【ゴルフ競技委員はつらいよ】選手にとっての“悪者”になるスロープレーの監視、ペ・ソンウ“ホールインワン未遂”では競技規則を見せての説得も
JLPGA91期生のぺ・ソンウ。2024シーズンもシード権を獲得(AFP=時事)
セルフジャッジが前提のゴルフにおいて、プレー中の選手がルールの適用を迷ったりした際に頼るのが「競技委員」だ。時には選手から異議を唱えられることもあるが、日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)競技委員の門川恭子氏は「ゴルフの審判は競技委員ではなく、ルールブックです」と言う。どういうことか。スポーツを長年取材する鵜飼克郎氏が聞いた。(全4回シリーズの第3回。文中敬称略)
【写真2枚】JLPGAの競技委員・門川恭子氏はステップアップツアーでの優勝経験もある元ツアープロ
* * *
2012年からJLPGAの競技委員を務める門川恭子に「競技委員をしていてつらいことはあるか?」と訊ねると、「そう感じることは多いです。自分がつらいというより、選手たちに対してですが」と答えた。
門川に限らず競技委員はプロゴルファー出身者だ。一打一打に集中したい状況の中、プレーを中断させて状況を質問する。それが選手にとって重い負担になることは痛いほどわかるという。
なかでも競技委員が“悪者”に思われてしまうのはスロープレーの対応だ。アウトオブポジション(前組との間が開いている状態)の定義は明確に決まっており、競技委員はそれから遅れていないかの確認を行なう。スロープレーが改善されなければ罰打がつく。
「ペナルティにならないように進行を促すわけですが、選手のメンタルの部分もわかるので、穏やかに“頑張ってペース上げていきましょうね”と言うようにしています」
それでも競技委員たちは、無線で「第△組が遅れているから声を掛けてください」「前の組と2ホールも開いたからイエローカードを出します」「アウトオブポジションなのでプレー時間の計測に入ります」と進行を促される。
「競技委員は罰打を科すためにプレー時間をコントロールしているのではありません。スタート時の間隔を保ちつつ、出場する全選手が公平な条件でプレーさせるためです。時間をかける選手と、時間を守ってプレーしている選手がいたら公平性が担保されなくなる。だからスロープレーには厳格である必要があります」
ただし、そうした中でも気遣いが大切だと語る。
「選手もプレーに集中していて、気が張り詰めているので、“遅いですよ”“ペナルティになりますよ”と言ってしまうとカチンとくるでしょう。だから“前の組がいないですね”というような声掛けをしています。
遅れているかどうかは、ミドルホール(パー4)のティーイングエリアが一番わかりやすい。前の組がセカンド地点どころかグリーンにも姿が見えなければ、まるまる1ホール離されていることが選手の目からも明らかです。そこでティーショットの前に、“前の組がいないですね。頑張ってペースアップしてください”と伝えるようにしています。競技委員の姿を見ただけで過敏に反応する選手もいますから、声を掛けるタイミングは難しいですね」
ペ・ソンウの“ホールインワン未遂”
ゴルフが他のスポーツ競技と異なるのは、前述したように「審判はプレーヤー自身」という点にある。競技委員はあくまで選手によるジャッジのサポート役という立場だ。
「ゴルフの審判は誰かというと、“ゴルフ規則(ルールブック)”です。選手が競技委員という“人間”を尊重するかどうかではなく、ルールブックを尊重することが重要なんです。なので私は選手から不服を訴えられても、最終的には“ルールにはこう記されています”と言ってルールブックを見せ、“規則書にあることは覆りません”と伝えます。“私に従いなさい”ではなく、“ルールに従いましょう”が大前提なのです」
それを象徴する場面が、2023年の日本女子オープン3日目にあった。7番パー3でペ・ソンウのティーショットが美しい放物線を描きながら直接カップに飛び込み、“ホールインワンだ!”と歓声が上がった。
ところがグリーンに行ってみるとボールはカップの縁に突き刺さった状態で、8割方カップ内にあったものの一部はグリーン面より上の高さだった。競技委員による確認が行なわれた結果、「ホールインワンではない」と判断され、ペ・ソンウは残念そうな表情でカップ横にリプレースし、第2打となるバーディーパットを決めた。
門川はこの場面には立ち会っていなかったものの、同じコースで競技委員を務めていた。
「別の場所で遅れていた組の計測をしていましたが、イヤホンから入ってきた情報を聞き、“これは滅多に見ないケースが起きているぞ”と感じていました。規則書の事例には“ボールがカップ内側の側面に食い込んだ場合、ボールのすべての部分がパッティンググリーン面より下でなければホールに入ったとみなされない”とあります。ボールがピン(旗竿)に寄りかかっている場合は、ボールの一部がパッティンググリーン面より下にあればホールインと認められますが、カップの壁面に食い込んだケースではボール全体がパッティンググリーン面より下にないとダメなのです。
もっとも、実に稀なケースですからペ・ソンウ選手が“これはホールインワンでしょう”と主張したのも仕方ありません。普段は穏やかでルールもよく理解しているプレーヤーですが、これに関しては“判定に納得できない”という様子でした。ですが、英語バージョンの規則書の事例を見せたところ、納得してくれたそうです」
ゴルフは何が起こるかわからないスポーツだが、そこまで想定してルールブックは作られている。そんな“10年に一度あるかないか”の状況であっても、競技委員はすぐにルールブックをその場で紐解き、判断しているのだ。
(第4回に続く)
※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。ゴルフの競技委員のほか、野球、サッカー、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。