<書評>『ガザ日記 ジェノサイドの記録』アーティフ・アブー・サイフ 著
<書評>『ガザ日記 ジェノサイドの記録』アーティフ・アブー・サイフ 著
◆「大災厄」極限状況の街から [評]松村洋(文化・社会評論)
著者は、ヨルダン川西岸地区のラマッラーに住むパレスチナ人作家。たまたま故郷ガザを訪れていた昨年10月7日に戦闘が始まり、ガザ地区に閉じ込められた。本書は、その85日間の記録である。
イスラエル軍は、病院や学校、墓地まで破壊する。親戚や友人、子どもが毎日殺される。遺体がばらばらになっても身元が確認できるように、人々は手足に自分の名前を書いておくという。さらに食料や水、電気、医薬品などの不足は、あまりにも深刻だ。
著者は「今朝、私たちの街は古いヒロシマの写真のようだった」と書く。それでも人々は助け合い、つながりにくい電話で安否を確認し、語り合い、苦いジョークも飛ばす。簡潔な文章から、瓦礫(がれき)と粉塵(ふんじん)の街が目に浮かび、人々の交わす声が聞こえてくるようだ。
ガザで何が起きているのか、と問われた著者は「正しい質問は、いま何が起きているじゃなくて、何が起きてきたかだろう。この間ずっと──75年以上にわたってだ」と答える。「ナクバ(大災厄)」と呼ばれるイスラエル建国時の民族浄化以来、イスラエルがパレスチナ人の殺害と追放を繰り返してきた歴史を見よ、ということだ。
だが、世界から「私たちは見捨てられている」と著者は言う。だから、ガザの記憶と現状を伝え、この攻撃は「正当防衛であるとするイスラエル側のストーリーから世界を引きはがす必要がある」。そのために、著者は極限状況の中から海外に文章を発信し続けた。それらをまとめた本書の収益は、パレスチナ支援団体に寄付される。
もちろん緊急支援は必要だが、イスラエルによるパレスチナ人抹殺の歴史に終止符を打たないかぎり、真の問題解決はない。しかし、日本政府は米国に追随してイスラエルを支持し、パレスチナ人を見殺しにしてきた。そういう日本政府の姿勢を変えさせよう。パレスチナ人を見捨てながら人道的支援で助けているかのようなふりを政府にさせない。本書の必死の訴えに応えるために、そうした声をもっと上げていく必要がある。
(中野真紀子訳、地平社・3080円)
1973年生まれ。小説家、作家。パレスチナ自治政府文化大臣。
◆もう一冊
『ホロコーストからガザへ 新装版』サラ・ロイ著、岡真理・小田切拓ほか訳(青土社)
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