「男性基準」の車衝突試験、メーカーの対応は 海外では先進例も
SUBARUの衝突試験場の中に並べられた、(左から)大柄男性、小柄女性などの衝突試験用ダミー=群馬県太田市のSUBARU群馬製作所で2023年8月29日、手塚耕一郎撮影
自動車の安全性をダミー人形を乗せて測る「衝突試験」の際、男女の差はどのように考慮されているのだろう。「普通乗用車を運転中に事故に遭うと、女性は男性より1・45倍けがしやすい」。毎日新聞の分析でそんな傾向が浮かんだことから、国内各メーカーに尋ねてみた。さらに、この分野でより先進的な海外メーカーの取り組みを取材すると、社会と性差を巡る新たな価値観も見えてきた。
国内のメーカーは1994年以降、衝突試験を実施して、道路運送車両法に基づく「保安基準」をクリアすることが義務付けられている。国連が定めた共通の国際基準に準じた内容で、欧州各国とも共通だ。保安基準では、車の前面をぶつける試験の場合、運転席に平均的な成人男性を模したダミー(身長175センチ、体重78キロ)を使うよう指定されている。 ◇主要8社中7社が女性ダミーも使用
一方、こうした最低限クリアすべき保安基準を超えて、独自の基準を設けているメーカーもある。毎日新聞は2月、国内の主要メーカー8社(スズキ▽SUBARU(スバル)▽ダイハツ工業▽トヨタ自動車▽日産自動車▽ホンダ▽マツダ▽三菱自動車。50音順)にアンケートを実施し、全社から回答を得た。「前面衝突試験の際、普通乗用車の運転席に女性体形のダミーを使用しているか」を尋ねると、保安基準では求められていないものの、マツダ以外の7社が「使用している」と回答した。
導入時期や理由については、トヨタは90年ごろから「小柄な女性乗員の安全性を評価するため」に乗せ始めたとした。スズキは98年ごろから、ダイハツ工業は2013年、スバルは14年から、それぞれ使い始めたと答えた。日産は24年4月に生産開始される国内専用車の開発から導入していると回答した。
ダミーの種類を問うと、三菱自動車とホンダ以外の5社が回答し、いずれも小柄な成人女性ダミー(身長145センチ、体重49キロ)だった。これは商品化されている成人女性ダミーでは唯一のサイズで、平均的な成人女性よりもかなり小さい。男性ダミーは成人の平均に合わせている一方、女性ダミーが小柄な成人に合わせて作製・使用されている理由について、あるメーカーの担当者は「(二つの体形の間に位置する)幅広い層をカバーできる」と説明した。
ボルボは女性のデータ重視
一方、こうした国内メーカーと少し異なる取り組みを進めるメーカーが海外にある。スウェーデンに本社を置くボルボだ。
「平均サイズの女性ダミーができたのは22年。まだ試作品だが、私たちはそのダミーを使って実際の試験をしている」
同社の安全部門を統括するセイフティ・センターのシニアテクニカルリーダー、ロッタ・ヤコブソン博士はそう語る。ボルボ社は、スウェーデン国立道路交通研究所のアストリッド・リンダー教授が進める新たな女性ダミーの開発プロジェクトに参加してきた。
ボルボでは70年から自社の車が関与した4万台以上の交通事故のデータを集め、乗員がどんな事故でどうダメージを負ったかを分析してきた。得られた知見の一つが「むち打ちなど、女性のほうが負いやすい傷害がある」だった。なぜそうした傾向が生じるのかを知るために、さまざまな試験や想定をした。
ヤコブソン博士は「国際基準が定める試験(のバリエーション)は非常に少なく、実際の安全性を知るためには全然足りない」と話す。同社では、これまでも妊娠女性を模したダミーを開発して衝突試験に使うといった独自の取り組みを続けてきた。
日本のあるメーカーの担当者は「平均的な女性ダミーを使えば女性の負傷率を下げることにつながるかというと、まだ研究上クリアではない」と話す。実際、運転席の女性が男性よりけがをしやすい理由は、はっきりとは分かっていない。一方、スウェーデンのリンダー教授は「クリアでないからこそ、やる意味がある」と語る。
ボルボは平均的な成人女性ダミーの開発に関するデータや研究成果を、積極的に公表している。そうした性差の解消を目指す取り組みは「商業的にも意味を持つ」とヤコブソン博士は語る。
「私たちは女性や子供を含むすべての人にとっての安全を突き詰めてきただけだが、こうした考えは今や社会に支持されている。企業のブランド価値を高めることにもなると思う」と説いている。【坂根真理、西本紗保美、大野友嘉子、春増翔太】
女性の負傷率、2023年は男性の1.46倍
自動車を運転中に事故に遭った場合、女性が男性よりけがをしやすい傾向は、警察庁の持つ事故データを毎日新聞が分析して浮かび上がった。2023年も女性の負傷率が男性の1・46倍となり、すでに判明していた過去10年分(13~22年)の1・45倍と同じ傾向が続いている。
分析には、交通事故をまとめた警察庁の統計を用いた。2台の普通乗用車による事故で、正面衝突や出合い頭の衝突などで前面をぶつけた、シートベルト着用の運転手に絞って調べた。女性の利用者が多い軽乗用車は、データに偏りが出る可能性があるため除外した。条件の選定や分析には、自動車事故や統計解析の専門家の助言を受けた。
23年に対象となった運転手は、計11万5439人(男性7万8657人、女性3万6782人)。「死亡」「重傷」「軽傷」「けがなし」に分類し、人的被害があった場合の大半を占める「重傷」「軽傷」に着目した。事故に遭った時にけがをした割合は女性が22・58%で、男性(15・44%)の1・46倍だった。
車の損壊程度別に負傷率を比べると、女性は「大破」で男性の1・25倍、「損傷なし」では2・1倍。小さな事故ほど男女差が開く傾向も、13~22年の10年間と同じだった。男性がけがをしない程度の軽い事故で、女性はよりけがをしやすい傾向が表れている。【堀智行】