パワハラ解雇の楽天・安楽、メキシカンリーグで奮闘中 日本球界復帰の可能性は
メキシコの地で奮闘している右腕がいる。昨季限りで楽天を退団し、メキシコシティ・レッドデビルズでプレーする安楽智大だ。
米国のメジャーリーグに比べ、メキシカンリーグの知名度が高いとは言えない。だが、日本人選手では久保康友(元ロッテ)、田澤純一(元レッドソックス)、荒波翔(元DeNA)などが過去にプレー。現在は元DeNAの乙坂智がユカタン・ライオンズに所属している。
メキシカンリーグで取材経験があるライターが語る。
「日本のプロ野球は投高打低ですが、メキシカンリーグは打高投低です。これは球場が標高1500メートル以上の高地に多いことが強く影響しています。標高が高くなると空気が薄くなり密度が小さくなり、飛距離が伸びる。日本では外野フライと思った打球が軽々とスタンドを越えていきます。また、高地だと変化球の曲がりが小さくなると言われます。これも気圧の影響でしょう。投手不利の環境なので防御率3点台前半だったら及第点をつけられます」
■「勝利の方程式」を担いオールスターにも選出
メキシカンリーグの今年の投手成績を見ると、防御率2点台以下が5人のみ。この中で格の違いを見せているのが、昨季DeNAでプレーし、現在はレッドデビルズで安楽とチームメートのトレバー・バウアーだ。9勝0敗、防御率1.56。69回1/3を投げて102奪三振と、白星、防御率、奪三振はいずれもリーグトップだ。かつてのサイ・ヤング賞右腕は、現在もメジャーで2ケタ勝利をマークできる実力は十分にある。
一方、安楽はリリーフで「勝利の方程式」を担い、32試合登板で0勝1敗、防御率3.45。直近の登板で失点が重なったが、一時は防御率2点台と好投を続けてオールスターに選出された。
かつて、メキシカンリーグでプレーした選手は安楽の活躍を評価する。
「慣れない異国の地でよく頑張っていると思いますよ。本拠地があるメキシコシティは平均標高2240mの高地にあります。安楽の直球は140キロ台中盤なのでメキシカンリーグでは平均かそれ以下だと思いますが、制球力とスプリットの精度は際立っており、大きな武器になります。レッドデビルズはリーグ優勝通算22回の強豪チームで、トップクラスの選手は1000万円以上の年俸をもらっている。米国の3Aと遜色ないレベルで、バウアーはこのリーグでの活躍を足掛かりにメジャー復帰を目指しています。安楽も好成績を残せばステップアップが期待できますが、結果を残さなければ突如解雇を言い渡されるシビアな世界です。生存競争が過酷なメキシコでプレーすることで、心身共にたくましくなるでしょう」
■パワハラの被害者は10人にも
1年前は安楽がメキシカンリーグでプレーしている姿を想像すらできなかった。
安楽は高校時代、済美(愛媛)のエースとして2年のときに春夏連続で甲子園に出場。春は準優勝し、夏は今も大会最速記録である155キロを投じた。2014年のドラフト1位で楽天に入団し、21年からセットアッパーで3年連続50試合登板。27歳と経験値を重ねてこれからキャリアの最盛期を迎えると思われていた。だが、昨年のシーズンオフに暗転した。
安楽が複数のチームメートにパワハラ行為をしていたことが複数のスポーツ紙で報じられる事態になり、森井誠之球団社長は昨年11月、仙台市内で記者会見を開いて安楽のパワハラ行為を認め、謝罪した。会見では、在籍する選手やコーチら計137人にアンケートを実施した結果を発表したが、92%が回答し、被害を受けたのは約10人、ハラスメント行為を見聞きしたのは約40人に上ったことも明かした。
安楽は「契約保留選手名簿」から外され、自由契約となった。事実上の解雇だった。
■古巣に復帰の可能性は…
楽天の球団OBは表情を曇らせる。
「うーん……表現が難しいですけど、根っからの悪い奴には見えなかった。僕は一緒にプレーしたわけではないけど、グラウンドで会ったら姿勢を正して挨拶をしてくれました。他の選手に聞くと、頭の回転が速いし気が利くので、先輩にはかわいがられていたみたいです。ただ、中堅の年齢になり、後輩の模範になる自覚を持たなければいけなかった。本人が冗談やふざけてやったとしても、相手が苦痛に感じればパワハラです。そこの一線は越えてはいけない。安楽だけでなく、その行為を黙認していた周りの人間にも責任はあると思います」
安楽は今回の処分で猛省している姿勢を見せ、メキシカンリーグで再出発を図った。今後NPBに復帰する可能性はあるだろうか。
注目されるのは古巣の楽天だ。安楽と同学年の辰己涼介、小郷裕哉、太田光、鈴木翔天、藤井聖、渡辺佳明がチームの主力となり、今年の交流戦では球団史上初の優勝を飾った。
森井球団社長は記者会見の際に、25年以降の再契約の可能性について、「今ここでゼロという発言はできないけど、再契約の意志があるとは思ってほしくない。彼がどうやって社会復帰していくか見守っていきたい」と発言している。
前出の楽天OBは「復帰は考えにくいでしょう」と否定的な見方を示す。
「若返りを図っている中、チームの空気も変わってきている。パワハラの被害を受けたチームメートがいるわけだし、安楽が戻ってくることに抵抗を感じる選手やスタッフがいるでしょう。ファンやスポンサーの理解を得られるとも思えません」
他球団はどうだろうか。救援陣の層が手薄な球団は少なくない。NPBで実績がある安楽は即戦力として計算できる。
だが、セ・リーグの編成担当は「ウチはないですね」と獲得の意思がないことを示した。
「安楽に対してセカンドチャンスを与えるべきという見方もあると思います。その意見を否定するつもりはないですが、純粋に戦力として楽天でのパフォーマンスを見て判断すると、投球内容が安定しているわけではない。メキシコで登板している映像を見ていないので現在の状況を把握していませんが、獲得は検討していません」
■メジャーを目指したほうが可能性
スポーツ紙デスクは、「安楽は日本球界復帰より、メジャーの舞台を目指したほうが実現の可能性が高いかもしれません」と指摘する。
「チームメートへのパワハラ報道は大きな波紋を呼びました。NPBでリスクを冒してでも獲得する球団が現れることは考えづらい。それならメキシカンリーグで好成績を残し、メジャー球団との契約を勝ち取る方がイメージを描きやすい。もちろん、簡単な道ではありません。メジャー傘下の球団からはい上がることになる。ただ、今までもマイナー契約からスタートしてメジャーで活躍した選手達がいます。まだ若いですし、さらに上を目指してほしいですね」
メキシカンリーグでの戦いは続く。リスタートした野球人生の先にどんな未来が待っているだろうか。今はチームの勝利に貢献するため、遠い地で右腕を振り続ける。
(今川秀悟)