をする選手は、おそらくあまりいないのではと思います」
打高にせよ打低にせよ、「極端な環境」は打者にとっても投手にとっても望ましくない。では、「ベターな環境」だと言える基準のようなものはあるのだろうか。宮下氏によると、リーグ平均OPSがひとつの目安になるという。
OPS「.600台前半」の異常さ
「90年代以降のプロ野球の推移を見ると、多くのシーズンでリーグ平均OPSは.700から.750の間に収まっています。MLBや他の国のリーグも参考にしたうえで、平均OPSは.700台の前半に収まるくらいがベターでしょう。そこを調整せずにいると、過去の選手たちの数字にもバイアスがかかってきてしまう。公平に記録を比較できるように、連続性をもった環境に整えることもリーグの役目ではないでしょうか」
具体的な措置として考えられるのは、やはりNPBによるボールの調整だ。2013年には、前年までの飛ばなすぎるボールから仕様を変更した統一球に「サイレント修正」をしていたことが発覚し、加藤良三コミッショナー(当時)をはじめNPBは多くの批判を浴びた。
「シーズン中にボールを変えていい」
当時のように、仮にボールに問題があった場合に隠蔽を行うのは論外だろう。だが、透明性を担保したうえで原因を調査し、適切な状態に調整することはむしろ健全な対応といえる。宮下氏は「ボールの変更をタブー化しないでほしい」としつつ、以下のように持論を述べた。
「もしボールに原因があったとして、『想定より飛びませんでした』と公表したら叩かれるというのは健全ではありません。何か間違いがあったときに糾弾するのではなく、適宜バランスを調整するのが当たり前になれば、リーグとして成熟していくのでは。シーズン中にボールを変えてはいけない、というルールもない(※2014年に当時の規定より飛びやすいボールが判明した際は、調査結果を公開したうえで4月中に規定内のボールに変更されている)。いずれにせよ完璧に同じ条件にコントロールするのは不可能なので、ある程度の幅を持たせて対応していくのが現実的だと思います」
今後、極度の“投高打低リーグ”と化したプロ野球の風向きが変わることはあるのだろうか。なんらかの改革が決まった暁には、それがフェンスの手前で失速することがないよう願うばかりだ。
〈前編からつづく〉