野村克也を思わずうならせた、原監督の「天性の勝負勘」…二人の決定的な「才能の違い」
巨人・原辰徳、名将・野村克也に仕えたオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブ監督、橋上秀樹氏が明かす、今勝てるチームを追求した著書『だから。野球は難しい』(扶桑社新書)から一部抜粋して、内容を紹介する。
前編『名将・野村克也が元巨人・原辰徳をみて「采配がわからない」とボヤいていた“納得のワケ”』では、筆者が楽天コーチ時代の2006年から09年まで監督を務めていた野村克也の監督観について解説した。
直感力が高い原監督の采配
野村さんは原監督の采配を懐疑的に見ていたところがあった。ただ、私は巨人の戦略コーチとしてベンチに入っていたときに、原監督の采配のすごさに間近で触れた。具体的に言うと、「直感力の高さ」である。
ある試合で巨人が1点リードしていたときのこと。終盤になって相手チームの先頭打者
が出塁して、無死一塁という場面になった。このとき巨人の投手が初球ボール、2球目ストライクとなったとき、ベンチにいた原監督がバッテリーコーチに、
「慎之助に『外せ』のサインを送れ」
と指示をした。
そうして投手がホームへ投じると、相手ベンチは動く気配がない。2ボール1ストライクとなって、次は勝負……かと思いきや、またもや原監督がバッテリーコーチに「外せのサインを送れ」と指示。
ここで外したら3ボールになってカウントが悪くなる―。そう思った私だったが、な
んと次のカウントで相手チームの一塁走者は盗塁を敢行してきたのだ。
巨人バッテリーはあらかじめ外していたので、二塁ベース手前で楽々とアウトにしたのだが、こうした場面でなぜ「外せ」のサインを送ることができたのか、原監督に直接尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「普通ならば1ボール1ストライクから1球外したら、打者有利のカウントになるから、
『次のボールは必ず勝負してくる。だからここで盗塁のサインを出そう』とベンチは考えたくなるものだ。だから2球続けて外したというわけなんだ」
この答えに「なるほど、そういう考え方もあるのか」と感心したのと同時に、「ほかの監督であれば、そういう判断はしないだろうな」とも考えた。「原監督の作戦はギャンブル性が高い」と述べたが、これも同様にギャンブル性の高い作戦であることは言うまでもない。だが、それ以上に原監督のここぞという直感の働き方は、ほかの監督にはないものだ。
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原監督の直感力というのは、言い換えれば「決断力」ということになるかもしれないが、監督として長年にわたって幾多の修羅場をくぐり抜けてきた経験が身につけさせたものなのだろう。
一方でこれが野村さんであれば、「なぜ2球外すのか、根拠を示せ」と言ってくる。野
村さんのいうところの「根拠」とは「理由」とも言い換えられるが、明確な根拠がなければそれは作戦ではなくヤマ勘だと言われて一蹴されてしまうのがオチだ。
だが、原監督は違う。理論でも理屈でもなく直感である。この点は長嶋茂雄さんに通じるものがある。原監督は長嶋さんのもとで1999年から2001年までの3年間、野手
総合コーチ(99年)とヘッドコーチ(00年、01年)を務めていたが、長嶋さんの影響というのもあるはずだ。
人からヤマ勘だと言われようが、ここぞとひらめいたときにはかなりの高確率で当てていたのだから、この才能については天性のものとしか言いようがない。
「原はすげえことやるな」と思わずうなった野村さん
勝つことに関して、私が見てきた指揮官のなかでもっともこだわりが強かったのは原監督だ。
楽天のヘッドコーチ時代に、巨人と対戦したときの話になるが、試合終盤の無死一塁という場面で、打線の中軸を任されていた阿部が送りバントを決めた。
緊迫したこの場面において、どう考えても阿部本人が送りバントを率先して行うとは思えず、これは原監督からのサインが出ていたからだと、直後に読み取った。
同時に隣にいた野村さんがこうボヤいた。
「この場面でチームの中心選手に送りバントのサインを出すなんて、原はすげえことやるな。オレだったら、クリーンナップを打つ選手に送りバントのサインなんか出せないよ」
私が「どうしてですか?」と質問すると、野村さんはさらにこう続けた。
「チームの中心選手が送りバントのサインを出されたときの心境を考えてみろよ。『オレのこと信用していないのか』って、プライドがズタズタになるかもしれないじゃないか。原はチームの中心選手にそこまでできることに感心したよ」
たしかに野村さんが、クリーンナップを打つ選手に対して送りバントのサインを出したことはあまり記憶にない。当時の弱かった楽天であっても、「チームの中心選手」に対してはプライドを尊重していた。
けれども巨人は違った。
「この場面で1点を奪えば勝てる。そのためにはどうすればいいのか」
そう考えたときに、原監督は迷うことなく主力にも送りバントをさせた。野村さんの話からもわかるように、「チームが勝つための作戦」として送りバントのサインが出せる原監督の凄みを、このときに感じた。